大山漢方堂薬局　特集：鹿茸（ロクジョウ）

大山漢方堂薬局
特集：鹿茸（ロクジョウ）

鹿茸は、中国やシベリアに産する大型の牡鹿の幼角（袋角）であり、
病中・病後など、虚弱時や老化現象に伴い低下した自然治癒力を高めたり、
身体機能の活性化や老化現象を遅らせるなどの滋養強壮薬として用いられてきた。
人間と鹿の関わりは古く、中国最古の本草書である《神農本草経》（後漢時代）に鹿茸が収穫され、
その使用は先奏時代にまで遡るとされる。特に宋の時代（期限0世紀頃）以降、権力者や有力者などを中心に宮廷処方として強壮や長寿の目的で用いられ、薬用人参とともに代表的な漢方高貴薬（高級で貴重な生薬）として位置づけられている。
　今回は、鹿茸について、基源や薬能、その成分、薬理作用及び臨床を嶋野武先生の記述を中心に紹介する。

　基原
　マンシュウアカジカＣｅｒｎｕｓ　ｅｌａｐｈｕｓ　Ｌ．ｖａｒｘａｎｔｈｏｐｙｇｕｓ　ＭＩＬＮＥ-ＥＤＷＡＲＤＳ（馬鹿）、およびマンシュウジカ　Cervus nippon
TEMMINCK var. mantchuricus SWINHOE(梅花鹿）牡の未角化、またはわずかに角化した幼角（袋角）を乾燥したものである。前者を「馬鹿茸」、後者を「花鹿茸」と称する。角は牡鹿のみに生じ、幼角は柔らかく表面はビロード状の細かい茸毛で覆われ、中には無数の血管が走っている。角は真皮が変化したもので、初めは瘤状を呈した袋角が生え、鹿の成長に伴い分枝状の角となる。生後2年目で初めて分枝のない角を生じ、3年目で叉状を呈し、毎年１枝ずつ増え、4枝で完成する。角の採取や切り落としを行わない場合には、毎年3～4月頃に古い角は脱落し、その後から新しい袋角が生え始め、２ヶ月後には20～30ｃｍに達する。
　血抜きをして用いるのが一般的であるが、帯血（血を含有）するものも応用される。鹿の血液には、精血を補い毒を去るはたらきがあるとされ、共に滋養強壮の目的で用いられる。

薬能

1.性味
　味は甘・鹹、性は温。

2.薬能と主治
　鹿茸は、代表的な補陽薬である。この場合の陽とは、成長（老化）や生殖、泌尿器系と関連の深い腎陽をはじめとした全身の陽気を指す。陽の不足では、虚証症状（元気がない・寒がる・四肢の冷え）、精力不足（インポテンツ・不妊・遺精）、排尿異常（遺尿・頻尿）などの他、めまい・息切れ・下痢・動悸などの症状を現す。
　主治は、「鹿茸は漏下（不正性器出血）、悪血（お血）、寒を伴う熱、驚癇を治し元気を益し、志（意志・知恵）を強め、歯を生じ老いず。《神農本草経》」、「虚労（身体虚弱・元気不足）洒洒（寒さにふるえる）瘧の如く、○痩、四肢だるく痛み、腰脊の痛み、頻尿、遺精溺血（血尿）を主治し、留血（お血）が腹にあるのを破り、石淋（膀胱結石）、癰腫、骨中熱疽（できもの）を散じ、骨を養い、胎を安め気を下げる。久服すれば老いに耐える。《名医別録》」などとある。

薬理と活性成分

1.成分
　鹿茸の水抽出物から表1に示す化合物が分離・同定されており、この中で、ヒポキサンチンがモノアミン酸化酵素活性抑制効果の主体であるとされる。

〈表1〉鹿茸水抽出物より分離・同定された成分
　　コレステロールの高級脂肪酸エステル
　　コレステロール誘導体
　　ニコチン酸
　　尿酸
　　クレアチニン
　　ウリジン
　　ヒポキサンチン

　鹿茸の脂溶性画分からは、16種類のリン脂質の他に、脂肪酸エステル類（α-ヒドロキシ脂肪酸エステル類）が得られている。こうした化合物は動物表皮に存在する可能性が高く、皮膚生理に何らかの役割を果たしている可能性がある。

薬理
（1）心血管に対する作用
　梅花鹿の鹿茸のアルコール抽出物は、摘出心臓において抗不整脈作用および強心作用を示し、特に衰弱した心臓には著しい作用を現す。
　鹿茸のアルコール抽出物は、低血圧を伴った慢性循環障害に対し、脈拍を強くし、血圧を上昇させ、心音を力強くする。
（2）強壮作用
　鹿茸のアルコール抽出物は、身体の活動能力を高め、睡眠と食欲を改善し、かつ筋肉の疲労を低くする。鹿茸はラットの脳・肝臓等の組織に対し酸素消費量を高められる。マウス（飼料中添加）およびラット（経口投与）の体重を速やかに増加する。また、正常な成熟ウサギに一定量の鹿茸末を内服あるいは鹿茸エキスを注射後、赤血球、血色素、網状赤血球などが増加し、大量投与すると、血液細胞の特に赤血球新生を促進する。
（3）創傷に対する影響
　長期間癒合しないもの、一時的な新生不良の潰瘍と創傷の再生を促進する。また、骨折の癒合を促進し、窒素と炭化水素の代謝に影響をあたえる。鹿茸アルコール抽出物は、頭・頸部に傷を受けたウサギに投与すると、異常な脳波、糖代謝（頸髄部の解糖は創傷を受けたとき抑制を受ける）、酵素活性（頸髄部のヘキソキナーゼ、グリセロホスファターゼ、ＧＰＴは受傷時に活性が低下する）を改善させる。in vitroでＴＣＡサイクルに影響はないが、糖代謝を促進しうる。脊髄神経のホモジネート中では酵素の消耗を増加させる。
（4）その他の作用
　鹿茸アルコール抽出物で感作した後も、静脈注射による過敏性ショックを生じない。
　鹿茸は摘出腸管および子宮を興奮させ腎臓の利尿機能を増強する。
　ネコを用いた降圧実験で、去勢鹿から採取した鹿茸は、去勢していないものに比べて効果はやや高いことを証明した。

最近の報告より

Ⅰ.抗老化に関する作用
1.活性酸素の面からの研究
　酵素を消費して生活している生物は、その代謝物として産生される活性酸素により様々な生化学的変化を受け、その蓄積によって老化すると考えられている。生体には、活性酸素に対する防御機能が備わっており、そのうちの一つにＳＯＤ（スーパーオキサイドジスムターゼ）という酵素がある。
　一方、活性酸素による生化学的変化の一つに脂質過酸化が挙げられるが、その反応過程で生成するマロンジアルデヒド（ＭＤＡ）は、蛋白凝集を惹起して老化色素リポフスチンの産生原因となる。
（1）老化促進マウス（ＳＡＭ-Ｐ：老化兆候を示す系統）では、肝臓の分画において、ＳＯＤ活性は正常マウス（ＳＡＭ-Ｒ）に比べ低値を示した。老化促進マウスに鹿茸を投与することにより、ＳＯＤ活性の低値が改善される。
（2）老化促進マウスの肝および脳内のＭＤＡ含有量は、正常マウスに比べ有意な高値を示した。鹿茸は老化促進マウスに対してのみＭＤＡ量を減少させる。

2.モノアミン酸化酵素（ＭＡＯ）活性の面からの研究
　ＭＡＯは老化に伴って上昇することが知られており、カテコールアミンやセロトニンなどの神経伝達物質が主にＭＡＯにより分解され失活する。脳内ＭＡＯ活性の亢進は、これらアミン含量の減少をきたし、老人性うつ病などを引き起こすと言われている。
　肝および脳内のモノアミン酸化酵素（ＭＡＯ）活性は、老化促進マウスにおいて顕著に高いが、鹿茸投与により抑制される。

3.性ホルモンの面からの研究
　老化促進マウスでは、血清中テストステロン濃度が低値であるが、鹿茸投与により上昇が認められている。

4.タンパク合成の面からの研究
　鹿茸エタノールエキスを投与した老化促進マウスでは、主に肝においてタンパク合成能が増大した。水エキスの投与によっても肝中のタンパク量は増加する。この作用は、ＤＮＡからＲＮＡへの転写を司るＲＮＡポリメラーゼ活性の促進に起因することが示唆されている。

　これらの老化に伴って変化する生化学的指標の改善が、鹿茸の抗老化作用に関与していると考えられる。

Ⅱ.免疫系に関する作用
　免疫系に対して、補体を活性化させたり、免疫複合体除去能を促進することが報告されている。しかし、正常な免疫機能にはほとんど影響せず、免疫調節作用を有することが示唆されており、近年増え続けている精神的および肉体的ストレスによる免疫機能の異常やアレルギーの改善への手助けになり得ることが期待される。

Ⅲ.血液凝固系に関する作用
　血小板凝集抑制作用と線溶系活性化作用が認められた。
　抹消組織での血流障害は組織への酸素およびエネルギー供給を低下させるばかりか、老廃物の除去能を低下させ、組織機能の低下をもたらすものと考えられる。この抹消での血流障害を改善させることは組織機能を賦活かし、その結果として強壮作用を期待し得ると考えられる。

Ⅳ.神経系に関する作用
　鹿茸エタノールエキスは、ラット大脳皮質切断においてノルアドレナリンの取り込みを抑制し、また、遊離を促進したことから、ノルアドレナリン神経系の機能を促進する可能性が示唆される。

臨床応用

●鹿茸とよく配合される生薬
（1）熟地黄+鹿茸
　鹿茸は肝腎の陽気を補い、熟地黄は陰気を補う。このため肝腎の陰陽いずれの不足も補うことができ、腎虚による腰痛、めまい、子宮の冷えによる不妊などに用いられる。
（2）阿膠+鹿茸
　この二薬の配合により、肝腎を温補して腎精を固め、子宮出血を止める働きがあらわれる。
（3）人参+鹿茸
　ともに補う働きが強く、二薬によってより気血を補う。そのため、四肢の冷え、貧血、精神疲労、腰痛などに用いられる。
（4）山草+鹿茸
　陰痿を治すので、婦人の帯下や不妊に用いる。酒に浸して服用するとされる。
（5）冬虫夏草+鹿茸
　生姜と大棗を少し加えて、心臓衰弱のものの腰痛、排尿困難に用いる。
（6）大棗+鹿茸
　鹿茸を単味で用いるとき、胃の働きを助けるために大棗を加える。

〈主な参考文献〉
神戸中医研究会；漢薬の臨床応用、323-324、医歯薬出版（1981）
神戸中医研究会；中医処方解説、医歯薬出版（1983）
上海科学技術出版社編；中薬大辞典台巻、2785-2788、小学館（1985）
難波恒雄；原色和漢薬図鑑、279-283、保育社（1980）
医学堂研究会訳；処方理解のための漢方配合応用、薬業時報（1984）
金子周司　他；和漢医薬学会誌、4（3）252+253（1987）
趙学慧　他；和漢医薬学会誌、4（3）、254+255（1987）
趙学慧　他；和漢医薬学会誌、5（2）、93-97（1988）
王本祥　他；和漢医薬学会誌、5（2）116-122（1988）
王本祥　他；和漢医薬学会誌、5（2）、123-128（1988）
大貫敏男　他；和漢医薬学会誌、5（3）、526-527（1988）
趙金成　他；和漢医薬学会誌、5（3）、526-527（1988）
松浦薬業（株）試験開発部；わたしたちの漢方薬、52、12-18（1991）
庄司政満　他；Natural Medicine,50（3）、232-242（1996）
久保道徳　他；Natural Medicine,50（2）、109-113（1996）
岩嶋淨　他；日本薬学会第110年会講演集（1990）

かん茸　　鋸茸
　採取方法によって2種類に分類される。一つは幼角が10～15ｃｍの時に切り取って炮製したもので「鋸茸」と呼ばれる。これは、鹿を殺さず採取できるので、現在の鹿茸のほとんどを占める。もう一方は、頭骨に幼角が2本ついている状態で炮製されたもので「かん茸」と呼ばれる。

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