獣医東洋医学会誌Vol.13,bQ

高齢動物と漢方薬
Application of Kampo medicines and other natural herbs for aged animals

小松靖弘
Komatsu Y.1,2)
金沢医科大学 代替基礎医学 1) (サン自然薬研究所 2)・東京都中央区銀座 3−12−6)
Kanazawa Medical University,Complementary and Basic Medicine 1)
(Sun R&D Institute for Natural medicines 2),3−12−6 Ginza,Chuo,Tokyo 104−0061,Japan)

安川明男
Yasukawa A.
西荻動物病院・東京都杉並区西荻北 4−4−5
Nishiogikubo Animal Hosipital.4−4−5 Nishiogikita,Suginami,Tokyo 167−9942,Japan


要旨  今日の日本は高齢化社会となり、人口の5分の1が65歳以上になろうとしている。
 高齢者は犬、猫などをコンパニオン・アニマルとして飼育することに強い希望を持っている。動物を飼育している人の高齢化とともに、飼育されている動物もまた同様に高齢化している。種々の病気という観点からすると、人も動物も同様の問題を抱えていると考えられる。年を取った人は種々の病理学的変化を持つ疾患に罹患していることが多く、高血圧症で、糖尿病、動脈硬化症を同時に発病している、あるいは認知症をなども併発している場合も見られる。犬、猫でも同様の変化があると考えられる。
 この老化という変化は生理学的なものであることから、誰もこれを止めることは不可能である。
 それらは免疫応答の機能低下、心臓、肺臓、生殖、脳機能障害など生体の多くの臓器に及んでいる。この老化に伴う機能低下の抑制は健康維持に良いといわれるもの、例えば抗酸化活性を持つ健康食品などの利用で可能な部分もある。老人のQOLは脳機能と運動機能障害によって著しく低下する。我々はこの危険な機能障害を抑制、減少させる必要がある。その方法の一つは漢方薬である。漢方薬の中には多くの異なった作用を有する薬物がある。日本語で「補剤」と呼ばれ、英語では「tonic agent」といわれる一群の漢方薬があり、この種の薬剤は西洋医学、薬学の範疇にはない薬剤である。十全大補湯、補中益気湯、人参養栄湯などが有名な漢方処方であり、これらの3種類の補剤は貧血、食欲不振、顕著な疲労、慢性病などで体力が低下している時などの体力回復に昔より用いられている。これら3種の補剤には免疫応答性の賦活、食欲不振の改善、貧血、血液幹細胞の増殖賦活などの作用が確認されている。
 人参養栄湯は認知症を改善する可能性がある。先の報告で、人参養栄湯を30週齢の高齢ラットに30日間経口投与した際に、脳内のオリゴデンドロ細胞の前駆細胞を刺激することが示されている。そこで、2、3カ月前から認知症を発症している犬に人参養栄湯(カネボウ(株)製)の投与を行い、治療を試みたところ、日常の活動性、生活リズム、食事週間、睡眠行動などの認知症症状の改善が観察された。このことから、人参養栄湯には初期の段階の認知症を改善する効果のあることが分かった。
 本論文ではまた、新規な健康食品の作用についても紹介している。それは、関節痛の緩和を示すものである。高齢の動物、特に犬では、膝、肘、脊椎など多くの関節に障害を来たしている。ハーブ、種子、キノコなど9種類の天然素材を組み合わせて疼痛緩和作用を示す健康補助食品IPS−PP001(SRD−P001)を開発した。素材の多くのものは抗炎症、鎮痛作用また抗酸化作用を有している。IPS−PP001は既に人の関節痛に効果のあることが報告されている。今回、犬の関節痛を対象として、その効果を評価した。
 痛みの評価はVAS(Visual Analog Scale)を用いて評価した。その結果、変形性脊椎症、変形性関節炎などの関節痛の改善を認め、IPS−PP001は犬の関節症障害に有効性を示すことが明らかとなった。また、投与期間中副作用は認められず、安全な製品と考えられた。

キーワード:関節痛、認知症、漢方薬

Abstract   Now,Japan is in the elderly,One fifth of the population is over 65 years old.
Old people are interested in keeping dogs and /or cats with them as a companion.people are getting
old and also their companion is getting old. Both the people and their companion may have same 
problems in terms of diseases.Aged person normally have multi−pathological diseases,for instance
hypertension,diabetes and atherosclerosis at a time.Sometimes they have dementia. Aged dogs and 
cats also showed same diseases.Aging is a physiological phenomenon and we could not stop it.
 They show decreased physiological functions in the immune systems,cardiac,lung,genital,brain function
and so on.Delay the aging,however,could be possible by using something good for health such as anti
oxi‐dants substances.Their QOL could be very much reduced by the brain and the motor dysfunction.
We,there−fore,need to prevent or reduce such dangerous dysfunction.
 One of candidates is Kampo medicine.There are lots of different types of the medicines in Kampo
medicines.“Hozai” in Japanese,“Tonic Agent” in English,is a group of Kampo Medicines is not a 
category in Western Medicines.They are “Jyuzendaihoto”,“Hochuekkito”,and “Ninjinyoeito”.The three Tonic
Agents used to use for patients with loss appetite,fatigue,deteriorated general condition of body after a
chronic diseases,and anemia.They have immune augmenting activity,improve their appetite,anemia and 
the bone marrow stemcells.
 Ninjinyoeito could improve dementia.The previous reports showd it stimulated oligodendrocyte precursor
cells in 30 weeks old Aged rat brain when it was given for 3 months to.When Ninjinyoeito(Kanebo Co.
Ltd.)was given to a dog with dementia for a couple of months,it improved the symptoms of the dementia,for example her daily activity and her rhythm of life(eating habit,sleeping habit).It could have such improving activity for dementia in early stage.
 In this paper,also,a new type of a health food was introduced.It has an activity to reduce pain in joints.Aged animals have troubles in many joints such as back−bone,knee and elbow.IPS−PP001(SRD−P001)contains 9 different materials,herbs,fruits and a mushroom.The most of the contents have an anti−inflammatory,analgesic and anti oxidative activities.It has already reported that IPS−PP001showed anti inflammatory and analgesic activity on patients with joint pain.We assessed the efficasy of it on the joint pain in dogs by the evaluation method of Visual Analog Scale.It clearly exhibited to reduce the pain in joints of discospondylitis and other joint diseases.IPS−PP001 could be good analgesic and anti inflammatory herb substance as a health food for dogs with joint pain.It also could be a safe health food,so far.
Key Words:aging,arthritis,Kampo


動物の高齢化

 現在、日本は高齢化社会に移行しており、同様に動物、コンパニオン・アニマルといわれる犬、猫の世界でも高齢化した動物が多くなって来ている。人に限らず、動物においても加齢に伴い体全体が小さくなり、内臓の諸臓器も萎縮し、生体の生理的機能が低下することはよく知られる事実である。胸腺、性腺、筋肉、骨、皮膚などの免疫組織、生殖組織、支持組織の萎縮はそれぞれが関与する機能の低下を招き、すなわち日和見感染症、腫瘍の発生、生殖能力の減退、運動機能の低下など、生体の活動性を著しく阻害し、QOLへの影響は極めて大きいものである。神経組織では、人ではアルツハイマー型、あるいは血管障害型認知症などで大脳の萎縮を伴う変化を認め、また犬の認知症の発症も大きい問題と考えられている。加齢は、視聴覚への影響も大きく、人であれば老人性難聴、白内障などが、犬では白内障が重要問題となる。老化はある日、突然起こるものではないことから、普段より予防的考えでの治療が肝要である。著者は微生物感染症(細菌、ウイルスなど)が老化にも重大な影響を与えていると考えている。感染によって炎症が生じ、その結果発生する大量の活性酸素は細胞の変異をもたらす因子であり、組織障害のもとでもある。結果として老化の促進に関与する一面を持っていると思われる。
 加齢による生理的老化現象は遺伝子によって制御されていると考えられており、これを防ぐことはできない。しかし、生体に有害反応を引き起こすような環境要因、例えば居住域の衛生環境の改善により微生物汚染などを除去することで、また免疫機能を賦活することで日和見感染、あるいは発癌への影響を少なくすることができ、病的老化現象の惹起を抑制して、生理的老化に導き、天寿を全うできる状況を生むことも可能であろう(表1)。
 特に感染症の問題は、人では抗生物質の開発と衛生環境の整備から管理が行き届き、感染症の爆発的な発生は減少しているが、ときにはSARSウイルス、鳥インフルエンザウイルスなど新型のウイルスの出現で大問題となることもある。しかし、それ以上に動物では、より日常的に種々の微生物感染症が頻発しており、感染症との戦いは人以上に重要である。免疫機能が低下している高齢動物では感染症の予防処置は大切である。


補剤の考え方

 漢方薬は、表2に示したように作用の点から幾つかのカテゴリーに分けられている。その中の1つで、生体の機能低下に対して有効性を示す“補剤”と呼ばれる一群の処方がある。“補剤”とは生体機能の賦活を目的とした一群の漢方薬で、これらの薬剤は現代医薬品には存在しない範疇のもので、漢方特有のものといえる。虚弱体質の改善、老化による機能低下の改善、薬剤による機能低下の改善を図る薬剤群である。消化機能、免疫機能、呼吸機能、腎機能、性腺機能等の低下に対して、生体機能の低下改善、低下防止などの作用が考えられている。臨床的には、消化吸収機能の賦活と全身の栄養状態の改善を通じて、生体の防御機能の回復を図り治療を促進し、「抗病反応を賦活する」効果が期待されている。人参養栄湯と十全大補湯の原典は「和剤局方」の‐諸虚門‐「久病虚損」に書かれており、慢性疾患で様々な生体機能の低下、障害を受けている状況で、非常に体力が落ちて、「気、血」が足りない「気、血両虚」の状態に使われる両虚を補う‐補気補血薬‐として処方される漢方薬である(表3)。また、「気」が足りない「気虚」の状況では「気」を補う‐補気薬‐を、「血」が足りない「血虚」の状況では‐補血薬‐を用いる。「補気」剤としてよく用いられる処方に「補中益気湯」がある。これは「中を補い、気を益する」、すなわち消化管機能の改善を図り、食欲の改善、消化管の炎症などを抑え、消化吸収機能を改善することで生体の機能改善を図る作用があるとされ、頻繁に用いられる処方である。


表1 高齢化に伴う諸臓器の変化

  ・神経系 :大脳の萎縮(神経細胞の脱落、脱髄現象)、リポフスチン沈着、神経軸索ジストロフィー、?アミロイド沈着
  ・聴覚 :(老人性難聴)、視覚(白内障、老眼) 平衡感覚の鈍化、味覚、嗅覚
  ・運動能力 :筋力の低下、反射性反応の低下、嚥下障害
  ・循環器系 :心筋収縮力の減弱、心拍出量の低下
  ・呼吸器系 :換気機能の低下、肺活量の低下、残気量の増加、老人性肺気腫
  ・消化器系 :消化管粘膜の萎縮、蠕動運動の低下、酸分泌量の低下
  ・腎、排泄系 :糸球体濾過率低下、血液量減少
  ・代謝系 :耐糖能の異常、コレステロール・中性脂肪の増加 
  ・免疫系 :胸腺の萎縮、免疫機能の異常、T細胞機能の低下、B細胞機能は維持

表2 漢方薬の分類

  ○瀉剤 ・発汗剤 :桂枝湯、葛根湯、小青竜湯
        ・駆於血剤 :桂枝茯苓丸、当帰芍薬散、桃核承気湯
        ・瀉下剤 :大黄甘草湯、桃核承気湯、大承気湯
        ・利水剤 :五苓散、猪苓湯、防巳黄耆湯
        ・清熱剤 :黄蓮解毒湯、白虎加人参湯
  ○和剤 :柴胡を含む処方小柴胡湯、柴胡桂枝湯
  ○補剤 :機能賦活(消化機能、免疫機能、呼吸機能、腎機能の賦活)

表3  補剤の薬効薬理

[T] 十全大補湯

担癌宿主の免疫機能障害
   担癌動物の制癌剤による治療時の免疫機能改善
1)日和見感染症(cychrophosphamidによる免疫不全)
   深在性真菌感染症(マウス)
   サルモネラ菌感染症(マウス)
2)抗腫瘍活性
   種々のマウス移植癌細胞による抗腫瘍効果
   (B16‐melanoma、Meth‐A、LLC、ヒト‐グリオーマ)
3)化学療法剤、放射線の有害作用の抑制・軽減
   免疫抑制に対する作用、骨髄抑制に対する作用

[U] 補中益気湯

1)免疫調整作用
   Tヘルパー細胞、マクロファージ
   NK細胞等の活性化
   IFNなどサイトカインの誘導
   微生物感染症
2)抗アレルギー作用
3)男性不妊症改善作用
   精子形成促進
   精子運動の賦活
   精子の生存率の延長

[V] 人参養栄湯

1)免疫賦活効果
     細胞性免疫、体液性免疫の賦活
     マクロファージ・好中球の貪食活性の賦活
2)血液幹細胞の賦活
3)神経幹細胞の賦活
4)精神・神経活動の改善


 先にも述べた通り、「十全大補湯」と「人参養栄湯」は、「気血両虚」に用いられ、身体が非常に衰弱している時に処方される。
以前に「十全大補湯」については報告していることから、今回は補中益気湯と人参養栄湯について解説する。

1.補中益気湯

 補中益気湯の原典は「内外傷辧惑論」である。効能効果として示されているのは、消化機能が衰え、四肢倦怠感が著しい虚弱体質者の次の諸症状を有する人に用いられる。すなわち、夏痩せ、病後の体力増強、結核症、食欲不振、胃下垂、感冒、痔、脱肛、子宮下垂、陰萎、半身不随、多汗症など、その臨床応用は多岐にわたるものであり、およそ新薬の薬効からは考えられ得ない効能効果が示されている。こうしたことから、上手に使うことにより、かなり有益な現象が得られるものと考えられる。人では、十全大補湯の服用で胃腸の調子が悪くなることがあり、胃腸の弱い人では補中益気湯の使用が勧められている。補中益気湯の構成生薬を見てみると、小柴胡湯に含まれる5つの生薬が含有されており、黄耆、当帰、蒼朮など十全大補湯に含まれている免疫応答の賦活作用が報告されている生薬もある。陳皮は血液循環の改善効果、鎮静作用、抗アレルギー作用などが知られ、升麻は強い抗炎症作用が報告されている。
 全体として小柴胡湯の持つ抗炎症、抗アレルギーなどの効果を升麻が強化していると考えられる。基礎的な研究結果から推測されるこれらの効果は、補中益気湯によって消化管内での様々な影響で起こるアレルギー性炎症を強く抑制することが報告され、臨床的にもその効果が検証されている。
 他の処方と著しく異なる点として、精子形成の促進効果が知られている。ハムスターの精巣上皮管細胞を使った研究から上皮管細胞の増殖賦活が確認され、蛋白質を合成促進し、精巣上皮管細胞を移動する精子の運動を賦活する作用によるのではないかと考えられている。このような作用から、高齢動物では、食欲がなくなり、体力が落ちている時には効果が示されるものと考えられ、応用する価値の十分ある処方である。

2.人参養栄湯

 人参養栄湯の使い方は“極度に体力が落ち、手足が動かず、筋肉が痛み、呼吸が浅くなり、動くと喘鳴が続き、小腹は拘急し、腰と背中が酷く痛む。心が虚して驚きやすくなり、動悸がして口唇と喉が乾き、飲食は味がなく、陰陽が衰弱し、憂い悲しみ、寝ていることが多く、起きている時間が少ない。このような状態が長く続いたため、痩せて五臓の気がなくなり、奮い起こすのが難しい者を治療する。また、大腸と肺がともに虚して、咳嗽、下痢して、呼吸が弱くなり、嘔吐、痰を吐く、者を治療する”とされている。すなわち、かなり体力が落ちている状態に用いるようである。特徴的なのは、“智”を益する効果を持つといわれている生薬類、遠志、五味子、陳皮が配合されていることである(表4)。人参養栄湯は12種類の生薬から構成されており(表5)、その構成内容は十全大補湯とよく似ている。川キュウを抜いて、陳皮、遠志、五味子など「益智」‐智を益する‐作用を有するとされる生薬が配合されている。したがって、十全大補湯と人参養栄湯との使用の判別には、健忘を伴う症状がある時には、人参養栄湯の「証」となり、適応処方と考えられる。そうであるならば、加齢に伴って、体力、気力が衰えている状態にある高齢者、高齢動物においても用いてみる価値は十分にある。人参養栄湯には十全大補湯と同様に免疫賦活作用のあることも知られている。この点から、制癌剤治療を行って免疫機能の低下している状況にある時などにも対応できるものである。
 今回は免疫に対する作用ではなく、健忘に対する作用に注目した。健忘の改善作用についてラットを使った実験で検証したところ、十全大補湯とは異なり、明らかに健忘を改善する効果が示された。江頭らはラットにスコポラミンを投与して一時的な健忘状態として、補中益気湯、十全大補湯そしてそして人参養栄湯の3種の補剤について、受動回避課題で健忘症状の回復効果を調べた(和漢医薬学雑誌、1996;13,476−477)。その結果、人参養栄湯だけにスコポラミン健忘の改善効果が認められ、また、アセチルコリン作動性神経の亢進についてもオキソトレモリン(ムスカリン受容体アゴニスト)の振戦を指標に調べたところ、振戦の亢進が観察されたことを報告している。アセチルコリンの作用の亢進は、消化管平滑筋に対する作用においても認められている。人参養栄湯にはアセチルコリンの作用を増強する効果があるものと判断された。北里大学の山田らは神経細胞を使った研究において、コリンアセチル・トランスフェラーゼ(ChAT)活性に対する十全大補湯と人参養栄湯の作用を観察し、人参養栄湯にChATの活性を亢進させる効果のあることを報告し、さらに神経栄養因子(NGF)の産生を促す作用のあることも見出している。人参養栄湯を構成する生薬の中では人参、甘草、白朮、遠志にNGF産生増強作用が示されたが、なかでも遠志は強い作用を示した(Phytomedicine.2003 Mar;10(2‐3):106‐14)。このような人参養栄湯の作用から、認知症の改善に効果が期待される。
 加齢に伴う中枢神経系の機能の低下が報告されているが、人参養栄湯に中枢神経の機能低下を予防することができるか否かを検証するために東京都老人総合研究所の阿相らは高齢ラットを用いて研究を行った(International Immunopharmacology.3(2003),1027‐1039)。大脳は神経細胞などが存在する灰白質と神経線維が鞘(神経鞘)で覆われている白質部分で構成されている。高齢ラットではこの白質部分が脱落、減少している様子が観察されている。これは加齢に伴い神経鞘の生産不全が進むためであると考えられている。そこで、神経鞘の形成に関与している重要な細胞で、加齢とともに形成不全がみられるといわれているオリゴデンドロ細胞への人参養栄湯の作用について検討を加えた。研究はオリゴデンドロ細胞を30週齢のラットの大脳から採取し、得られた細胞について調べた。30週齢のラットに人参養栄湯を3ヵ月間投与すると高齢動物のオリゴデンドロ前駆細胞の増殖を強く促し、成熟オリゴデンドロ細胞が増加した。このことは、人参養栄湯が加齢に伴う脳機能障害を改善する効果を示すと期待される。

表4 人参養栄湯の特徴

 生薬:3種類の特徴ある生薬が配合されている
 遠志:能く智を益し、志を強くする作用があるためにこの名前が付けられ、“智を益する”生薬類で 
“益智”(やくち)の効果を持つもので、中国では“精を益し、腎陽を補い、健忘を治する不老延年の仙薬”とされている。

表5 人参養栄湯の構成生薬

 1)当帰    4.0g       7)白朮     4.0g
 2)地黄    4.0g       8)茯苓     4.0g
 3)人参    3.0g       9)桂皮     2.5g
 4)芍薬    2.0g      10)遠志     2.0g
 5)黄耆    1.5g      11)陳皮     2.0g
 6)甘草    1.0g      12)五味子   1.0g


犬の認知症に対する効果

 これらの基礎的研究結果を基に、この効果が犬の認知症に対して、いかなる作用を示すか、1例ではあるが西荻動物病院にて検討を試みた。漢方薬は(株)カネボウの人参養栄湯を用いた。症例は17歳齢の雌の雑種犬、体重17.7sで眼疾患を併発し、失明状態であった。認知症の症状としては夜鳴き、徘徊、異常食欲、異常行動などを示し、飼い主の呼びかけにも鈍い反応を示していた。カネボウ人参養栄湯エキス製剤1.5gを1日2回朝晩投与した。投与開始後50日頃から、夜中の徘徊行動、夜鳴き行動が少なくなり、食事行動も改善し始めた。60日以降になると呼びかけにも応答するようになり、食事も1日2回で満足し、また散歩を要求するなど生活のリズムも安定してQOLの明らかな改善が示された。それらの症状をスコア化した(図1)が、生活リズムの改善の様子を感じ取ることができる。1例だけの結果ではあるが、さらなる今後の研究に期待が寄せられ、人参養栄湯の人と家畜における認知症の予防、治療に新たな臨床応用が期待される結果であると考えている。


消炎鎮痛効果

 加齢に伴う運動機能低下、障害に影響を与える関節の保護も大切である。中枢神経系の障害がQOLを著しく低下させることはもちろんであるが、運動機能の障害もまた同様である。移動が困難になることで、食事、散歩、排尿、排便に至るまで、不自由な生活になるのは人ばかりではなく、動物達のQOLの低下を招く。
 関節痛などの痛みを直接取り除く漢方薬は意外に少ない。附子が配合された漢方薬は確かに鎮痛効果を有している。附子は修治されて用いられるため、ときに鎮痛効果が明確に現れない場合もある。現在の西洋医学的な関節炎の治療は、主に非ステロイド性の消炎鎮痛剤(NSAIDs)によってなされている。しかし、NSAIDsはその性質上、強い消化器障害を誘発し長期間の使用には耐えられない。そこで、長期間にわたって安全に使用でき、消炎鎮痛効果を有する代替療法が求められる。
 今回開発した処方(IPS‐PP001またはSRD‐P001)は炎症を抑えるための、抗炎症作用を有するハーブ、ショウガ、西洋シロヤナギを配合し、炎症によって生じて来る活性酸素を除去するために強い抗酸化活性を有するハーブ、フランス海岸松(ピクノジェノール)、ハトムギ、また疼痛を感じる中枢神経を抑制するハーブ、西洋シロヤナギ、シナモン、さらに痛んだ関節を修復するのに必要なグルコサミンを加えたものである。ゆずはフラボノイド類を多く含み、それらの抗炎症作用はよく知られ、古来より痛みの除去に使われ、リューマチ性関節炎の疼痛緩和に使用されてきている。ゆずに含まれるヘスペリジンは血液循環改善作用が強く、体全体の血液循環改善により、炎症性関連物質の代謝、除去にも関連している可能性はあるが、今のところ詳細は不明である。
 痛みは直ちに治したいのが常で、治療の原点でもある。配合されている西洋シロヤナギエキスは鎮痛、消炎活性を示す生薬としてよく知られているハーブである。ヤナギはサリチル酸関連物質を含む生薬で、サリチル酸の発見のきっかけにもなった植物であり、古来より“痛み止め”として人々に役立てられてきている。現在でも、ヨーロッパでは鎮痛性の生薬として、関節痛の治療に使われている。
 一方、ショウガは日本での民間薬として知られ、漢方薬でも頻繁に使われる生薬の一つで、解熱作用、抗炎症作用、鎮咳作用、消化性潰瘍抑制作用など多彩な作用を持つことで知られている。今回は鎮痛、消炎、抗消化性潰瘍作用を期待して配合した。ニッキ(桂皮)にもショウガと同様消炎、鎮痛の他にも多彩な作用のあることが報告されており、芳香性健胃剤として古くから一般の人々に用いられている。このように、同製品の効果は製剤に含まれるヤナギ、ショウガなどによって急性炎症を抑制し、炎症によって発生した活性酸素をフランス海岸松エキスで消去して活性酸素による炎症の拡大を阻止し、さらに、ヤナギ、シナモンエキスで中枢に作用して、痛みを感じとるのを阻止することで発揮されている。関節などの痛みを、この3点からブロックしようとする、“痛みのトリプル・ブロック”効果なのである。
 メシマコブは免疫調節作用を持つキノコとして知られており、リュウマチなどに生じる免疫複合体の除去に関与している可能性が考えられ、リュウマチ性炎症の抑制が期待される。ショウガのエキスがリュウマチ性関節炎に有効であることはアメリカで臨床研究が実施されて報告されている。同製剤はそれに留まらず、関節を形成している結合組織の構成要素の一つであるグルコサミンを加えて、傷んだ関節組織の修復を図るために、長期にわたって摂取することで結合組織の崩壊の抑制、修復、関節の機能維持、関節機能の回復がもたらされるように工夫されているものである。


犬への適応

 同処方の人の関節痛に対する効果に関してはすでに調査されており、膝関節痛、腰痛、頚肩腕症候群に有効であることが示されている。そこで、西荻動物病院が中心となって比較的多くの関節疾患を持つ犬を対象として、その鎮痛作用の有効性を関節痛の緩和を目標としてVASを用いた指標により評価した(図2)。VASは飼い主による評価と、担当獣医師との両者による評価を試みた。具体的な疾患としては変形性脊椎症、股関節形成不全、打撲などであった。その結果の一部を紹介する。
 対象は高齢犬を中心とした成犬とし、関節痛を伴う整形外科領域の疾患とした。投与量は50r/sから100r/sの範囲内で、1日2回、投与期間は4週間とした。NSAIDsの使用は禁止した。変形性脊椎症では15例にIPS‐PP001が投与され、全症例で有効性が認められた(図3)。1症例についてIPS‐PP001(SRD‐P001)投与後の疼痛VASスコアの変化を図4に示した。VASスコアは投与後2週間まで直線的な下降を示し、疼痛改善効果が明らかになった。また、このスコアの減少は飼い主と担当獣医師とで同様の変化を記録しており、疼痛評価におけるVASの有効性が確認されたと考えられた。今後、この評価方法を用いた疼痛評価による臨床評価試験は有用であり、利用されることを期待したい。
 この臨床獣医学的研究結果からIPS‐PP001は試験期間を通じて重篤な有害反応は観察されず、安全で長期連用に耐える犬の関節痛治療に有効、有用な健康補助食品であると考えられる製品と判断される。


まとめ

 今回紹介した、漢方薬、認知症に対する人参養栄湯についての獣医臨床応用研究の継続は人の認知症への応用に新たな情報を提供することができるもので、今後の獣医臨床医学における新しい臨床研究の展開をもたらすものと考えている。また、関節痛に対する健康補助食品は人における有効性を確認する上で有用な情報を与えるものとなろう。
 人と動物(コンパニオン・アニマル)の共通する疾患の治療、予防に共通の治療薬剤、健康食品を用いることで、その有効性をさらに明確化でき、獣医臨床医学から新たな医学情報が発信できるものと確信している。
(本論文の要旨は第36回獣医東洋医学会にて発表した)