大特集:冬虫夏草(とうちゅうかそう)

はじめに、
冬虫夏草とは、
シイタケやシメジ、マイタケなどは、スーパーの野菜売り場で買うのが普通です。
ですからキノコを植物と勘違いする人もいますが、実際は菌類の仲間です。
キノコの種類は、世界で1万種、日本だけでも3千種を数えるといわれています。
その中で、昆虫の成虫や幼虫に寄生する菌を総称して「虫草」と呼びます。
これが、世界で390種ほどあり、「冬虫夏草」は、その虫草の一種で、コウモリ蛾という蛾の幼虫に寄生するキノコです。
子嚢菌類バッカクキン(麦角菌)科に属し、学名をコルディセプス・シネンシス(Cordyceps Sinensis)といい中国の一部の地域やチベットで採れます。
冬虫夏草は、中国の四川省、青海雲地域の3000~5000メートルの高原やチベットの高山の一部に生息するコウモリ蛾の幼虫に寄生して、
冬季に幼虫を栄養分として幼虫の体内に菌糸核を形成します。幼虫は、このキノコにすべての養分を取られてしまうので枯死します。
春には、幼虫の頭部からキノコの子実体が発生して棒状のキノコ子実体のみが地上に姿を現し、この子実体がまるで草のように見えるので、
その形態から冬虫夏草と呼ばれるようになりました。この菌がどうやって間違いなくコウモリ蛾の幼虫に狙いを定めて、
どのうように感染し、菌糸を増殖させるのかは、推測の域をでないのが実情です。
菌糸が幼虫の体内で増えていくとき、冬虫夏草菌という異物に対して、幼虫は、あらゆる免疫システムを総動員して、
敵を排除するために戦い続けると考えられます。 同様に、冬虫夏草菌も、その攻撃に逆らって生き延び、成長していきます。
つまり、寄生される側も、寄生する側も、同時に強くなっていき、何らかの強い機能性物質を醸成していると考えられるわけです。

特集① 「冬虫夏草の薬効と成分」 京都大学名誉教授 藤多哲朗先生の研究



恩師 藤多哲朗先生の思い出 徳島大学薬学部大学院 生物薬品化学研究室
藤多哲朗教授 武田美雄助教授 市原照由講師 志摩修(M2) 大山博行(M1)
昭和60年8月24日現在



大山漢方堂薬局 附属 大山宗伯東洋医学記念館(新館) 東洋医学(漢方薬・鍼灸)の歴史資料館 

大山漢方堂薬局 漢方高貴薬 天然 「冬虫夏草」 原体(姿)



謹呈 大山博行 博士    著者

「冬虫夏草の薬効と成分」  藤多哲朗

冬虫夏草の薬効と成分 摂南大学薬学部薬品製造学教授 京都大学名誉教授 藤多哲朗

冬虫夏草は、その薬物の名称から地球上の生物や季節など凡ての精気を含んでいるような気がする。
冬虫夏草がブームになった理由は、最初、1993年、中国・馬軍団の女子陸上運動選手が、多くの金メダルを獲得し記録を更新したことによる。
その強さの秘訣は「スッポン、狗肉、冬虫夏草」入りのドリンクであると伝えられた。これら3品は、いずれも中薬辞典に記載されている薬物である。
第二のブームは、冬虫夏草の人口培養による生産が可能となって、健康食品として市場の出たためと思う。
ここでは、薬用のいわゆる「冬虫夏草と昆虫に寄生する菌類の成分と薬効」
さらに現在、私たちが研究している「冬虫夏草類縁菌からの新規免疫抑制剤への開発」について述べる。



1) 冬虫夏草
現在、日本で一般的に冬虫夏草と総称されているものは、昆虫と寄生菌の子実体の合体したものである。
古来より中国では、菌がセミの幼虫に寄生して生じた「蝉花」が小児の夜泣きなどに使用されてきた。
中国では冬虫夏草は虫草、冬虫草とも呼ばれ、菌学者の小林義雄博士は混乱を避けるために、
薬用の冬虫夏草に心ならずも支那冬虫夏草の名称を使用している。

1・1)冬虫夏草の生態

薬用の冬虫夏草は、冬虫夏草菌(フユムシナツクサタケ)がコウモリガ科の幼虫に寄生したものである。
虫体は第三令のカイコのような形をしているが、体内は菌糸で満たされている。
その幼虫はタデ科の植物、珠芽蓼の地下茎を食し、この植物が自生していないと幼虫が生育できないという共生関係が成り立っている。
そのタデ科の植物は日本のイブキトラノオと近縁植物である。冬虫夏草は四川、青海、貴州、雲南、甘粛、チベット、さらに中国の北方やネパールでも産する。
ネパールでは王侯の秘薬として珍重、保護されている。産地が中国奥地の標高4,000メートルの高地であるため、
中国においても知られたのは清時代で、ヨーロッパに紹介されたのは1726年、日本には1728年であった。

図1) 冬虫夏草の生態 写真1) 野生の冬虫夏草 写真2) 市販薬用冬虫夏草



冬虫夏草に関してまとめられた書籍・文献は次のものが出版されている。

(1)小林義雄“日本・中国菌類歴史と民族学”廣川書店(1983)
(2)久保道徳 “冬虫夏草・秘密とそのパワー”保育社 (1996)
(3)江蘇新医学院偏“中葯大辞典(上)”787頁(1985)
(4)清水大典“冬虫夏草”ニューサイエンス社(1979)“原色冬虫夏草図鑑”誠文堂新光社(1994)
(5)難波恒雄“原色和漢薬図鑑(下)”保育社、233頁-234頁(1980)
(6)陣存仁“図説漢方医薬大辞典”172頁-173頁 講談社(1982)
(7)宇多川俊一、椿 啓介ほか“菌類図鑑(上)”70頁、437頁 講談社サイエンティフィク(1982)
(8)小林義雄、清水大典“冬虫夏草菌図譜”保育社、 137頁-140頁(1984)
(9)吉井常人“王侯の秘薬”サンライズ印刷出版(1990)
(10)高橋義博、洪嘉禾“奇跡を呼ぶ冬虫夏草”KKベストセラーズ(1994)。
(11)矢萩信夫、矢萩禮美子“「日本冬虫夏草」超健康法”ワニブックス(1994)
(12)王国棟“冬虫夏草類 生態、培植、応用”科学技術文献出版社(中国)(1995)。

1・2)冬虫夏草と陰陽五行説

冬虫夏草の「冬」は飲、「虫」は陽、「夏」は陽、「草」は陰である。
中国清時代の呉儀洛(1757年)は『本草従新』で冬虫夏草について
「甘平保肺。益腎止血。化痰已労嗽。」と記している。
その意は「味は甘であるから平であり、肺を保ち腎を益し、血を止める。
痰を化し、労咳を癒す」と解釈できるとされている。
陰陽五行説に不詳の私にも、冬虫夏草の薬効説明は興味深い。
五行説によると、病気は「木」の「肝」から始まり、「心」、「脾」、「肺」を経て「腎」に至る。
五味の「甘」に属する冬虫夏草は、五材の「土」に属し、五臓の「脾」に入り、まず「脾」の病を治療する。
ついで、「肺」を保護し、更にその次の「腎」を益するように働く。
「平」の薬は、病で発熱している時(陽)、冷えて衰弱している時(陰)どちらにも使えることを示している。
この時代、中国で考えている「脾」と現代医学の「脾臓」が同一のものかは不明であるが、
脾臓は免疫を担当する重要な臓器である。

図2)冬虫夏草と陰陽五行



1・3)冬虫夏草の薬効・生理作用

薬用冬虫夏草の化学成分と薬効・生理作用との間の科学的な研究は緒についたところである。
注目される生理作用は、腫瘍細胞の成長阻害、免疫機能異常の改善、腎機能の早期回復、
マウスの毛の再生作用、運動機能向上作用、血糖降下作用等である。
これらの生理作用は、冬虫夏草菌類が純粋人工培養されるようになって明らかにされたものが多い。
冬虫夏草そのものの研究は、1919年に薬理学的研究として平滑筋に対する作用が最初に報告された。
中薬辞典には、結核菌に対する抗菌作用が記されている。
最近、水抽出エキスがエールリッヒ腹水癌や繊維肉腫細胞移植マウスに延命効果をもたらし、
マウスの免疫担当細胞による腫瘍細胞静止活性を増強させることが報告されている。
しかし、これらの研究では、生理活性と冬虫夏草の含有成分との関係は明確でなかった。
Chenらは、冬虫夏草そのものの多糖分画がヒト白血病細胞の成長と分化の阻害を、
木方は培養菌糸体から抽出精製された多糖に顕著な血糖低下作用を報告している。
Wangらは培養菌糸体の水可溶性分画をラット由来の培養副腎皮質細胞に適用し、コルチコステロン産生の増強を認めた。
また、食品への利用として、竹友らは冬虫夏草培養菌糸体エキスの大量製造法を確立した。
そのエキスを薬理学的に検討した結果、古来より伝承されている効能を認めた。
すなわち、心肺機能の増強、血流量の増加および糖代謝亢進作用である。
そのエキスの主成分は、タンパク質、糖質で、その他ミネラル等を含んでいるので、
運動機能の向上や成人病予防を目指す食品への利用を考えている。

1・4 冬虫夏草類縁菌の代謝産物・生理作用

薬用冬虫夏草のほかにも種々の昆虫に寄生する菌類が知られている。
これらの菌の多くは、冬虫夏草と同属の完全時代のコルジセプス属、
あるいはその不完全菌時代のイサリア属に属している。
それらの生理活性代謝産物としては、C.militarisの抗菌物質コルジセピン、
C.ophioglossoidesの抗菌物質オフィオコルジン、I,felinaのイサリインがよく知られている。
古谷らは数種のコルジセプス及びイサリア属の人工培養菌糸体抽出物について、
モルモットの摘出心臓に対する負の変力作用及びカルシウムイオン流入拮抗作用を検討した。
その結果、主要活性物質はアデノシン誘導体(HEA)であり、アデノシンも活性に関与している可能性を示唆した。
生本らも古谷らの方法にしたがって市販冬虫夏草や同属菌糸体について検討したところ、C.militarisとI.felinaに冬虫夏草と同様の強い活性を認めた。
その他、最近、矢萩らは、日本産虫草、ハナサナギタケ I.japonicaの培養液が、不飽和脂肪酸の過酸化をもたらすフリーラジカルを捕捉することを示した。
学会で発表された報告では、矢萩らのハナサナギタケの免疫機能の増強、抗腫瘍活性ならびに成分研究に関する永年の研究がある。
また、金城らは、C.crassisporaの培養抽出物の薬理活性(心筋収縮力、血管弛緩、気管支弛緩、血糖降下、抗ストレス、代謝機能調節、学習記憶)
を調べ、脳分泌ホルモンであるメラトニンを単離・同定した。近い将来、以上述べた冬虫夏草の生理作用と科学的成分との関連性が更に明らかにされ、
医薬並びに機能性食品としての有用性が科学的に証明されるであろう。



参考文献

(13)小倉享一、諏訪芳秀、田中隆治、吉栖肇、小川秀興、日皮会誌、96、195(1986)
(14)J,yoshida, S.takamura, N.Yamaguchi, L.J.Ren, H.Chen, S.Koshimura and Suzuki, J.Exp.
    Med.,59`157(1989).  J.Yoshida,S.Takamura, N.Yamaguchi, S.Suzuki and Koshimura, J.Kanazawa Med. Univ., 17, 330 (1992)
(15) Y.-J. Chen, M.-S.Shiao, S.-S.Lee and S.-Y.Wang, Life Sciences, 60, 2349 (1997)
(16)T.Kiho, J.Hui, A.Yamane and S.Ukai, Biol.Oharm.Bull., 16, 1291 (1993)
(17)T.Kiho, A.Yamane, J.Hui, S.Usui and S.Ukai, Biol,Pharm.Bull., 19, 294(1996)
(18)S.-M.Wang, L.-J Lee, W.-W. Lin and C.-M.Chang,J.Cell.Biochem., 69、483(1998)
(19)竹友直生、化学と工業、51、1614(1998)
(20)G.Deffeux et al.J.Antibiotics, 34, 1266 (1981)
(21)T.FUruya, M.Hirotani, M.Matsuzawa, Phytochemistry, 22,2509 (1983)
(22)生本 武、佐々木重夫、難波久子、遠山良介、守時英喜、毛利威徳、薬誌、111、504(1991)。
(23)N.Yahagi, M.Komatus, M.Hiramatsu, H.Shi, R.Yahagi, H.Kobayashi, H.Kamda, F.Takano and S.Fuchiya, Natural Medicines 53,319(1999)

2) 冬虫夏草類縁菌から免疫抑制剤の開発

最近、臓器移植法案が国会で認められ、その後数回の脳死臓器の移植が行われた。
生体あるいは脳死の臓器移植成功の鍵を握る薬は、移植後の拒絶反応を抑制する免疫抑制剤である。
移植手術の成功率の急激な上昇は、スイスの製薬会社サンド(現在ノルバティス)による
免疫抑制剤シクロスポリン(ciclosporin=cyclosporin A:CsA)の発見に負うところが大きい。
さらに、日本の製薬会社・藤沢薬品が発見したタクロリムス(FK506)は、シクロスポリンよりも活性が高く、移植治療に多大の貢献をしている。
しかし、両者に賢毒性などの副作用が認められ、また、両者は類似した作用機構をもつので、
作用機構の異なった副作用の少ない免疫抑制剤が求められている。
幸い、その要望に合いそうな化合物が冬虫夏草類縁菌の代謝産物から見つかった。
私達は、それを元にしてより安全性の高い物質に導くことができたので、その経過の概略を述べたい。



2.1) 免疫抑制剤研究の発端

私たちの免疫抑制剤研究の発端は、椎茸の栽培に大きな被害を与えた菌類トリコデルマ属菌の椎茸菌成長阻害活性物質の研究であった。
このトリコデルマ属菌培養液から多種のペブチドが単離され、その一つにトリコスポリドと名付けたペブチドがあった。
このトリコスポリドは、冬虫夏草の属する昆虫寄生菌から分離されているイサリインと化学構造が類似し、両者は環状構造をもつシクロデプシペプチドに属している。
他方、研究の初期、シクロスポリンを生産する菌の学名は、私たちが研究していたものと同一であった。
その後、菌分類学的検討から、シクロスポリン生産菌の学名は図3のように改名された。
そのようなことから私は免疫抑制に関心をもち、コルジセプスやイサリア属の昆虫寄生菌は、ひょっとすると昆虫の免疫様機能を低下させているかもしれない、
さらには脊椎動物に対する免疫抑制活性物資を生産しているかもしれないと考えた。
(本講演の後、発酵研究所・片桐 昭氏から、最近、シクロスポリン生産菌の完全世代が Cordyceps subessilis であると同定されたことを教示された。謝意を表する。)
そこで、入手可能な昆虫寄生菌を集め検討したところ、ツクツクボウシに寄生する菌、すなわちツクツクボウシタケから免疫抑制活性を示すISP-I(化合物Ⅰ)が見つかった。
免疫抑制活性テストの方法は、マウスの同種混合リンパ球反応(MLR:Mouse Allogenieic Mixed Lymphocyte Reaction)を用いた。
この方法は移植の際の組織適合性の判定に用いられる。
文献を調べると、化合物Ⅰに該当する物質は、10年くらい前に二つの研究グループにより、抗カビ剤として他の菌(ミセリア属菌等)から分離されていた。
彼らは、それぞれ独立にミリオシン、テルモジモシジンという名前で1972年に報告していた。
しかしながら免疫抑制活性については、まったく報告されていなかった。

図3) 免疫抑制活性物質研究の発端

図4) 現在、臓器移植の臨床に適用されているシクロスポリンとタクロリムス、とISP-Ⅰの構造

    ISP-Ⅰの化学構造はシクロスポリンとタクロリムスそれらと比べ非常に単純である。



2・2)創薬の種子から先導化合物へ

自然界の生物は多種、多様な物質を生産する。
その各々は生命を維持するための役目があって働いていると考えられる。
人類は、それらの生理・薬理作用に着目し、天然物を生薬として病気の治療に利用してきた。
さらに、その有効成分は、医薬品創製の種子となり、あるいは合成医薬品の先導的役割を担う化合物となっているものが多数ある。
化合物Ⅰを薬にするためには、活性を上げると同時に毒性を抑えなければならない。
今、考えると、化合物Ⅰは種子的化合物であって、それから色々な作用をもつ先導化合物を創出できるように思う。
化合物Ⅰの構造と活性との相関性を調べるために、化合物Ⅰを原料として種々の誘導体の作成を計画した。
そのためには大量の化合物Ⅰを必要とするので、効率よく化合物Ⅰを生産するミセリア属菌を用いた。
化合物Ⅰの分離過程で、基本骨格は同一であるが置換基の異なる同族体マイセステリシン類A-Gが分離されてきた(表1)。
そこで、官能基と活性との関係の検討すると、化合物Ⅰ(ISP-I)の4位に水酸基(OH)がついているが、マイセステリシンDとEでは4位に水酸基がついていない。
しかし、それらの間には活性に大差はない。それゆえ、4位の水酸基は活性に影響を与えないであろう。
また、3位の水酸基の立体的な方向と活性との関係をみると、3位の水酸基は、化合物ⅠとDでは太い点線で下向き、Eは太い実線で上向きである。
これらの間にも、活性に大差はない。結局、3位の水酸基は方向が違っても活性に影響しないことを示し、さらに、3位の水酸基も不要かもしれない。
なお、有機化合物の立体構造の表示法として、標準線で表示した炭素原子を紙面に置いたとき実線は紙面から上向き、点線は下向きを表している。
カルボキシル基(COOH)を一級アルコール(ヒドロキシメチル基CHOH)に還元すると、驚くべきことに、化合物Ⅰのアミノ酸部分のセリン構造が変化しても、
また、その不斉中心が消失しても元と活性があまり変わらない(表2 化合物3→化合物4)。
通常、不斉中心をもつ生理活性物質は、その一方のみが活性で他方は不活性か、あるいは異なった作用を示すことが多い。
後で判明したのであるが、この化学変化は免疫抑制の作用機構に質的な変化をもたらした。
前述の結果と考察から、免疫抑制活性に必要な置換基は、アミノ基(NH)、二個のヒドロキシメチル基と炭素鎖があればよいことになる。
これらの条件を満足する構造は構造式(6)で示され、それが先導化合物となった。
そこで、この(6)で示される化合物の炭素鎖の長さと細胞レベルのMLR活性と生体レベルのラット皮膚移植生着日数との関係を調べた。
MLR活性とラット皮膚移植生着日数は平行しており、免疫抑制活性が強く、毒性が低い化合物の炭素数は一四で、構造式は(6a)であった。
次に、この(6a)の脂肪族側鎖にベンゼン環を導入することを試みた。ベンゼン環の導入は分子の運動性が変わり、生体膜に入ったときに影響を及ぼす。
炭素鎖の長さは、一四に固定し、その間でこのベンゼン環を動かしてみた。ただし、ベンゼン環は、長さとして四個の炭素鎖長とみなした。
炭素数nがゼロは、ベンゼン環が官能基に直結した状態であり、一〇は、ベンゼン環が炭素鎖の末端にあることになる。
その結果、nが二の化合物(7)に最も強い活性が認められた。これを医薬品候補化合物としてとりあげ、FTY720(化合物Ⅱ)と名づけた。
(表1、2の注 同種混合リンパ球反応MLRとは、同種たとえばマウスAとBの脾臓細胞(リンパ球)を培養する。
この時、B細胞にはマイトマイシン処理をして増殖できないようにしておく。
AとB細胞を混合すると、A細胞はB細胞を非自己と認識し、同種細胞障害性T細胞を分化増殖を抑制する。
IC50値は増殖を五○パーセントに抑える薬物の濃度を示し、値が小さいほど活性が強い。)



表1 マイセステリシン類の免疫抑制活性(MLR) 表2 ISPーI誘導体の構造と活性相関 構造式 6、6a、FTY720

2・3 免疫抑制活性発現の最小基本構造

化合物Ⅰ(ISP-I)と同じ炭素骨格をもつ(6b)について、活性を発現させる最小基本構造を調べた。
化合物(6b)からアミノ基を除いたものは不活性となるが、ヒドロキシメチル基(CH2OH)を一つ取り除いた化合物(8)にまだ活性が残っていた。
構造式(8)から、さらにヒドロキシメチル基を除くと不活性となる。そこで、活性発現の最小基本構造は、(8)のような構造をもつアミノアルコールと推定される。
ここで再びアミノ基のついた炭素に不斉中心がまた現れてくる。側鎖の長さと活性の強さを調べると、前述の(6a)と同様に最適炭素数は一四の化合物(9)であった。
化合物(9)の立体異性体R-9とS-9の活性を比較するとR-9の方が高い。
それゆえ、立体構造を含めた免疫抑制活性発現の最小基本構造は、2-R-アミノアルコールとなる。
このアミノ基の配置は、生体内に通常存在する高級アミノアルコールであるスフィンゴシンのそれと同じであり、全構造も類似している(図5)。
そこで、化合物Ⅰも化合物Ⅱもスフィンゴシンと密接に関係があることが予想される。



2・4 スフィンゴシンと化合物Ⅰ(ISP-I)ならびにその関連化合物との関係

化学構成から考えると、化合物Ⅰならびにその関連化合物はスフィンゴシンと密接な関係をもっている。
スフィンゴシン誘導体は生体膜に存在し、脳や神経細胞の細胞膜の構成成分として重要である。
スフィンゴシンはアミノ酸のセリンと脂肪酸誘導体のパルミトイルCOAから生合成される。
その最初の段階を蝕媒するセリンーパルミトイルトランスフェラーゼの作用を、
カルボキシル基がヒドロキシメチル基に変化した免疫抑制活性化合物は、この段階を阻害しない。
それゆえ、それらの化合物は、スフィンゴシンあるいは代謝過程のそれより下流の物質が、
同種細胞傷害性T細胞を増殖させるために出す何らかの情報伝達を阻害しているのではないか、と考えられる。
「化学構造が変わると作用点も変化する」という興味ある知見が得られた(図6)。
免疫科学的に、免疫抑制剤がどのポイントを抑えているか、専門ではないが説明すると(図7)、
いまドナーからの臓器(同種移植細胞)が来ると抗原提示細胞が、その特徴を抑え、それが異物であることを認識しヘルパーT細胞にその情報を伝える。
ヘルパーT細胞はインターロイキン‐2(IL‐2)を生産・放出して、「ドナーから来た細胞を攻撃せよ」と同種細胞傷害性T細胞を増殖させ、攻撃を始める。
このようにインターロイキン‐2が情報伝達物質になっている。シクロスポリンやタクロリムスはヘルパーT細胞からのインターロイキン‐2生合成を抑えている。
一方、化合物Ⅰや化合物Ⅱは、その部分は抑えない。その先の、インターロイキン‐2の情報を受け取り同種細胞傷害性T細胞の増殖に至る過程を阻害している。
その上、化合物ⅡはT細胞による攻撃を抑えているような現象がでている。

図5 ISP‐Iから免疫抑制活性最小基本単位の探索
図6 ISP‐Iの生科学的作用点と関連免疫抑制物質の推定作用点
図7 ISP‐IとFTY720の免疫学的作用点
図8 同種移植モデルにおけるFTY720とCSAの併用効果
   A)ラット同種皮膚移植  B)ラット同種心移植 C)イヌ同種腎移植



2・5 他剤との併用効果

通信に例えれば、シクロスポリンやタクロリムスは発信側を抑え、化合物Ⅰや化合物Ⅱが受信側を抑えることになる。
そのように作用点が異なる両者を同時に用いると、通信阻害作用が効果的に働くことは当然予想される。
医学的には、医薬品の併用による相乗効果が期待され、同じ治療効果を表すために、薬用量を下げ副作用を減少させることができるならば、患者にとって大きな利益となる。
吉富製薬株式会社研究所の千葉健治博士らは、図8のようなラットの同種移植モデルにおける化合物Ⅱ(FTY720)とシクロスポリンとの併用による相乗効果を証明している。
また、タクロリムスとの併用効果も同様に観察した。 では、化合物Ⅱの作用機構がどこまで分かっているか?
同博士らは、化合物Ⅱの投与によって抹消血のT細胞(CD3+Tcell)の数が急速に低下することを認めた。
同博士らは図9のようなリンパ球のホーミング(homing:鳩などが巣に帰る)を考え、立証している。
化合物Ⅱは、リンパ球ホーミング作用にypって、循環しているリンパ球の数を減少させ、移植片への攻撃、すなわち拒絶反応を阻害していると考えている。
冬虫夏草の類縁であるツクツクボウシタケから薬効として免疫抑制作用をもつ化合物Ⅰ(ISP‐I)を見出し、
さらに、副作用の少ない臨床適用の可能性を持つ化合物Ⅱ(FTY720)に到達することができた。
(本研究は、京都大学薬学部薬用植物化学講座、台糖株式会社研究所、吉富製薬株式会社研究所の共同研究である。
ご協力賜った方々に深甚なる謝意を表します。)

図9 リンパ球循環とFTY720によるリンパ球ホーミング促進作用
末梢血中を循環しているリンパ球は、高内皮性細静脈(HEV)を介して、リンパ節およびパイエル板へホーミングし、その後、リンパ管、胸管を経て、末梢血中へと再循環している。
FTY720は、リンパ節およびパイエル板へのリンパ球ホーミングを促進することによって、末梢血中のリンパ球数を減少させる。



終わりに
この杏雨書屋には歴史的に価値のある医学・薬学の貴重な文献が保存されている。
宮下三郎先生の話を拝聴して、自分たちが新規な研究を行っている気持ちでも、
古人は、その時代の科学の概念で、冬虫夏草の薬効について示唆しているような気がする。
古人が示唆した冬虫夏草の薬効のすべては、解明されていないが「温故知新」の心を大事にして研究すれば、
人類の健康・医療に貢献する新知見(杏雨)が、さらに得られるものと思う。

第2章に関する参考文献
(24) J.F. Borel, History of Cyclosporin A and Tts Significance Immunology.
" Cyclosporin A " J.F. Borel, Ed; Elsevier Biochemical Press: Amsterdam; 5-17(1992).
(25) a) H. Tanaka, A. Kuroda, H. Marusawa, H. Hatanaka, M. Hashimoto, T. Kino, T. Goto, T. Taga, J. Am. Chem. Soc. 109, 5031-5033(1987).
b) T. Kino, H.Hatanaka, M. Hashimoto, M. Nishiyama, T. Goto, M. Okuhara, M. Kohsaka, H. Aoki, H. Imanaka, J. Antibiot, 40、1249-1255(1987).
(26)藤多哲朗、ファルマシア、33、591-593(1997). T. Fujita, Dsign of Immunosuppress-sant Based on fungal metabolites.
" Towards Natural Medicine Research in the 21st Century " H. Ageta et al Ed. ; Elsevier Science B.V.(1998).
(27)三宅祐理佳、小堤保則、川嵜敏裕、医学のあゆみ、171、921-925(1995)。山地俊之、Yudi Sun' 小堤保則、蛋白質、核酸、酵素、46、2503-2509(1998)。
(28)川口貴史、星野幸夫、片岡裕敏、大槻真希夫、柳川芳毅、千葉健治、臨床免疫、30、1240-1244(1998)。




「冬虫夏草の薬効と成分」  藤多哲朗

謹呈  大山博行  博士 ( 岡山大学医学博士、徳島大学薬学修士 )    著者

「冬虫夏草の薬効と成分」  摂南大学薬学部薬品製造学教授 京都大学名誉教授  藤多哲朗

冬虫夏草は、その薬物の名称から地球上の生物や季節など凡ての精気を含んでいるような気がする。
冬虫夏草がブームになった理由は、最初、1993年、中国・馬軍団の女子陸上運動選手が、多くの金メダルを獲得し記録を更新したことによる。
その強さの秘訣は「スッポン、狗肉、冬虫夏草」入りのドリンクであると伝えられた。これら3品は、いずれも中薬辞典に記載されている薬物である。
第二のブームは、冬虫夏草の人口培養による生産が可能となって、健康食品として市場の出たためと思う。
ここでは、薬用のいわゆる「冬虫夏草と昆虫に寄生する菌類の成分と薬効」 さらに現在、私たちが研究している
「冬虫夏草類縁菌からの新規免疫抑制剤への開発」について述べる。



「冬虫夏草の薬効と成分」 藤多哲朗先生の研究

藤多先生、「内閣総理大臣賞」を受賞

故・藤多哲朗名誉教授が、田辺三菱製薬と三井製糖との共同で、
第48回日本産業技術大賞」において最高賞である「内閣総理大臣賞」を受賞されました。
詳細につきましては、下記URLをご覧ください。



藤多哲朗先生のフィンゴリモド創薬研究(冬虫夏草に起源をもつ免疫抑制剤=フィンゴリモド)
フィンゴリモド(fingolimod)=FTY 720=Gilenya=多発性硬化症治療剤
多発性硬化症は、感覚障害、視神経炎、運動麻痺などが認められる中枢神経系の炎症性脱髄疾患
フィンゴリモドは、既存の治療薬とは異なる全く新しい作用機序、
リンパ球上のスフィンゴシン1-リン酸受容体(S1P受容体)に作用して、
自己反応性リンパ球の中枢神経系への浸潤を阻止し多発性硬化症の神経炎症を抑制する。

付録)

研究室の大きなテーマの1つに、がん、心不全、感染症などの予防薬や治療薬の開発を目的とする、
天然資源(自然)に由来する化合物の創薬研究がある。
冬虫夏草という漢方薬は、蛾の幼虫に寄生するキノコというとても不思議なもの。
冬虫夏草は中華料理の素材でも有名。(宮廷女官チャングムの誓いでも登場)
この冬虫夏草には、とても強力な免疫抑制作用がある。
現在、冬虫夏草に含まれる化合物をリード化合物にした免疫抑制剤(フィンゴリモド)が開発されている。
天然資源に由来する化合物とは、微生物、植物、生薬や漢方、食品素材、海洋無脊椎動物など、
いわゆる天然資源に由来する有機化合物のこと。
天然資源由来の医薬品は、市販医薬品の約50%を占めている。
自然界には、薬のタネとなる天然資源が様々ある。
例えば、朝鮮ニンジン、ヤナギ、イチイ、別名アララギで知られる常緑針葉樹など


恩師 藤多哲朗先生の思い出 徳島大学薬学部大学院 生物薬品化学研究室



恩師 藤多哲朗先生の思い出 徳島大学薬学部大学院 生物薬品化学研究室
藤多哲朗教授 武田美雄助教授 市原照由講師 志摩修(M2) 大山博行(M1)
昭和60年8月24日現在



付録)

「フィンゴリモドと冬虫夏草」
フィンゴリモドは、多発性硬化症治療薬である。
多発性硬化症は中枢神経系の慢性炎症性疾患であり、自己免疫機序により髄鞘内の蛋白質が攻撃を受ける結果、神経が損傷される疾患である。
フィンゴリモドは多発性硬化症に対する経口薬であり新薬である。
これまで多発性硬化症にはβインターフェロン(Avonex)やCopaxoneが用いられてきたが何れも注射薬であった。
フィンゴリモドの成分は冬虫夏草から抽出された。冬虫夏草(Cordycepus sinensis)はヒマラヤのカビ(fungus)の一種である。
このカビは冬の間はinsect larva(昆虫の幼虫)に侵入し、共生した後、夏には土中の昆虫のcarcass(屍骸)から成長して出てくる。
冬虫夏草は古くから漢方薬(herbal remedy)として用いられていた。
1985年に京都大学の藤多哲郎博士は漢方で使われるこのカビが昆虫に寄生すると免疫系が抑制されることに気が付き、吉富製薬と共同で研究が始まった。
しかし、日本での開発は行き止まり、1977年にノバルテイス社が三菱田辺から海外ライセンスを取得し、
このカビに含まれる不溶性の毒素であるミリオシン(myriocin)の構造を変えてフィンゴリモド(fingolinmod; Gilenia塩酸フィンゴリモド)すなわち商品名でGilenyaが作られた。
そのため、藤多哲朗博士の発見から25年後に、ノバルテイス社から現在の三菱田辺製薬に$5billionの利益が齎らされることになった。
というのも、2010年10月にUSAで多発性硬化症の薬として発売されたフィンゴリモド(商品名:Gilenya)という経口薬は、
発売から3カ月の間に2,000人の患者がこの薬を使い始め、Gilenyaの最初の1/4期の売り上げは$13 millionもあった。
内服は0.5mgを1日1回である。2011年の終わりまでには10,000人を超える患者が内服し、売上総額は$350 millionに達すると計算されている。
いずれ、この薬の年間の売り上げは$5billionを超え、世界中の医薬品のトップテンに入ると予測されている。
多発性硬化症は免疫系が神経のミエリン鞘を攻撃する疾患であるが、これまでに使われてきた多発性硬化症の薬であるβインターフェロンやCopaxoneに比べ、
フィンゴリモドの有効性はより大きなものであると期待されており、実際Gilenyaは再燃率をβインターフェロンの半分以下にまで抑える効果があったとされている。
このことは、日本発の新薬が世界中の多発性硬化症患者に福音をもたらすことを意味しているといえる。
フィンゴリモドは免疫抑制剤で、リンパ球がリンパ節から体液中に出るのを妨げて免疫を抑制する作用がある。
フィンゴリモドは、βインターフェロンに代わって多発性硬化症に対して優れた有効性を示す初めての経口カプセル剤となっており、
2011年にはEUでもフィンゴリモドをβインターフェロンによる治療にもかかわらず
再燃した活動性の高い再発寛解型多発性硬化症(relapsing-remitting multiple sclerosis:RRMS)の治療薬として承認されるに至っている。
古くから、中国では冬虫夏草の子実体を菌核化した宿主をつけたまま採集して乾燥し、漢方の生薬もしくは中華料理の薬膳食材として珍重してきた歴史がある。
四川料理のなかにアヒルの腹に湯で戻した乾燥冬虫夏草を詰めた「虫草鴨子」(チョンツァオヤーズ)が有名な料理があるという。
冬虫夏草は高価で取引されるので、高原で生活するチベット人にとって、その採取は貴重な経済的収入源の手段の一つとなっている。

付録)

ノバルティス社(本社:スイス バーゼル市)は、2010年9月22日、再発性多発性硬化症治療薬として開発を進めてきた
スフィンゴシン1-リン酸受容体調節薬「FTY720(一般名:フィンゴリモド塩酸塩)」の承認を米国において取得したことを発表しました。
本剤は、京都大学の藤多哲朗教授(現名誉教授)と吉富製薬株式会社(現田辺三菱製薬株式会社)等の共同研究から生まれた、
冬虫夏草の一種である天然物を化学的に構造変換することにより見出された、世界初のスフィンゴシン1-リン酸受容体調節薬で、
1997年9月22日、当社がノバルティス社に対し、日本を除く全世界における開発権および販売権を許諾したものです。
一方、国内では、当社およびノバルティス ファーマ株式会社(本社:東京都港区)が共同開発中であり、
現在、多発性硬化症を予定適応症としてフェーズ2の段階にあります。
当社は、ノバルティス ファーマ株式会社とともに国内における開発を推進し、
早期に製造販売承認申請をめざしてまいります。


特集② 大山漢方堂薬局の漢方高貴薬「天然冬虫夏草原体〈姿)」について、

冬虫夏草の写真
冬に、コウモリ蛾の幼虫に寄生して養分を吸い取り、幼虫内に菌糸が充満し、
春に、幼虫の頭部からキノコの子実体が伸びて、地上に姿を現す。

 キノコの子実体が伸びた写真  漢方薬としての冬虫夏草(天然・姿)写真

冬虫夏草 (とうちゅうかそう)

冬虫夏草は、「コウモリ蛾」の幼虫に寄生する、バッカクキン科のキノコで、中国の王侯貴族はこれを不老長寿、精力源として珍重していたといわれます。
この菌は寄生先の選択性をもっており、特に中国の四川省、青海雲地域の3000から5000メートルの高原やチベットの高山の一部に生息する
「コウモリ蛾」の幼虫に寄生して、冬の時期に幼虫を栄養分として土の中で幼虫の体内に菌糸核を形成します。
幼虫はキノコにすべての養分をとられてしまうので枯死します。春には幼虫の頭部からキノコの子実体が発生して棒状の子実体のみが
地上に姿を現し、この子実体がまるで草のように見える、その形態から冬虫夏草と呼ばれるようになりました。
虫の幼虫に寄生するキノコの種類は390種を超えるといわれ、「コウモリ蛾」の幼虫に寄生する本当の冬虫夏草ではない
似たものを「冬虫夏草」と称している場合も、かなりありますので注意が必要です。
日本にも類似のキノコが多種存在しており、これらも含め、幼虫に寄生するキノコ(虫草)を全部、「冬虫夏草」としている例が多く見られますが、
古来より中国で珍重されてきた本物の「冬虫夏草」とは、中国やチベットの特定の地域で、「コウモリ蛾の幼虫」に寄生する
コルディセプス・シネンシス(Cordyceps Sinensis)のことです。

冬虫夏草の強さの実証

1993年の8月、ドイツのシュツットガルトで開催された世界陸上選手権で、馬俊任コーチの率いる中国選手たちが、
世界の強豪を相手に、1500メートルで金メダル、3000メートルでは、金銀銅とメダルを独占、1万メートルでも金銀、2個のメダルを獲得しました。
次いで、9月に開かれた第7回中国全国体育大会(国体)では、王 軍霞(おう ぐんか、英: Wang Junxia、1973年1月19日 - )選手が、1万メートルで、
それまでの世界記録を42秒も縮めた大記録で優勝するなど、中国選手全員で11個もの金メダル、世界新記録を出したのです。
また、同じ年の、スペインのサン・セバスチャンで開かれた第5回ワールドカップ大会のマラソン競技では、トップから4位までを中国女子選手が独占しました。
当時中国の陸上選手たちは、世界的には無名の存在でしたが、大変な話題になり、中国馬軍団(まぐんだん)として突然、超有名になりました。
さらに、中国選手たちの強さの秘密は、特製の漢方薬、漢方スタミナドリンクにあるらしいことが、全世界に報道されたのです。
そして、そのドリンクの中の、中心となる漢方薬が、高貴薬「冬虫夏草」だったのです。それまで一般には、あまり知られていなかった「冬虫夏草」も、
中国馬軍団(まぐんだん)という呼び名とともに、一躍有名になったのです。 冬虫夏草には、「奇跡のホルモン」、「驚異の脳内物質」 と呼ばれる
メラトニンが、有意な濃度で含まれていることが分かっています。 近年、このメラトニンが不足すると、老化のスピードが速まる(短命になる)
という説が有力になっています。

大山漢方堂薬局の天然冬虫夏草原体〈姿)

こうして知られるようになった「冬虫夏草」ですが、入手するのは簡単なことではありません。
冬虫夏草は、群生するものではないので大量に採取することは大変困難になります。
世界の特定の地域で、特定の時期にだけ採ることができる貴重なキノコなのです。
ですから、類似品やにせものも多いと言われています。
小麦粉を冬虫夏草の形に固めて色を付けたものさえあると言われるほどです。
大山漢方堂薬局の天然冬虫夏草原体〈姿)は、中国の四川省、青海雲地域から調達した、
真正の「冬虫夏草」を、熟練した専門の鑑別員が選別を行い、異物、カビ、虫食い等の規格外のものを除外した、
本物の「冬虫夏草」になっています。 最高級の高価な薬膳料理にも使われる物で、
煎じた後に、冬虫夏草原体〈姿)、そのものを全部食べられます。

大山漢方堂薬局 岡山大学医学博士 徳島大学薬学修士 大山博行先生 トピックス
①ブラジルの全国ネットテレビ局、  * ブラジル RECORD TV さんの漢方薬「冬虫夏草」のドキュメンタリー映画の中で、大山博行先生が、ご紹介されました。
大山博行先生は、大山宗伯東洋医学記念館資料室、大山漢方堂薬局調剤室にて、冬虫夏草の薬効と成分、効能・効果、服用方法等を、解説しています。
(それと、徳島大学薬学部大学院時代の恩師、藤多哲朗先生の冬虫夏草からフィンゴリモドの創薬研究の話も、少しだけ、ご紹介しています。)
* ブラジルRecordTV とは、Record TV はブラジルで最も早く設立された民放テレビ局で、ブラジル全土をカバーする国内2大チャンネルの一つ。
ブラジルでは、サンパウロなどを中心に4700万人以上に視聴されています。


資料提供: 大山宗伯東洋医学記念館 大山漢方堂薬局

   

付録)

大山漢方堂薬局 附属 大山宗伯東洋医学記念館 Gallery 臥龍廊 (東洋医学の歴史資料館)



大山漢方堂薬局 附属 大山宗伯東洋医学記念館 Gallery 臥龍廊 (東洋医学の歴史資料館)



大山漢方堂薬局 附属 大山宗伯東洋医学記念館(新館) 東洋医学の歴史資料室



大山漢方堂薬局 附属 大山宗伯東洋医学記念館(新館) 東洋医学の歴史資料室)

大山漢方堂薬局 所蔵
大山宗伯東洋医学記念館 展示品
漢方医の薬箱(江戸時代の往診用薬箱)

 

( 写真をクリックすると、詳細が見られます。)

 

( 写真をクリックすると、詳細が見られます。)

 

大山漢方堂薬局 所蔵
大山宗伯東洋医学記念館 展示品
漢方医の薬箱(江戸時代の往診用薬箱)



特集③ 大山漢方堂薬局 漢方高貴薬 「冬虫夏草(とうちゅうかそう)」 の解説

冬中夏草とは、
昆虫やクモ、一部菌類に寄生するキノコの総称である。
冬に宿主に寄生し、その栄養を吸収して宿主を枯死させ、夏に虫体の頭部から棒状の子実体(キノコ)を生じることからその名が付けられた。
世界中に約350種、日本でも250種(日本特産150種)ほど確認されているが、全てに薬効がある訳ではなく、
生薬として珍重されている“冬虫夏草”は、日本では産出されない。
主な産地は中国の四川、雲南、青海、チベットなど3000m級の山が連なる高原地帯である。
冬中夏草は、大陸奥地で産出される特殊な生薬のため世の中に広まらず、本草書への初記載は18世紀とかなり遅く、
1757年に出版された『本草従新』が原典である。
世界的に注目されるきっかけとなったのは、1993年にドイツで開催された世界陸上選手権において、
それまで無名だった中国の女子選手達(馬軍団と呼ばれている)が次々に世界新記録と出す驚異的な活躍をしたことである。
その時、馬俊二コーチ率いる「馬軍団」のスタミナ食に冬中夏草が使われていたことが報じられ、世界中で脚光を浴びるようになった。
中国では『天地自然が万物を産み、陰陽二気の消長がこれを育てる』とする易の陰陽思想に基づき、
冬中夏草は夏に植物(陰)となって実を結び、冬は再び虫(陽)と化して輾轉循環すると信じられ、
不老長寿、滋養強壮の秘薬として特に珍重されてきた。
現在も、滋養強壮、鎮静、鎮咳薬として、病後の虚弱、インポテンツ、肺結核などに用いられる。
さらに、近年の研究では抗腫瘍性が認められ、各種の癌に有効であることが分かってきた。

基原:
子嚢菌亜門、バッカクキン科(Clavicipitaceae),ノムシタケ属のフユムシナツクサタケCordycepssinensis(BERK.)SACC.が、
鱗翅類、特にコウモリガ科(Hepialidae)のコウモリガHepialusarmoricanus OBER.の幼虫に寄生して生じた子実体を虫体と共に乾燥したもの。
子実体は黒色で太く、虫体は蚕に似て表面は明るい黄色で内部は純白色、豊満で充実しているものが良品であり、
虫体が黒色のものや、砕けたものは劣品である。
市場品はかつてその大きさにより虫草王、散虫草、把虫草の3種に選別されていた。
虫草王は大型のもの。散虫草は虫草王以外のもの、或は未選別のもの。
把虫草は、子実体が細く虫体が小型のもので、通常6~8条をひもで結び、
これを重ねて140~200gの方形の固まりに束ねたものである。
我が国に輸入される冬虫夏草はこの把虫草である。



生態:
冬虫夏草の宿主であるコウモリガは、土中で高山植物の珠芽蓼(Polygonum viviparum L.)の根茎を食べて成長し、4年以上かけて成虫になる。
秋に冬虫夏草の胞子は第3~4齢の幼虫に寄生し、体内の成分を栄養源として菌糸を成長させる。
幼虫の体内には菌糸が充満していくが、体表面は変化がないため、一見生きているようにも見える。
冬になると硬化した幼虫の頭部から菌糸体が伸び出して子実体を形成し、地表に向かって成長する。
春に地表から4cm程のこん棒状の子実体1本、まれに2~3本形成し、
先端に子嚢果を作って48日後に胞子が熟成し、それと同時に子実体が萎縮し、虫体は腐る。
生薬の冬虫夏草を作るための収穫時期は、虫体が一番充実している5月下旬~6月上旬にかけてである。

薬能:
1. 性味=味は甘、性は温。
2. 薬効と主治=肺,腎を補い、虚損を補う、精気を益す、止咳し痰を化す効能がある。
  痰飲と喘嗽、虚喘、癆嗽(結核性咳嗽)、喀血、自汗、盗汗、陽痿(陰痿)、遺精、腰膝痛、病後の虚弱を治す。

冬虫夏草に関する古典の記述
《本草従新》
肺を保ち腎を益す、止血し痰を化す労嗽を治す。
《現代実用中薬》
肺結核と老衰による慢性咳嗽及び喘息発作、吐血、盗汗、自汗に適する。
また貧血虚弱、陰萎、老人の悪寒、鼻汁や涙の多出などの証にも用いる。
《雲南中草薬》
肺を補う、腎陽を壮健にする。痰飲と喘嗽を治す。

成分:
主成分として、cordycepic acid (D-mannitol),cordycepin(3´-deoxyadenosine)が含まれる。
cordycepic acidは冬虫夏草の主成分として単離されたためcordycepic acid(虫草酸)と名付けられたが、
後にキナ酸の異性体であるD-mannitolであることが分かった。
D-mannitolは古くから浸透圧性利尿薬として利用されており、
冠動脈に直接作用して拡張させる働きもあるため、現在は高血圧症に用いられている。
また、中国で虫草素と呼ばれているcordycepinは1950年にCordyceps militaris(蛹草)から単離され、
後に冬虫夏草にも含まれることが分かった。
この化合物は核酸系化合物の抗生物質3´-deoxyadenosineであり、冬虫夏草の抗菌・抗癌成分である。
その作用機序はDNA,RNA合成阻害作用といわれている。
一般分析値は、水分10.8%、脂肪8.4%(飽和脂肪酸13.0%、不飽和脂肪酸82.2%)
粗蛋白25.3%、粗繊維18.5%、炭水化物28.9%、灰分4.1%である。
その他、ステロール(ergosterol,cholesterol,sitosterolなど)、多糖類、ビタミンB12などを含む。



薬理:
1. 呼吸器系に対する作用
冬虫夏草のアルコール抽出エキスは0.1ppm以下の濃度でもin vitroで結核菌に対し顕著な抗菌作用を示した。
抗菌成分であるcordycepinは、結核菌だけでなく連鎖球菌、ブドウ球菌、炭疽菌、皮膚真菌などに対しても強い抑制作用を有する。
水抽出エキスはモルモットの摘出気管支に対し、明らかな拡張作用を示した。
副腎皮質ホルモンであるアドレナリンの分泌を増加し、その気管支拡張作用を増強する。

2. 循環器系に対する作用
カエルの摘出及び生体内の心臓、ウサギの摘出心臓に対して抑制作用があり、拍動を緩やかにする。
また、麻酔下にイヌに静注すると顕著な血圧降下が見られる。

3. 血液に対する作用
中国の馬軍団が毎日の猛練習に耐え、世界大会で優勝できたのは、スポーツ性貧血がなかったためと言われているが、
これは冬虫夏草の赤血球増加作用やSOD活性による疲労回復・老化防止作用、
解糖経路におけるエネルギー(ATP)産生能亢進作用などが総合的に関与した結果と考えられている。
他に、血小板凝集抑制作用による高脂血症や動脈硬化の改善・予防が報告されている。

4. 免疫系に対する作用
冬虫夏草エキスはヒトのナチュラルキラー(NK)細胞に対して活性増強作用を示した。
その中で、活動期の白血病患者のNK細胞に対してはその活性を増強するが、
寛解期においては抑制することが報告されている。
これは、冬虫夏草が生体の免疫能力のバランスに合わせて作用するためと考えられており、
免疫の正常化すなわち賦活する働きがある。
その活性成分として、分子量41,000,40,000, 32,000, 16,000の多糖体が報告された。

5. 消化器系に対する作用
慢性肝炎から肝硬変に移行すると腹水がたまりやすくなるが、
冬虫夏草の人工培養菌糸体により17例中12例の腹水が消失、5例が  減少し、肝機能が改善したとの報告がある。
また、冬虫夏草は肝臓の繊維化を抑制する。
この作用機序は、冬虫夏草が肝臓中のコラゲナーゼ活性を高め、
繊維を溶解してヒドロキシプロリンとし、尿中に排泄するためと考えられる。
臨床では、肝炎や肝硬変において、西洋医学的治療を施しても改善が思わしくない患者に
冬虫夏草を小柴胡湯と共に併用したところ、1ヵ月で食欲不振、倦怠感、嘔気などの自覚症状が改善し、
ビリルビン、LDH,GOT,GPTがやや減少したと報告されている。

6. 泌尿器系に対する作用
冬虫夏草は、腎臓の5/6を切除したCRF(慢性腎機能低下)ラットに対し、
BUNやクレアニチンの排泄促進、尿細管の保護、糸球体の圧力低下、細胞性免疫機能改善などの作用により
腎不全の進行を抑制し、死亡率を低下させた。
臨床においても、慢性腎炎の患者がステロイドを離脱でき、ステロイドなしで完治したとの報告がある。
アミノグリコシド系抗生物質による薬剤性腎障害を抑制・予防する。
虚血性腎機能低下に対し、腎皮質のミトコンドリアへのカルシウムイオン流入を減少させ、
エネルギーを生み出すATPaseの活性を保存することにより、腎機能を改善する。
腎機能は年齢と共に低下するが、冬虫夏草は老齢ラットの腎尿細管上皮細胞のDNA合成を促進する。

7. 代謝系に対する作用
インシュリン分泌低下状態において、その分泌を促進し血糖値を下げる働きがある。
また薬品処理した冬虫夏草の培養菌糸体エキスを糖尿病発症マウスに腹腔内投与すると、
3~6時間で血糖値を40%低下させたが、これは注射投与のため、
内服による冬虫夏草の血糖降下作用には直接結論付けられない。
しかし臨床では冬虫夏草の服用により糖尿病が克服できたとの報告がある。



応用
1. 使用法
 散剤として単味で直接服用するか、単味または他薬と共に水で煎じて服用する。
丸剤や散剤に混ぜるか、酒に漬け込んで服用しても良い。
また、料理の中に入れ、主にそのスープを飲んだり、料理したものを食べるという薬膳療法も有名である。

2. 薬剤例
①散剤:0.3~3gを乳鉢などで粉末として1日3回服用する。
②煎剤:
 A.冬虫夏草3~9gを水で煎じて1日2回服用する。
 B.(冬虫夏草湯)冬虫夏草12g、杏仁9g、貝母9g、麦門冬9g、白弓9g、百部12g、阿膠15gを水で煎じて服用する。
咳嗽が強いときは蛤かい末3gを、喀血のひどいときは田七末3gを沖服する。
③丸剤:冬虫夏草9g、白弓9g、貝母9g、沙参6g、百部6gの粉末を密で練って、1個9gの丸剤としたものを、1日2回1粒ずつ服用する。
④薬酒:冬虫夏草20gをホワイトリカー1リットルに2週間漬け込んだものを1日盃1~2杯程度に服用する。
 酒に漬かった冬虫夏草を食べても良い。

3. 臨床応用
◆疲労や病後の虚弱で、食欲不振、自汗、貧血などの症状があるときに、
②Aや④を服用する。また、鴨肉や鶏肉、豚肉と共に蒸して食べても良い。
◆インポテンツや遺精などの腎陽虚の症状に、
②Aを服用する。
杜仲、淫羊角、肉従蓉あるいは枸杞子、山茱萸、山薬などを配合したり、
海狗腎やアワビ、スッポンと共に蒸して食べても良い。
◆肺結核や喘息など、肺陰虚による咳嗽、喀血、胸痛に、
杏仁、貝母、麦門冬、阿膠などを配合し、例えば②Bや③を用いる。
側柏葉、人参葉、玄参などと共に水で煎じて服用しても良い。
◆腰や膝の痛みには、④を服用する。
◆その他、腎疾患、肝疾患、糖尿病、各種癌などに用いられる。

4.使用上の注意
◎風邪をひいて熱や悪寒があるときや、咳が激しく治らないときは服用を控える。
◎肺熱による喀血には使用しない。

《主な参考文献》
久保道徳;冬虫夏草、保育社(1996)
難波恒雄;和漢薬図鑑〔Ⅱ〕、保育社(1994)
中薬大辞典第三巻、小学館(1985)
漢薬の臨床応用、医歯薬出版(1979)
原色牧野和漢薬大圖鑑、北陸館(1988)
家庭薬新聞、第2351号(1997.8.28)




大山漢方堂薬局、大山鍼灸院、大山宗伯東洋医学記念館鍼灸治療室
〒327-0026 栃木県佐野市金屋仲町2432 / TEL: 0283-22-1574
E-mail to ohyama@poem.ocn.ne.jp



追記)

「冬虫夏草の薬効と成分」 京都大学名誉教授 藤多哲朗先生の研究 本文のまとめ

冬虫夏草は、その薬物の名称から地球上の生物や季節など凡ての精気を含んでいるような気がする。
冬虫夏草がブームになった理由は、最初、1993年、中国・馬軍団の女子陸上運動選手が、多くの金メダルを獲得し、記録を更新したことによる。
その強さの秘訣は「スッポン、狗肉、冬虫夏草」入りのドリンクであると伝えられた。これら3品は、いずれも中薬辞典に記載されている薬物である。
第二のブームは、冬虫夏草の人口培養による生産が可能となって、健康食品として市場の出たためと思う。
ここでは、薬用のいわゆる「冬虫夏草と昆虫に寄生する菌類の成分と薬効」さらに現在、私たちが研究している
「冬虫夏草類縁菌からの新規免疫抑制剤への開発」について述べる。

1)冬虫夏草
現在、日本で一般的に冬虫夏草と総称されているものは、昆虫と寄生菌の子実体の合体したものである。
古来より中国では、菌がセミの幼虫に寄生して生じた「蝉花」が小児の夜泣きなどに使用されてきた。
中国では冬虫夏草は虫草、冬虫草とも呼ばれ、菌学者の小林義雄博士は混乱を避けるために、
薬用の冬虫夏草に心ならずも支那冬虫夏草の名称を使用している。

1・1)冬虫夏草の生態

薬用の冬虫夏草は、冬虫夏草菌(フユムシナツクサタケ)がコウモリガ科の幼虫に寄生したものである。
虫体は第三令のカイコのような形をしているが、体内は菌糸で満たされている。
その幼虫はタデ科の植物、珠芽蓼の地下茎を食し、この植物が自生していないと幼虫が生育できないという共生関係が成り立っている。
そのタデ科の植物は日本のイブキトラノオと近縁植物である。
冬虫夏草は四川、青海、貴州、雲南、甘粛、チベット、さらに中国の北方やネパールでも産する。
ネパールでは王侯の秘薬として珍重、保護されている。産地が中国奥地の標高4,000メートルの高地であるため、
中国においても知られたのは清時代で、ヨーロッパに紹介されたのは1726年、日本には1728年であった。

1・2)冬虫夏草と陰陽五行説
冬虫夏草の「冬」は飲、「虫」は陽、「夏」は陽、「草」は陰である。
中国清時代の呉儀洛(1757年)は『本草従新』で冬虫夏草について「甘平保肺。益腎止血。
化痰已労嗽。」と記している。その意は「味は甘であるから平であり、肺を保ち腎を益し、血を止める。痰を化し、労咳を癒す」と解釈できるとされている。
陰陽五行説に不詳の私にも、冬虫夏草の薬効説明は興味深い。五行説によると、病気は「木」の「肝」から始まり、「心」、「脾」、「肺」を経て「腎」に至る。
五味の「甘」に属する冬虫夏草は、五材の「土」に属し、五臓の「脾」に入り、まず「脾」の病を治療する。
ついで、「肺」を保護し、更にその次の「腎」を益するように働く。「平」の薬は、病で発熱している時(陽)、冷えて衰弱している時(陰)どちらにも使えることを示している。
この時代、中国で考えている「脾」と現代医学の「脾臓」が同一のものかは不明であるが、脾臓は免疫を担当する重要な臓器である。

1・3)冬虫夏草の薬効・生理作用
薬用冬虫夏草の化学成分と薬効・生理作用との間の科学的な研究は緒についたところである。
注目される生理作用は、腫瘍細胞の成長阻害、免疫機能異常の改善、腎機能の早期回復、マウスの毛の再生作用、運動機能向上作用、血糖降下作用等である。
これらの生理作用は、冬虫夏草菌類が純粋人工培養されるようになって明らかにされたものが多い。
冬虫夏草そのものの研究は、1919年に薬理学的研究として平滑筋に対する作用が最初に報告された。
中薬辞典には、結核菌に対する抗菌作用が記されている。
最近、水抽出エキスがエールリッヒ腹水癌や繊維肉腫細胞移植マウスに延命効果をもたらし、マウスの免疫担当細胞による腫瘍細胞静止活性を増強させることが報告されている。
しかし、これらの研究では、生理活性と冬虫夏草の含有成分との関係は明確でなかった。
Chenらは、冬虫夏草そのものの多糖分画がヒト白血病細胞の成長と分化の阻害を、木方は培養菌糸体から抽出精製された多糖に顕著な血糖低下作用を報告している。
Wangらは培養菌糸体の水可溶性分画をラット由来の培養副腎皮質細胞に適用し、コルチコステロン産生の増強を認めた。
また、食品への利用として、竹友らは冬虫夏草培養菌糸体エキスの大量製造法を確立した。そのエキスを薬理学的に検討した結果、古来より伝承されている効能を認めた。
すなわち、心肺機能の増強、血流量の増加および糖代謝亢進作用である。
そのエキスの主成分は、タンパク質、糖質で、その他ミネラル等を含んでいるので、運動機能の向上や成人病予防を目指す食品への利用を考えている。

1・4)冬虫夏草類縁菌の代謝産物・生理作用
薬用冬虫夏草のほかにも種々の昆虫に寄生する菌類が知られている。
これらの菌の多くは、冬虫夏草と同属の完全時代のコルジセプス属、あるいはその不完全菌時代のイサリア属に属している。
それらの生理活性代謝産物としては、C.militarisの抗菌物質コルジセピン、C.ophioglossoidesの抗菌物質オフィオコルジン、I,felinaのイサリインがよく知られている。
古谷らは数種のコルジセプス及びイサリア属の人工培養菌糸体抽出物について、モルモットの摘出心臓に対する負の変力作用及びカルシウムイオン流入拮抗作用を検討した。
その結果、主要活性物質はアデノシン誘導体(HEA)であり、アデノシンも活性に関与している可能性を示唆した。
生本らも古谷らの方法にしたがって市販冬虫夏草や同属菌糸体について検討したところ、C.militarisとI.felinaに冬虫夏草と同様の強い活性を認めた。
その他、最近、矢萩らは、日本産虫草、ハナサナギタケ I.japonicaの培養液が、不飽和脂肪酸の過酸化をもたらすフリーラジカルを捕捉することを示した。
学会で発表された報告では、矢萩らのハナサナギタケの免疫機能の増強、抗腫瘍活性ならびに成分研究に関する永年の研究がある。
また、金城らは、C.crassisporaの培養抽出物の薬理活性(心筋収縮力、血管弛緩、気管支弛緩、血糖降下、
抗ストレス、代謝機能調節、学習記憶)を調べ、脳分泌ホルモンであるメラトニンを単離・同定した。
近い将来、以上述べた冬虫夏草の生理作用と科学的成分との関連性が更に明らかにされ、医薬並びに機能性食品としての有用性が科学的に証明されるであろう。

2 )冬虫夏草類縁菌から免疫抑制剤の開発
最近、臓器移植法案が国会で認められ、その後数回の脳死臓器の移植が行われた。
生体あるいは脳死の臓器移植成功の鍵を握る薬は、移植後の拒絶反応を抑制する免疫抑制剤である。
移植手術の成功率の急激な上昇は、スイスの製薬会社サンド(現在ノルバティス)による免疫抑制剤シクロスポリン(ciclosporin=cyclosporin A:CsA)の発見に負うところが大きい。
さらに、日本の製薬会社・藤沢薬品が発見したタクロリムス(FK506)は、シクロスポリンよりも活性が高く、移植治療に多大の貢献をしている。
しかし、両者に賢毒性などの副作用が認められ、また、両者は類似した作用機構をもつので、作用機構の異なった副作用の少ない免疫抑制剤が求められている。
幸い、その要望に合いそうな化合物が冬虫夏草類縁菌の代謝産物から見つかった。
私達は、それを元にしてより安全性の高い物質に導くことができたので、その経過の概略を述べたい。

2.1)免疫抑制剤研究の発端
私たちの免疫抑制剤研究の発端は、椎茸の栽培に大きな被害を与えた菌類トリコデルマ属菌の椎茸菌成長阻害活性物質の研究であった。
このトリコデルマ属菌培養液から多種のペブチドが単離され、その一つにトリコスポリドと名付けたペブチドがあった。
このトリコスポリドは、冬虫夏草の属する昆虫寄生菌から分離されているイサリインと化学構造が類似し、両者は環状構造をもつシクロデプシペプチドに属している。
他方、研究の初期、シクロスポリンを生産する菌の学名は、私たちが研究していたものと同一であった。
その後、菌分類学的検討から、シクロスポリン生産菌の学名は図3のように改名された。
そのようなことから私は免疫抑制に関心をもち、コルジセプスやイサリア属の昆虫寄生菌は、ひょっとすると昆虫の免疫様機能を低下させているかもしれない、
さらには脊椎動物に対する免疫抑制活性物資を生産しているかもしれないと考えた。
(本講演の後、発酵研究所・片桐 昭氏から、最近、シクロスポリン生産菌の完全世代がCordyceps subessilisであると同定されたことを教示された。謝意を表する。)
そこで、入手可能な昆虫寄生菌を集め検討したところ、ツクツクボウシに寄生する菌、すなわちツクツクボウシタケから免疫抑制活性を示すISP-I(化合物Ⅰ)が見つかった。
免疫抑制活性テストの方法は、マウスの同種混合リンパ球反応(MLR:Mouse Allogenieic Mixed Lymphocyte Reaction)を用いた。
この方法は移植の際の組織適合性の判定に用いられる。文献を調べると、化合物Ⅰに該当する物質は、
10年くらい前に二つの研究グループにより、抗カビ剤として他の菌(ミセリア属菌等)から分離されていた。
彼らは、それぞれ独立にミリオシン、テルモジモシジンという名前で1972年に報告していた。
しかしながら免疫抑制活性については、まったく報告されていなかった。

2・2)創薬の種子から先導化合物へ
自然界の生物は多種、多様な物質を生産する。
その各々は生命を維持するための役目があって働いていると考えられる。
人類は、それらの生理・薬理作用に着目し、天然物を生薬として病気の治療に利用してきた。
さらに、その有効成分は、医薬品創製の種子となり、あるいは合成医薬品の先導的役割を担う化合物となっているものが多数ある。
化合物Ⅰを薬にするためには、活性を上げると同時に毒性を抑えなければならない。
今、考えると、化合物Ⅰは種子的化合物であって、それから色々な作用をもつ先導化合物を創出できるように思う。
化合物Ⅰの構造と活性との相関性を調べるために、化合物Ⅰを原料として種々の誘導体の作成を計画した。
そのためには大量の化合物Ⅰを必要とするので、効率よく化合物Ⅰを生産するミセリア属菌を用いた。
化合物Ⅰの分離過程で、基本骨格は同一であるが置換基の異なる同族体マイセステリシン類A-Gが分離されてきた(表1)。
そこで、官能基と活性との関係の検討すると、化合物Ⅰ(ISP-I)の4位に水酸基(OH)がついているが、マイセステリシンDとEでは4位に水酸基がついていない。
しかし、それらの間には活性に大差はない。それゆえ、4位の水酸基は活性に影響を与えないであろう。
また、3位の水酸基の立体的な方向と活性との関係をみると、3位の水酸基は、化合物ⅠとDでは太い点線で下向き、Eは太い実線で上向きである。
これらの間にも、活性に大差はない。結局、3位の水酸基は方向が違っても活性に影響しないことを示し、さらに、3位の水酸基も不要かもしれない。
なお、有機化合物の立体構造の表示法として、標準線で表示した炭素原子を紙面に置いたとき、実線は紙面から上向き、点線は下向きを表している。
カルボキシル基(COOH)を一級アルコール(ヒドロキシメチル基CHOH)に還元すると、驚くべきことに、化合物Ⅰのアミノ酸部分のセリン構造が変化しても、
また、その不斉中心が消失しても元と活性があまり変わらない(表2 化合物3→化合物4)。
通常、不斉中心をもつ生理活性物質は、その一方のみが活性で他方は不活性か、あるいは異なった作用を示すことが多い。
後で判明したのであるが、この化学変化は免疫抑制の作用機構に質的な変化をもたらした。
前述の結果と考察から、免疫抑制活性に必要な置換基は、アミノ基(NH)、二個のヒドロキシメチル基と炭素鎖があればよいことになる。
これらの条件を満足する構造は構造式(6)で示され、それが先導化合物となった。
そこで、この(6)で示される化合物の炭素鎖の長さと細胞レベルのMLR活性と生体レベルのラット皮膚移植生着日数との関係を調べた。
MLR活性とラット皮膚移植生着日数は平行しており、免疫抑制活性が強く、毒性が低い化合物の炭素数は一四で、構造式は(6a)であった。
次に、この(6a)の脂肪族側鎖にベンゼン環を導入することを試みた。ベンゼン環の導入は分子の運動性が変わり、生体膜に入ったときに影響を及ぼす。
炭素鎖の長さは、一四に固定し、その間でこのベンゼン環を動かしてみた。ただし、ベンゼン環は、長さとして四個の炭素鎖長とみなした。
炭素数nがゼロは、ベンゼン環が官能基に直結した状態であり、一〇は、ベンゼン環が炭素鎖の末端にあることになる。
その結果、nが二の化合物(7)に最も強い活性が認められた。これを医薬品候補化合物としてとりあげ、FTY720(化合物Ⅱ)と名づけた。
(表1、2の注 同種混合リンパ球反応MLRとは、同種たとえばマウスAとBの脾臓細胞(リンパ球)を培養する。
この時、B細胞にはマイトマイシン処理をして増殖できないようにしておく。
AとB細胞を混合すると、A細胞はB細胞を非自己と認識し、同種細胞障害性T細胞を分化増殖を抑制する。
IC50値は増殖を五○パーセントに抑える薬物の濃度を示し、値が小さいほど活性が強い。)

2・3)免疫抑制活性発現の最小基本構造
化合物Ⅰ(ISP-I)と同じ炭素骨格をもつ(6b)について、活性を発現させる最小基本構造を調べた。
化合物(6b)からアミノ基を除いたものは不活性となるが、ヒドロキシメチル基(CH2OH)を一つ取り除いた化合物(8)にまだ活性が残っていた。
構造式(8)から、さらにヒドロキシメチル基を除くと不活性となる。そこで、活性発現の最小基本構造は、(8)のような構造をもつアミノアルコールと推定される。
ここで再びアミノ基のついた炭素に不斉中心がまた現れてくる。側鎖の長さと活性の強さを調べると、前述の(6a)と同様に最適炭素数は一四の化合物(9)であった。
化合物(9)の立体異性体R-9とS-9の活性を比較するとR-9の方が高い。
それゆえ、立体構造を含めた免疫抑制活性発現の最小基本構造は、2-R-アミノアルコールとなる。
このアミノ基の配置は、生体内に通常存在する高級アミノアルコールであるスフィンゴシンのそれと同じであり、全構造も類似している(図5)。
そこで、化合物Ⅰも化合物Ⅱもスフィンゴシンと密接に関係があることが予想される。

2・4)スフィンゴシンと化合物Ⅰ(ISP-I)ならびにその関連化合物との関係
化学構成から考えると、化合物Ⅰならびにその関連化合物はスフィンゴシンと密接な関係をもっている。
スフィンゴシン誘導体は生体膜に存在し、脳や神経細胞の細胞膜の構成成分として重要である。
スフィンゴシンはアミノ酸のセリンと脂肪酸誘導体のパルミトイルCOAから生合成される。
その最初の段階を蝕媒するセリンーパルミトイルトランスフェラーゼの作用を、カルボキシル基がヒドロキシメチル基に変化した免疫抑制活性化合物は、この段階を阻害しない。
それゆえ、それらの化合物は、スフィンゴシンあるいは代謝過程のそれより下流の物質が、
同種細胞傷害性T細胞を増殖させるために出す何らかの情報伝達を阻害しているのではないか、と考えられる。
「化学構造が変わると作用点も変化する」という興味ある知見が得られた(図6)。
免疫科学的に、免疫抑制剤がどのポイントを抑えているか、専門ではないが説明すると(図7)、
いまドナーからの臓器(同種移植細胞)が来ると抗原提示細胞が、その特徴を抑え、それが異物であることを認識しヘルパーT細胞にその情報を伝える。
ヘルパーT細胞はインターロイキン‐2(IL‐2)を生産・放出して、「ドナーから来た細胞を攻撃せよ」と同種細胞傷害性T細胞を増殖させ、攻撃を始める。
このようにインターロイキン‐2が情報伝達物質になっている。シクロスポリンやタクロリムスはヘルパーT細胞からのインターロイキン‐2生合成を抑えている。
一方、化合物Ⅰや化合物Ⅱは、その部分は抑えない。その先の、インターロイキン‐2の情報を受け取り同種細胞傷害性T細胞の増殖に至る過程を阻害している。
その上、化合物ⅡはT細胞による攻撃を抑えているような現象がでている。

2・5)他剤との併用効果
通信に例えれば、シクロスポリンやタクロリムスは発信側を抑え、化合物Ⅰや化合物Ⅱが受信側を抑えることになる。
そのように作用点が異なる両者を同時に用いると、通信阻害作用が効果的に働くことは当然予想される。
医学的には、医薬品の併用による相乗効果が期待され、同じ治療効果を表すために、薬用量を下げ副作用を減少させることができるならば、患者にとって大きな利益となる。
吉富製薬株式会社研究所の千葉健治博士らは、図8のようなラットの同種移植モデルにおける化合物Ⅱ(FTY720)とシクロスポリンとの併用による相乗効果を証明している。
また、タクロリムスとの併用効果も同様に観察した。 では、化合物Ⅱの作用機構がどこまで分かっているか?
同博士らは、化合物Ⅱの投与によって抹消血のT細胞(CD3+Tcell)の数が急速に低下することを認めた。
同博士らは図9のようなリンパ球のホーミング(homing:鳩などが巣に帰る)を考え、立証している。
化合物Ⅱは、リンパ球ホーミング作用にypって、循環しているリンパ球の数を減少させ、移植片への攻撃、すなわち拒絶反応を阻害していると考えている。
冬虫夏草の類縁であるツクツクボウシタケから薬効として免疫抑制作用をもつ化合物Ⅰ(ISP‐I)を見出し、
さらに、副作用の少ない臨床適用の可能性を持つ化合物Ⅱ(FTY720)に到達することができた。
(本研究は、京都大学薬学部薬用植物化学講座、台糖株式会社研究所、吉富製薬株式会社研究所の共同研究である。
ご協力賜った方々に深甚なる謝意を表します。)

終わりに
この杏雨書屋には歴史的に価値のある医学・薬学の貴重な文献が保存されている。
宮下三郎先生の話を拝聴して、自分たちが新規な研究を行っている気持ちでも、
古人は、その時代の科学の概念で、冬虫夏草の薬効について示唆しているような気がする。
古人が示唆した冬虫夏草の薬効のすべては、解明されていないが「温故知新」の心を大事にして研究すれば、
人類の健康・医療に貢献する新知見(杏雨)が、さらに得られるものと思う。




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最終更新日は、2024年(令和6年)10月7日(月曜日)です。Last Modification Time. Monday,October 7.2024.