Geriatric Medicine 2009; Vol47 (8), 1061-1066

アルツハイマー型老年認知症に対する「ヤマブシタケ子実体」食品「山伏乃賜玉」の臨床効果

大友英一、清水 通隆、小松靖弘

=はじめに=

 高齢化とともにアルツハイマー型老年期認知症の増加は確実であり、本症への対応が21世紀の最大の医学的、社会的課題の一つである。アルツハイマー型老年期認知症の原因は不明であるが、抗認知症の医薬品開発が各国で進められている。現在、わが国で唯一認可されている抗認知症医薬品はアリセプトである。一方では、少しでもアルツハイマー型老年期認知症に効果を示すものについて、可能な限り臨床で試してみることが望まれている。
 アルツハイマー型老年期認知症については、種々のコホート研究が行われており、魚を多く食べる食生活はアルツハイマー型老年期認知症の発症が少ないことが認められ、アルツハイマー型老年期認知症と生活習慣が関連する可能性が報告されている。したがって、アルツハイマー型老年期認知症は生活習慣の改善により予防可能な疾患である可能性が考えられることから、有効な予防手段となる食品の検索も精力的に進められている。
 このような観点から、本調査で取り扱った「山伏乃賜玉」(サン・バイオケミカル株式会社製造販売)は食用キノコであるヤマブシタケから作られた栄養食品(健康補助食品)である。ヤマブシタケは中国では宮廷の薬膳料理に使われた食材として知られている。科学的には河岸らがヤマブシタケから神経成長因子(NGF)の産生を促進させる効果を持つ化合物ヘリセノン(hericenone)類、エリナシン(erinacine)類の存在を明らかにし、さらに動物試験においてエリナシンAの経口摂取試験で脳組織の一部でNGFが顕著に増加することを観察している。また、藤原らは詳細にその生物学的作用報告しており、興味あるキノコである。
 筆者は少数のアルツハイマー型老年期認知症に対する「山伏乃賜玉」の効果を認め、さらに、ほかの医療施設との共同調査において同様の結果を観察している。また、笠原らは高齢障害者(脳血管障害、パーキンソン病、脊髄小農変性症など)に対し、対照に比較して有意な改善効果も報告している。
 今回、「山伏乃賜玉」のアルツハイマー型老年期認知症に対する効果について、初期的臨床試験を実施し、その有効性、有用性を明確にするために本研究を企画し、検討したので報告する。

=対象と方法=

1.初期的臨床試験
 対象は社会福祉法人浴風会浴風病院の外来に通院しているアルツハイマー型老年期認知症患者7例(男性5例、女性2例)であり、年齢は74〜89歳(平均82歳)であった。これらの患者は一般的には軽症例と診断され、機能的自律度評価(Functional Independence Mcasure:FIM)はコミュニケーションおよび社会的認知の項にのみ問題があるレベル4〜6の段階で、ほかのFIMの項目にはほとんど問題がない例であった。

2.本臨床試験
 対象は社会福祉法人浴風会浴風会病院の外来に家族が付き添って通院しているアルツハイマー型老年期認知症患者で本調査への参加について家族が同意している方である。アルツハイマー型老年期認知症の診断は、DSM-W-TRの基準に従って行った。症例の総数は18例で、男性が10例、女性は8例であった。年齢は66〜86歳で、平均は77.4±6.9歳であり、臨床症状の変化が認められなくなった18例である。

3.摂取方法
 「山伏乃賜玉」1.5gを朝、夕2回(1日3g)を3ヵ月間摂取した。

=効果判定=

 患者がアルツハイマー型老年期認知症の中核症状といっている記銘力、記憶力、判断力、見当識障害、計算力障害などの評価はMini Mental State Examination(MMSE)により行った。また、周辺症状の評価は同居する家族、ショートステイなどに際し、接する機会がある介護士などが本食品摂取後に観察した患者の言動を聞き取り調査および来診時の医師への対応の変化などにより行った。
 摂取前後のMMSE点数の変化については、1〜5点の上昇は有効、変動のない場合は不変、1〜5点低下した場合を悪化と判定した。なお1点の上昇例については家族からの気取り調査を行い、最終判定を行った。
 また、本食品摂取前後で各種臨床検査(血液生化学的検査、尿、糞便検査、心電図検査など)を行った。

=統計処理=

 統計処理は関連のある2群の順位尺度差の検定をWilcoxon 符号付順位検定法(Wilcoxon signed ranks test)を用いたノンパラメトリック検定で行い、危険率5%以下(p≦0.05)をもって“有意差あり”とした。なお、この治療研究は社会福祉法人浴風会浴風会病院の治験委員会の承認を受けている。

=結果=

1. ヤマブシタケの有効性に関する初期的試験
 筆者が認知症の中核症状と命名している狭義の知的状態のMMSEでは、7例中1例において15点から22点に上昇した著効を示した例を除き、明確なMMSEの全般的な変化は認められなかった。しかし、表1に示したように筆者が周辺症状と命名している意欲低下・無関心・自発性・うつ状態・幻覚・妄想・異常行動・徘徊などにはほとんどの例で何らかの好ましい改善が認められた。

表1 初期的臨床試験7例にみられたヤマブシタケ摂取後の周辺症状の改善例

  痴呆の進行が遅くなった  2例
  徘徊が消失した       1例
  外出先から迷うことなく帰宅できるようになった 1例
  性格が穏やかになった  1例
  怒りっぽさが軽減した   1例
  整理整頓など几帳面な性格に戻った  1例

2.本臨床試験
 この初期的臨床試験研究において「山伏乃賜玉」はアルツハイマー型老年期認知症患者に周辺症状の改善が確実にみられたので症例数を増やし、本臨床試験を試みた。
 臨床症状の改善は、周辺症状を中心に認められた。MMSEの値について「山伏乃賜玉」摂取前後の変化を表2に示した。表2からわかるように改善を示した患者は18例中11例(61.1%)、不変は5例(27.8%)および悪化は2例(11.1%)という結果であった。しかし、特定のドメインに反応が大きいということはなかった。表2に示したように、MMSE値の変化はわずかでも点数(1〜5点)の上昇した症例は14例(77.8%)、不変は1例(5.8%)、低下(1〜5点)は3例(16.7%)であった。MMSEが1点改善した患者は5例(27.8%)であった。MMSEが1点改善した患者5例のなかの2例についたは家族から症状の聞き取り調査を行った結果、改善が認められたことから、有効症例とし、ほか3例は不変省令とした。また、1点下降した患者は1例であったが、同様に聞き取り調査により1例を不変症例とした。
 有効と判断された11例、悪化、不変と判断された7例に関するMMSEの「山伏乃賜玉」摂取前後の変化を図1に示した。図1からわかるように改善を示した症例のMMSEの変化は明確であった。一方、症状改善が認められなかった症例では図1からもわかるように、MMSEの悪化が3例、不変が1例であり、またMMSEが1点上昇した3例および1点下降した1例については家族・介護者からの聞き取り調査の結果、症状の改善悪化があったとは判断できないため、これらは不変症例とした。
 改善を示した臨床周辺症状は初期的試験でもみられたように@判断力、理解力がやや普通に近づいたと考えられる。A性格が穏やかになった、B明るく積極的となった、C表情が明るくなった、D積極的に外に出かけるようになったE買い物がまともになった、F動作が少し早くなった、G他の人との対話が多くなった、H昔の几帳面さがやや戻った、I幻覚・妄想が少なくなった、などであった。これらの変化はいずれも同居している家族、あるいは介護士が観察した結果である。さらに、外来における医師への対応が明るくなり、また対応が早くなった症例も経験した。
 一方、悪化したといえるのは、@記憶力の低下が少し進んだ、Aいろいろなことに積極性が少なくなった、などであったが、なお、表2には示してはいないが、同時に実施した一般血液生化学的臨床検査、尿検査、心電図検査結果から摂取前後で異常検査血は認められず、また心電図パターンに特別な変化は認められず「山伏乃賜玉」が安全性の高い栄養食品であることが確かめられた。
 患者18例のMMSE値の結果について統計処理をしたところ、同順位補正後のp値が0.0208であることから、「山伏乃賜玉」摂取前後では有意(p≦0.05)に差があった。

表2 「山伏之賜玉」摂取前後のMMSE値の変化

  患者          MMSE                   判定
        年齢   摂取前   摂取後    前後の差
1  A(F)  66     22     24       2       有効
2  B(F)  69     18     23        5       有効
3  C(M)  86     21     25       4       有効
4  D(M)  87     20     20       0       不変
5  E(M)  80     18     22       4       有効
6  F(M)  79     11     12       1       不変
7  G(F)   72        20     24       4       有効
8  H(F)  80     18     19       1        不変
9  I(M)  64     26     25       -1        不変
10 J(F)  81     18     16       -2        悪化
11 K(M)  81     23     26       3       有効
12 L(M)  73     19     14       -5        悪化
13 M(F)  80     18     21       3        有効
14 N(F)  69      21     25      4         有効
15 O(M) 84      18     19      1         不変
16 P(M) 80      21     22      1         有効
17 Q(M) 79     20     21       1         有効
18 R(F)  84     17     19       2         有効


=考察=
 アルツハイマー型老年期認知症の原因は原因は未だ不明な点が多く、その原因究明が世界的に進められている。治療薬の開発も活発に進められているが、この疾患を完治させる薬剤は未だ開発されていないのが現状である。有効な薬剤が開発されていないことと、アルツハイマー型老年期認知症は食生活を中心とする生活習慣との関連から予防可能な疾患の可能性が考えられることから、有効な予防集団となる食品の検索も精力的に進められている。このような状況にあって、古く中国で宮廷の薬膳料理に使われていたヤマブシタケが注目されている。本キノコについて河岸らは神経成長因子の産生を促進させる効果をもつ化合物ヘリセノン類、エリナシン類の存在を明らかにした。さらに川岸らはラットを用いた試験でエリナシンAの経口投与により海馬、青斑組織のNGF量が顕著に上昇することを報告した。また、藤原らは脳梗塞モデル動物を用いて、その薬理学的作用について詳細に報告しており、ヤマブシタケは臨床医学的にも興味のある食用キノコと考えられる。
 このような事実から筆者は栄養補助食品として市販されているヤマブシタケ子実体粉末食品(「山伏乃賜玉」)の臨床研究で本製品は軽度のアルツハイマー型老年期認知症患者の周辺症状に対して有意差を以て改善することが明らかになり、アルツハイマー型老年期認知症患者の治療、予防に有効であると考えられた。
 ところで、筆者は今回の臨床研究のほかに本結果を基に、症例数を増やし、ほかの施設においても同様の結果が得られるか、否かについて確認する臨床試験研究を試みた。その試験においても同様に試験参加者は1日3g(朝、夕食後それぞれ1.5gずつ)を摂取して、3ヵ月後の認知症の重症度、その他の症状について摂取前後で比較した。
 すなわち、認知症薬剤治療が継続されているアルツハイマー型老年期認知症患者で社会福祉法人浴風会浴風会病院およびほかに医療施設の入院患者、特別養護老人ホーム入所のアルツハイマー型老年期認知症例で検証した。対象症例は21例(男性7例、女性14例、平均年齢85.5±6.6歳、71〜98歳)であった。認知症の診断、重症度判定にはMMSE,改訂長谷川式簡易知的機能検査スケール(HDS-R)、臨床的認知度評価尺度(Clinical Dementing Rating:CDR)などを使用した。重症は15例、中等症は4例、軽症は2例であった。また、この臨床治験参加の患者は認知症の薬物療法を行っていたが、症状の変化が3ヵ月以上にわたってみられなかった症例である。この予備的臨床試験結果では、中核症状である記銘力・記憶力障害などの明らかな改善は認められなかった。しかし、摂取前後でMMSEの施行可能であった10例では点数の増加は1〜2点に終わったが、点数の減少した例はなかった。周辺症状の改善は14例(66.7%)に認められ、不変4例(19.0%)、悪化3例(14.2%)であった。重症度別の改善度は重症例71.4%、中等症例75.0%、軽症例50.0%であった。改善した症状は意欲低下、無関心、自発性、うつ状態、幻覚、妄想、異常行動、徘徊などであった。なお、1例の異常性の強い例ではこれが消失し、摂取後は性格が変わったように穏やかになった。この試験でも特筆すべき副作用は認められず、臨床検査上も特に問題となる変化はなかった。
 今回の臨床研究と予備的臨床研究で明らかなように、本栄養食品にはアルツハイマー型老年期認知症の症状改善に一定の有用な効果を示す作用があると判断さた。しかし、その詳細な作用機序は不明であり、今後の研究によって明らかにされなければならない。これまでに作用機序の1つとしてヤマブシタケ子実体には抗酸化作用、血小板凝集抑制作用のあることも報告されており、「山伏乃賜玉」についても抗酸化活性について検討したところ、明確な抗酸化活性を認めており(データ未発表)、これらの作用も脳保護作用に寄与してアルツハイマー型老年期認知症の症状改善の作用に関わっているものと考えられた。また、神経細胞は周知のように刺激や情報を身体全体に伝達している細胞である。このため、神経細胞は長い神経突起を有して、ほかの細胞と連絡し、その役割を果たしている。このような特殊な機能を支えているのが神経栄養因子(Neurotrophic Factor:NTF)と呼ばれるものである。このNTFの詳細な機能については不明のところが多いが、このNTFのなかで最も特性が解明されている物質として、神経成長因子(Nerve Growth Factor:NGF)と呼ばれるものがある。NGFは末梢交感神経細胞、知覚神経細胞、記憶や学習に関係する前脳基底核コリン作動性神経細胞、コリン作動性神経細胞などの分化促進、生存、機能維持作用を有するとされている。この神経路はアルツハイマー型老年期認知症で障害されている神経路と よく似ている。このようなことからNGFがアルツハイマー型老年期認知症と関連が深く、原因としてNGFの欠乏を考える説も出現している。このNGFに関してヤマブシタケが含有しているヘリセノン、エリナシンにはNGFの合成を促進させる効果が報告されている。また、これらの化合物はラットの試験では経口摂取により脳関門を通過して、海馬、青斑組織でNGFの産生を促進することが認められている。このようなことから、「山伏乃賜玉」はNGFを会してアルツハイマー型老年期認知症の病変を予防あるいは発現抑制に働き、臨床症状の改善に関与している可能性が強いと考えられる。
 ヤマブシタケには長い食経験があり、副作用は特に認められず、安心・安全な食品であることが確認され、今回の介入試験で、アルツハイマー型老年期認知症に統計学的に有意差をもって「山伏乃賜玉」に有効性を認めたことは今後さらなる基礎、臨床研究を行い、有効性について詳細に検証していく価値のある食品といえる。
  なお、今回は敢えて非摂取群の対照群を設けていねい。それは、筆者らの経験から、アリセプトと投与して3カ月間が経過して、その症状に全く改善を認めていない認知症患者にそれ以上の期間、同様の薬剤を継続投与して症状が改善した症例は観察されていないことと、食品であるヤマブシタケに相当する対照食品が存在しないことから、対照群を設定することができなかったからである。


=結論=
 アルツハイマー型老年期認知症に対し、ヤマブシタケ粉末食品である「山伏乃賜玉」を3ヵ月摂取し、摂取前後で比較した。その結果、中核症状では知的機能の評価方法といい得るMMSEでわずかではあるが、上昇を認めた。また、周辺症状であるうつ病、幻覚、妄想、徘徊など症状の改善を認めた。副作用はなく、本食品はアルツハイマー型老年期認知症に積極的な摂取を試みてよいものと結論される。


謝辞
本試験の統計学的処理につきましてご協力頂き、また貴重なご助言を賜りました秋田大学名誉教授、吉崎克明先生に深謝致します。