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介護のための
漢方薬がわかる本

お年寄り介護の「困った」対策をお手伝いします。


巻頭言
超高齢化社会で求められる「あたたかい介護」
 日本では現在、世界に類をみない速さで超高齢化が進んでいます。これは、介護を必要とする人口が爆発的に増えていることでもあります。厚生労働省の統計では寝たきり・認知症・虚弱などの要介護高齢者は2010年で500万人を超え、そのうち半数以上が要介護3以上であることがわかっています。
 人間は加齢とともにさまざまな機能が低下していきます。体力は衰え、認知機能も低下し、また、多くの疾患を抱えるようになります。しかし我々はこれらの問題を伴いながらも、生活の質を維持し、最後の瞬間まで自分らしい納得のいく人生を送ることを望み、それを実践する権利を持っています。こうした「生活の質」「自分らしい生き方」が重視される社会では、食事や入浴など日常生活の一部を技術的に支援するだけでなく、お年寄りの生活を空間的にも時間的にもトータルにとらえ、その価値観に寄り添って支援する「あたたかい介護」がこれまで以上に求められるようになっています。

「ひとりの人間として、その人らしく」介護と漢方に共通する理念
 近年、認知症やがん緩和ケアなどの現場でも漢方薬が広く使われるようになっています。もちろん、漢方薬で認知症やがんそのものが改善することはありません。しかし、周辺の症状で本人や周囲の人々を悩ませる諸問題の解決に漢方薬が役立つことが、経験的にも科学的にも認められてきているのです。
 漢方は、その人をひとりの人間としてとらえ、心身に起こる以上は生命活動の調和の乱れによると考えます。乱れた調和を正すために、不足しているものは補い、過剰になっているものは抑えて、本来の生命活動の秩序を維持するのが漢方治療の理念です。目の前にいる人をひとりの人間として包括的にとらえ、尊重し、単に症状を抑えだけでなく、その人らしい生活を送るためのお手伝いをするという点において、介護と漢方はよく似た理念を持っているのです。これも介護と漢方の相性のよさを説明するものといえるでしょう。

現場で役立つ漢方薬情報を
 この冊子は、主にお年寄りに使われている漢方薬について、実践的な情報提供を目的に作られています。現場でよく見る番号はどのような漢方薬なのか、なぜこの漢方薬が出されているのか、さらには、服用方法や副作用など、介護の現場で役立つ情報をできるだけ具体的に紹介しています。この冊子が皆さまの目ざす「あたたかい介護」実現のお役に立つことができれば幸いです。

目次

Tお年寄り介護の現場で出会う「困った」症状にこんな漢方薬が使われています

 全身状態の底上げ 疲れやすい・だるい
 心の状態1 イライラ、暴力・興奮、せん妄
 心の状態2 抑うつ、不安
 眠りの問題 不眠・夜間の覚醒
 咽喉の問題 口内炎/のどの炎症/しつこい咳
 「食べる」の問題1 嚥下困難
 「食べる」の問題2 しゃっくり
 「食べる」の問題3 吐き気・嘔吐
 「食べる」の問題4 食欲がない
 「排泄」の問題1 尿の出が悪い
 「排泄」の問題2 頻尿、尿失禁
 「排泄」の問題3 便秘
 「排泄」の問題4 術後のイレウスや腸管マヒ/下痢
 むくみ
 手足の感覚の問題1 しびれ、痛み、冷感
 手足の感覚の問題2 筋肉の痛み、こむら返り
 手足の感覚の問題3 膝・関節の痛み
 皮膚の問題 かゆい
 風邪 風邪をひいた/風邪をひかないために
 介護のお手伝いをする漢方薬早見表 認知症ケア、がん患者のケア

U 介護現場でよく出会う漢方薬を知ってみよう

 補中益気湯
 大建中湯
 芍薬甘草湯
 牛車腎気丸
 抑肝散
 釣籐散
 六君子湯
 麦門冬湯
 半夏瀉心湯
 麻黄附子細辛湯
 当帰飲子

V漢方薬の飲み方の工夫と副作用の知識

 飲み方の工夫
 副作用にいち早く気づくためのヒント

W よくある漢方薬の疑問・質問
 
 服用のタイミング、飲み忘れ、服用方法 Q1,Q2,Q3
 併用の注意点、服薬情報 Q4,Q5,Q6
 お年寄りの注意点、効果が現れるまでの期間、医療経済への影響Q7,Q8、Q9

T お年寄り介護の現場で出会う「困った」症状にこんな漢方薬が使われています

咽喉の問題 M半夏瀉心湯など
「食べる」の問題 O半夏厚朴湯
「排泄」の問題 107 牛車腎気丸など
風邪 127 麻黄附子細辛湯など
手足の感覚の問題 107 牛車腎気丸など
認知症ケア
全身状態の底上げ 補剤各種
眠りの問題 137 加味帰脾湯など
心の状態 54 抑肝散など
むくみ P 五苓散など
かゆい 86 当帰飲子など
がん患者のケア

本人や周囲に負担をかける、「こういう症状が出たら困るな」の中で、特に漢方薬がお手伝いすやすいものを選びました。

全身状態の底上げ  疲れやすい・だるい

41 補中益気湯 なんとなく元気がない、気力や生命力が低下している、といった人の全身状態の底上げに使われる代表的な漢方薬です。
   ここに注意! 甘草、当帰を含んでいます。
48 十全大補湯 41補中益気湯で効果がない場合、気力だけでなく体力の低下も目立ってきた人に。
   ここに注意! 甘草、当帰、桂皮を含んでいます。
108 人参栄養湯 体力消耗が目立ち、横になっている時間が多い、少し動いただけで息切れがする、咳や痰の呼吸器症状がある、という人に。

全身状態の底上げには補剤を
 ここに挙げた3つの漢方薬は代表的な補剤です。補剤とは、低下した気力や体力を補う漢方薬の総称です。元気がない、全体的に生命力が低下した感じがする高齢者、体力消耗が著しい慢性疾患や術後の患者さんなどに対して、低下した心身の状態を底上げすることを目的に処方します。補剤には免疫力回復の作用も期待されます。気力・体力が上昇すると、全身倦怠感や抑うつ気分が改善するだけでなく、食欲不振やしびれや痛み、不眠、頻尿などの諸症状までも改善することがあります。

心の状態1 イライラ、暴力・興奮、せん妄

54 抑肝散 興奮してイライラが強く、夜も眠れないような人に。認知症の周辺症状、がん末期のせん妄にも使われます。
   ここに注意! 甘草、当帰を含んでいます。

15 黄連解毒湯 比較的体力がある人で、のぼせ気味でイライラのある場合に。
   ここに注意!黄ごん、山梔子を含んでいます。 苦いので服用の工夫を

47 釣籐散 イライラ・興奮などに加え、緊張が強く、めまいや慢性的な頭痛のあるような場合に。
   ここに注意!甘草を含んでいます。


●傾眠の心配がない漢方薬
 認知症の周辺症状に使われることが多い抗精神病薬は過鎮静による日中の傾眠がしばしば問題になりますが、抑肝散などの漢方薬にはこうした副作用がほとんどありません。
※認知症の周辺症状
 認知症に伴って生じる、徘徊、攻撃行動、不潔行為、幻覚、妄想などの行動や心理症状のことを指します。英語の頭文字をとって「BPSD」とも呼ばれます。

心の状態2 抑うつ、不安
54 抑肝散 不安で胸がいっぱいになり落ち着かない胸が熱く感じるような時に。
41 補中益気湯 がん患者の気力低下に処方して、治療にとりくむ気力を維持し、免疫力アップをはかる、という使い方もあります。
12 柴胡加竜骨牡蛎湯 発作的に不安が強まり、焦りを感じたり動悸を訴えたりする場合に。
   ここに注意! 黄ごん、桂皮を含んでいます。

●その他の処方
 体力のない高齢者やがん末期の抑うつや不安には、香蘇散(コウソサン)や半夏厚朴湯(ハンゲコウボクトウ)なども使われます。

漢方メモ1
 介護は、相手の生活スタイルから人生観までをトータルに受け止めて、その人に寄り添う姿勢が求められます。漢方医学もまた、ひとりひとりの心身の状態に合わせて治療法を考えます。介護も漢方医学も、その人にピッタリのサービスを提供する、最上の「オーダーメイド」なのです。

眠りの問題 不眠・夜間の覚醒

137 加味帰脾湯 体力がおち、顔色が悪いような人で、眠りが浅く不安を訴えるような人に。
    ここに注意!甘草、当帰を含んでいます

54 抑肝散 気が高ぶって眠れない、一度目覚めると寝つけないときなどに。頓服で用いられることもあります。

103 酸棗仁湯 疲れきって眠れないような人に。

●その他の処方
 この他、心を落ち着かせる柴胡を含む漢方薬(柴胡剤)も熟眠感を増す作用が期待されます。不眠に使われる柴胡剤には、柴胡桂皮乾姜湯(サイコケイシカンキョウトウ)、大柴胡湯(ダイサイコトウ)などがあります。

漢方薬は日中の傾眠や健忘の心配がないのがうれしいわ!

咽喉の問題 口内炎/のどの炎症/しつこい咳

14 半夏瀉心湯 口内炎には第一に選択すべき漢方薬。溶かした薬液を口に含んでゆっくり服用します。
   ここに注意! 甘草、黄ごんを含んでいます

138 桔梗湯 咽喉部の痛みや炎症に。溶かした薬液でのどをすすぐようにしながら服用します。冷やして服用してもいいでしょう。
    ここに注意! 甘草を含んでいます 桔梗は多飲で悪心をおこすことがあります。

29 麦門冬湯 感染症による咳ではなく、乾いた痰のない咳が長引き、顔が赤くなるほど咳きこむようなときに。
   ここに注意! 甘草を含んでいます

ほとんどの漢方薬エキス製剤はお湯で溶かして暖かいまま飲むのに適しているけれど、桔梗湯のように冷やした方がいい漢方薬もあるんだね!

黄連解毒湯(オウレンゲドクトウ)も、エキス剤を溶かして服用する場合には冷まして飲むといいよ。

「食べる」の問題1 嚥下困難

16 半夏厚朴湯 のどの違和感があって「のどになにかいる」という訴えがある場合に用いられます。のどが狭い、食道が狭い、何となく息苦しくてものが飲み込めない、というときに。

116 茯苓飲合半夏厚朴湯 のどの違和感など、上記の症状に加えて、吐き気や胸やけなど消化器症状を伴う場合に。

食べ物を食べやすい大きさに揃える、とろみを加える、などの介護の工夫が、漢方薬でいっそう効果的になるといいな。

●その他の処方
 のどの渇きが強く飲み込めない時には白虎加人参湯(ビャッコカニンジントウ)、乾いた咳が多く出る時は麦門冬湯(バクモンドウトウ)も用います。

漢方メモ2
 オーダーメイドで治療法を決める漢方医学では、元々の体質を重視します。基本的な体質は「虚証」と「実証」に分けられます。「虚証」は筋肉が少なくどちらかというと弱々しいタイプ。「実証」は筋肉質でがっちりしているタイプです。同じ症状でもタイプによって使う漢方薬が違ってきます。介護を受けるお年寄りにはどちらかというと「虚証」が多いので、虚証向きの漢方薬が用いられることが多くなります。


「食べる」の問題2  しゃっくり

31 呉茱萸湯 体力が低下して、手足が冷えている人に。高齢者や術後患者、がん治療中の方にも使いやすい漢方薬です。冷えによって憎悪する慢性頭痛などにも。
   ここに注意! 苦いので、服用の工夫を

68 芍薬甘草湯 筋肉のけいれんへの作用が知られる漢方薬で、しゃっくりにも使われます。即効性が期待できるので頓服で。
   ここに注意! 甘草を含んでいます

14 半夏瀉心湯 消化器症状全般に幅広い作用が知られる漢方薬で、しゃっくりにも使われます。
 ここに注意! 甘草、黄ごんを含んでいます

●西洋薬には特効薬がないしゃっくり
 しゃっくりは抗がん薬の副作用や手術の影響でも発症します。漢方薬には西洋医学では特効薬がないこれらの症状に対処できるものがあり、QOLの維持に役立てられています。

食事のたびにしゃっくりが起きると悩んでいる方を楽にしてあげられたらうれしいわ。


「食べる」の問題3  吐き気・嘔吐

17 五苓散 のどが乾いて、むくみ、めまいを伴い、胃に水がたまってチャプチャプする感じがある場合に。
   ここに注意! 桂皮を含んでいます

69 茯苓飲 高齢者や病後で体力が低下した人で、胸がつかえる、吐き気がする、酸っぱいものが上がってくる、水のようなものを吐く、といった症状に使われます。

43 六君子湯 食欲不振に対する作用が広く知られていますが、逆流や吐き気にも使われています。術後や抗がん薬治療に伴う悪心にも。
   ここに注意! 甘草を含んでいます

●抗がん薬の副作用対策としての漢方薬
 がん化学療法に伴う悪心・嘔吐に対して、制吐剤だけではQOLの維持が十分でない時に漢方薬が役立っています。


「食べる」の問題4  食欲がない

43 六君子湯 食欲不振に一番に使われます。高齢者や、手足が冷えやすい人に。
   ここに注意! 甘草を含んでいます

14 半夏瀉心湯 消化管全般の症状に処方される漢方薬ですが、特に胸がつかえたような感じがあって食欲が出ない場合に。
   ここに注意! 甘草、黄ごんを含んでいます

41 補中益気湯 疲れやすい人、病後や術後に。名前にある「中」は消化管消化管を意味します。きちんと食べて体力を補うというのが名前の由来です。
   ここに注意! 甘草、当帰を含んでいます

●食は気力・体力の元
 食欲不振に使われる漢方薬には、単に消化器症状を改善するだけでなく、気力・体力を回復させるものが多くあります。41補中益気湯(ホチュウエッキトウ)や43六君子湯(リックンシトウ)はそうした作用の代表的な漢方薬です。きちんと食べることが気力・体力維持には不可欠、ということですね。


「排泄」の問題1  尿の出が悪い

107 牛車腎気丸 お年寄りなどの下半身の諸症状に。尿の出が悪い時も、頻尿にも、どちらにも作用を持っています。
    ここに注意! 桂皮、附子を含んでいます。地黄を含んでいるので、時にムカムカを感じることも。

40 猪苓湯 利尿作用で知られる猪苓を含む漢方薬で、排尿障害や尿路不定愁訴にひろく使われます。

112 猪苓湯合四物湯 上記40猪苓湯の症状に加えて、皮膚が乾燥して貧血傾向で色つやが悪く、胃腸が弱い人にはこちらも使われます。

尿が出ないのは怖いので、漢方薬などを上手に使って改善したいね。


「排泄」の問題2  頻尿・尿失禁

107 牛車腎気丸 前立腺肥大、女性に多い過活動膀胱などによる頻尿・尿漏れ、夜間の頻尿、切迫した尿意の改善に幅広く使われます。
    ここに注意! 桂皮、附子を含んでいます。地黄を含んでいるので、時にムカムカを感じることも。

111 清心蓮子飲 弱々しく冷えのある人の、尿の出は悪いが尿意は頻繁にある、残尿感、下腹部の不快感といった尿路不定愁訴に。
    ここに注意! 甘草、黄ごんを含んでいます

●その他の処方
 慢性に経過した尿路感染症からくる症状には56五淋散(ゴリンサン)、イライラして怒りっぽい人には76竜胆瀉肝湯(リュウタンシャカントウ)なども使います。

漢方メモ 3
 漢方医学では、症状も「虚証」と「実証」に分けます。症状としての「虚証」は生命活動を支える要素が不足している状態で、「実証」は要素の循環が滞って部分的に過剰になっている状態です。不足しているところは補い、過剰になっているところは平らかにするのが漢方治療の基本的な考え方です。例えば、補剤は不足したものを補う漢方薬、54抑肝散は「気」の過剰を抑える漢方薬です。


「排泄」の問題3  便秘

126 麻子仁丸 どんな便秘にもまずこれを。高齢者にも使いやすい漢方薬です。

51 潤腸湯 体力が低下している人、高齢者の便秘に。水分の足りないところを潤す性質を持っています。
   ここに注意! 甘草、黄ごん、当帰を含んでいます

84 大黄甘草湯 便秘に幅広く使われている漢方薬です。大黄と甘草のふたつの生薬で構成されているので、即効性が期待できます。
   ここに注意! 甘草を含んでいます

100 大建中湯 腰痛を伴う便秘や、冷えがあり、ガスがたまって下腹がはっている便秘などに。腸の蠕動運動を活発にしたり硬い便を柔らかくする作用があります。

●認知症での下痢の難しさ
 効果的な下痢は西洋薬にもありますが、効きすぎて軟便や下痢になることがあり、結果的に奔便などの周辺症状につながるという問題があります。漢方薬は便を出させるという下剤としての作用だけでなく、全身の調和をはかって結果的に正常な便通の回数を期待するもので、介護の現場でも使いやすいものといえます。


「排泄」の問題4  術後のイレウスや腸管マヒ/下痢

100 大建中湯 術後のイレウスや腸管マヒに 西洋医学との相性も良く、術後のイレウスや腸管マヒ、抗がん薬やオピオイド系鎮痛薬による便秘などに広く使われています。食品成分のみで構成されていて安全性の高さにも信頼があります。

14 半夏瀉心湯 下痢に この漢方薬は、消化管の入り口(口)から出口(便)までの症状全般に幅広く使われます。抗がん薬による下痢にも。
   ここに注意! 甘草、黄ごんを含んでいます

30 真武湯 下痢に 冷えが強く体が弱っている人に。お年寄りの胃腸疾患など幅広い症状に使われます。

ひとつの症状を治すだけでなく、からだ全体の調和をはかって、その人本来の状態に回復させるのが漢方医学なのね。

漢方メモ4
 メモ3で紹介した「虚証」「実証」の他に、症状を「寒」と「熱」に分け、「寒」つまり冷えによる症状には温める漢方薬、熱がこもった症状には冷ます漢方薬、という使い分けをすることもあります。温める漢方薬として代表的なものには大建中湯、冷ます漢方薬には黄連解毒湯などがあります。


むくみ

17 五苓散 消化管やからだの組織の余分な水分を調整する代表的な漢方薬です。各種疾患に伴うむくみ全般に
   ここに注意!桂皮を含んでいます。脱水症状のある人には禁忌です。

114 柴苓湯 上記の五苓散の症状に比べ、消化管の炎症が強い場合に。がん切除術後のリンパ浮腫にも処方されます。
    ここに注意! 甘草、黄ごん、桂皮を含んでいます

20 防已黄耆湯 白色で疲れやすく、水ぶとりの体質の人の膝関節の腫れや痛みの伴う下肢のむくみに。
   ここに注意! 甘草を含んでいます

114柴苓湯は17五苓散にさらに7種類の生薬を足したもので、どちらもからだの中で滞っている水分の流れを正す作用があり、むくみによく使われます。とても似た漢方薬ですが、114柴苓湯に加えられた生薬の違いで、下痢や慢性胃炎などの消化管の症状を伴う場合などに使い分けられています。


手足の感覚の問題1 しびれ、痛み、冷感
107 牛車腎気丸 お年寄りの下半身の諸症状に使われます。タキサン系やオキサリプラチンといった抗がん薬による末梢神経障害にも。
    ここに注意! 桂皮、附子を含んでいます。地黄を含んでいるので、時にムカムカを感じることも。

30 真武湯 冷えの強い人に使いやすい、からだを暖める漢方薬です。冷えからくるしびれや痛み、胃腸の症状、気力の低下など、お年寄りの幅広い症状に使われます。
   ここに注意! 附子を含んでいます

38 当帰四逆加呉茱萸生姜湯 手足の冷えが強く、冷えによる痛みやしびれに。
   ここに注意! 甘草、桂皮を含んでいます。

附子はからだを温めて痛みをとる生薬です。
 附子はからだを温めつつ痛みをしずめる性質を持っています。附子を含む漢方薬は、基本的に温かいお湯と一緒に服用することが勧められます。エキス剤をお湯に溶かして飲むのもいいでしょう。


手足の感覚の問題2 筋肉の痛み、こむら返り

68 芍薬甘草湯 筋肉のけいれんとそれに伴う疼痛に有効で、しゃっくりや急性のぎっくり腰などにも用いられます。タキサン系抗がん薬による筋肉痛、末梢神経障害にも使われています。
   ここに注意! 甘草を含んでいます。

68芍薬甘草湯はこむら返り、疝痛、月経痛などにも用います。

即効性と甘草の割合を考えて
 甘草と芍薬の2種類の生薬からなる漢方薬です。生薬の数が少ない漢方薬は即効性が期待され、本剤も症状があるときに頓服で用いるのが基本です。他の漢方薬に比べ甘草の割合が多いので、その意味でも長期間続けて飲むよりは頓服に適しています。他の甘草を含む漢方薬や、グリチルリチンを含む薬と併用する時は注意が必要です


手足の感覚 膝・関節の痛み

20 防已黄耆湯 色白でお腹がぽっちゃりしている、いわゆる水ぶとりタイプの膝の痛みに。変形性膝関節症にも用いられます。
   ここに注意! 甘草を含んでいます

18 桂枝加朮附湯 冷え症でお風呂に入ると楽になるというような人の痛みに。
   ここに注意!桂皮、甘草、附子を含んでいます

28 越婢加朮湯 体力がある人で、関節が腫れて痛む時に。
   ここに注意!麻黄、甘草を含んでいます

漢方メモ5
 漢方薬を構成する生薬にも温める性質、冷ます性質のものがあります。温める漢方薬には温める生薬が多く含まれていますが、冷ます生薬も同時に配合されることが多く、作用のバランスがとられています。冷ます性質の漢方薬も同様です。


皮膚の問題  かゆい

86 当帰飲子 冷え性の人で、皮膚がカサカサしている人のかゆみに。熱を持った炎症のある人には不向きです。
   ここに注意! 甘草、当帰を含んでいます

15 黄連解毒湯 アトピー性皮膚炎など熱のあるかゆみにはこちらを。熱を冷ます性質があるので、冷え性への使用には注意を。
   ここに注意! 黄ごん、山梔子を含んでいます。苦いので服用の工夫を

22 消風散 分泌物が多い、じくじくした湿疹で慢性的にかゆみがあるものに。
   ここに注意!甘草、当帰を含んでいます。

「かゆみ」にもいろいろなタイプがあるので、それに合わせて漢方薬を使い分けるんだね。


風邪 風邪をひいた/風邪をひかないために

127 麻黄附子細辛湯 風邪をひいた お年寄りの、のどがイガイガする、背中がぞくぞくする、という風邪のひきはじめに。
    ここに注意! 麻黄、附子を含んでいます

1 葛根湯 風邪をひいた 市販薬としても有名ですが、風邪の初期に使います。風邪が長引いたら別の処方に切りかえます。
  ここに注意!甘草、桂皮、麻黄を含んでいます

41 補中益気湯 風邪をひかないために 気力・体力の底上げをはかり、免疫力アップを目指して使われます。
   ここに注意!甘草、当帰を含んでいます

ひとくちに風邪といっても、ひきはじめに使う漢方薬と長引いてから使う漢方薬は別なんだね。


介護のお手伝いをする漢方薬早見表
 本誌で紹介した漢方薬の中で、特に認知症およびがん患者のケアで出会うことの多いものをまとめました。症状改善の観察や副作用への注意の参考にしてください。
 本誌で紹介したものは代表的な処方のごく一部です。実際には症状や体質に合わせてこの他の漢方薬が使われることもあります。

認知症ケアによく使われる漢方薬
                      主な症状                     注意点
54 抑肝散(ヨクカンサン)  認知症の周辺症状                 甘草、当帰を含む!
                  ・妄想、幻覚・興奮/攻撃性・うつ・不安
                  ・焦燥感/易刺激性・睡眠障害
                  不眠
                  夜間覚醒

137加味帰脾湯        眠りが浅い
   (カミキヒトウ)       精神不安

47 釣籐散           認知症の周辺症状
   (チョウトウサン)     ・妄想・幻覚・興奮/攻撃性・うつ・不安       甘草を含む
                  ・焦燥感/易刺激性・睡眠障害
                   頭痛
                   過度の緊張

15 黄連解毒湯        のぼせ気味でイライラの症状           黄ごん、山梔子を含む
   (オウレンゲドクトウ)

41 補中益気湯        気力・体力の低下、全身倦怠感、食欲不振、  甘草、当帰を含む
   (ホチュウエッキトウ)  免疫力が低下して風邪をひきやすい、化学療法
                  による骨髄抑制、術後の貧血
48 十全大補湯
   (ジュウゼンダイホトウ)

108人参養栄湯
   (ニンジンヨウエイトウ)

54 抑肝散          がん末期のせん妄
   (ヨクカンサン)

100 大建中湯       術後のイレウス、腸管マヒ、化学療法、        特になし
  (ダイケンチュウトウ)  オピオイド系鎮痛薬による便秘  

107牛車腎気丸       化学療法による末梢神経障害・しびれ、       桂枝、附子を含む
 (ゴシャジンキガン)     痛み、冷感、術後の排尿障害            

14 半夏瀉心湯       化学療法による口内炎や下痢、悪心、嘔吐、    甘草、黄ごんを含む
                 食欲不振

68 芍薬甘草湯       化学療法による筋肉痛、化学療法による       甘草を含む
                 しゃっくり、こむら返り

48 六君子湯        術後/化学療法による食欲不振、胃部不快感    甘草を含む
   (リックンシトウ)    胸やけ、嘔吐、下痢


漢方薬になった食べもの@
 ショウキョウ(生姜)…しょうが

こんな漢方薬に使われています
 1 葛根湯  43 六君子湯  41 補中益気湯など

U
介護現場でよく出会う漢方薬を知ってみよう

認知症やがん患者の術後、緩和ケアなどの現場で漢方薬が広く使われるようになっています。
介護の現場で出会うことの多い漢方薬について、詳しくご紹介します。


41 補中益気湯

 体力・気力が低下している人への代表的な補剤です。
 お年寄りや術後、がん患者などにも使われます。

■効能または効果
 消化機能が衰え、四肢倦怠感著しい虚弱体質者の次の諸症:夏やせ、病後の体力増強、結核症、食欲不振、胃下垂、感冒、痔、脱肛、子宮下垂、陰萎、半身不随、多汗症
■用法・用量
 通常、成人1日7.5gを2〜3回に分割し、食前又は食間に経口投与する。

全身がだるい、食欲がない、疲れやすい、風邪をひきやすい、声や表情に力がない

補中益気湯はこれらの生薬でできています
 ニンジン(人参) ソウジュツ(蒼朮) オウギ(黄耆) トウキ(当帰) チンピ(陳皮) タイソウ(大棗) ショウキョウ(生姜)
 サイコ(柴胡) ショウマ(升麻) カンゾウ(甘草)


100 大建中湯
 お年寄りから術後・抗がん薬の副作用対策まで幅広い腸の問題に。
 食品成分だけで作られている漢方薬です。

■効能または効果
 腹が冷えて痛み、腹部膨満感のあるもの
■用法・用量
 通常、成人1日15.0gを2〜3回に分割し、食前又は食間に経口投与する。

術後のイレウスとその予防 過敏性腸症候群 便秘 比較的強い腹痛 腹部膨満感

大建中湯はこれらの生薬でできています。
 カンキョウ(乾姜) ニンジン(人参) サンショウ(山椒) コウイ(膠飴)

食べ物だけでできているのがいいね。

 大建中湯は腸管運動亢進作用、腸管粘膜血流の増加作用、抗炎症作用があることが解明され、臨床データでは術後単純性癒着性イレウス症状、過敏性腸症候群患者の腹部膨満感などの消化器症状、難治性便秘症を含む排便障害、向精神薬による排便障害などの改善効果が証明されています。


68 芍薬甘草湯
 こむら返りに対する数少ない治療薬です。頓服で即効性があることも人気の秘訣。

■効能または効果
 急激におこる筋肉のけいれんを伴う疼痛
■用法・用量
 通常、成人1日7.5gを2〜3回に分割し、食前又は食間に経口投与する。

急激な足のけいれん(こむら返りこむら返り) しゃっくり 急にくるぎっくり腰 尿管結石 胃の痛み 生理痛

芍薬甘草湯はこれらの生薬でできています。
 シャクヤク(芍薬) カンゾウ(甘草)

含まれている生薬の数が少ない漢方薬は、効果が出るまでの期間が短くなるんだって。だから芍薬甘草湯は即効性があるのね!

 甘草を多く含むので、副作用の低カリウム血症(偽アルドステロン症)の出現に注意が必要です。そのため、処方は症状が出たときの頓服が基本で、できるだけ長期間の継続投与は避けるようにします。


107 牛車腎気丸
 お年寄りなど体力がない人の下半身の諸症状やかすみ目に。
 附子を含み、からだを温める漢方薬です。

■効能または効果
疲れやすくて、四肢が冷えやすく尿量減少または多尿で時に口渇がある次の諸症:下肢痛、腰痛、しびれ、老人のかすみ目、かゆみ、排尿困難、l頻尿、むくみ
■用法・用量
通常、成人1日7.5gを2〜3回に分割し、食前又は食間に経口投与する。

かすみ目 口が渇く かゆみ 四肢のしびれ 下肢の脱力感 冷え 夜間頻尿 排尿困難

牛車腎気丸はこれらの生薬でできています。
 サンシュユ(山山茱萸) サンヤク(山薬) ケイヒ(桂皮) ブシ末(附子) ジオウ(地黄) シャゼンシ(車前子) タクシャ(沢瀉) ボタンピ(牡丹皮) ブクリョウ(茯苓) ゴシツ(牛膝)


54 抑肝散
認知症の周辺症状の改善作用の研究が進み、注目度急上昇!がん末期のせん妄などにも。

■効能または効果
虚弱な体質で神経が高ぶるものの次の諸症:神経症、不眠症、小児夜なき、小児疳症

■用法・用量
通常、成人1日7.5gを2〜3回に分割し、食前又は食間に経口投与する。

抑肝散はこれらの生薬でできています。
 ソウジュツ(蒼朮) センキュウ(川きゅう) トウキ(当帰) チョウトウコウ(釣藤鉤) サイコ(柴胡) ブクリョウ(茯苓) カンゾウ(甘草)

 甘草を含む漢方薬の副作用である低カリウム血症(偽アルドステロン症)は、高齢者ではその出現頻度が高くなります。抑肝散は甘草を含み、かつ高齢者に使われることが多い漢方薬なので、注意が必要です


47 釣籐散
 認知症の周辺症状に抑肝散と同様使われています。慢性頭痛やめまいにも用いられます。

■効能または効果 
慢性に続く頭痛で中年以降、または高血圧の傾向のあるもの

■用法・用量
通常、成人1日7.5gを2〜3回に分割し、食前又は食間に経口投与する。

慢性頭痛 のぼせ 肩こり めまい 認知症の周辺症状

釣籐散はこれらの生薬でできています。
からだを温める・・・チンピ(陳皮) ハンゲ(半夏) ニンジン(人参) ボウフウ(防風) ショウキョウ(生姜) 
からだを冷ます・・・チョウトウコウ(釣籐鉤) バクモンドウ(麦門冬) キクカ(菊花) セッコウ(石膏) 
中間の性質を持っている・・・ブクリョウ(茯苓) カンゾウ(甘草)


43 六君子湯
 薬の影響でも、精神的なものでも、体力低下からくるものでも、食欲不振にはこれ!

■効能または効果 
胃腸の弱いもので、食欲がなく、みぞおちがつかえ、疲れやすく、貧血症で手足が冷えやすいものの次の諸症:胃炎、胃アトニー、胃下垂、消化不良、食欲不振、胃痛、嘔吐

■用法・用量
通常、成人1日7.5gを2〜3回に分割し、食前又は食間に経口投与する。

食欲不振 胃もたれ X腺や内視鏡でみても異常がみられない胃の不快感や痛み

六君子湯はこれらの生薬でできています
からだを温める・・・ニンジン(人参) ソウジュツ(蒼朮) ハンゲ(半夏) チンピ(陳皮) タイソウ(大棗) ショウキョウ(生姜)
中間の性質を持っている・・・カンゾウ(甘草) ブクリョウ(茯苓)

お腹が温まりそうだね。


29 麦門冬湯
 痰のないしつこい空咳に。 気管支炎や気管支ぜんそくにも使われます。

■効能または効果
痰の切れにくい咳、気管支炎、気管支ぜんそく

■用法・用量
通常、成人1日9.0gを2〜3回に分割し、食前又は食間に経口投与する。

のどに痰がはりついたような感じ のどのイガイガ はげしく咳き込むけれど痰はでない 風邪の後、咳だけ残っている

麦門冬冬はこれらの生薬でできています。
からだを温める・・・ハンゲ(半夏) タイソウ(大棗) ニンジン(人参)
からだを冷ます・・・バクモンドウ(麦門冬)
中間の性質を持っている・・・コウベイ(硬米) カンゾウ(甘草)

半夏以外は全部気道を潤す性質を持っている生薬です!
痰の多い咳に使われないのはそのためなのね。


14 半夏瀉心湯
 食道全般の症状に幅広く使われます。抗がん薬や免疫抑制剤による口内炎や下痢にも。

■効能または効果
みぞおちがつかえ、ときに悪心、嘔吐があり食欲不振で腹が鳴って軟便または下痢の傾向のあるものの次の諸症:急・慢性胃腸カタル、発熱性下痢、消化不良、胃下垂、神経性胃炎、胃弱、二日酔、げっぷ、胸やけ、口内炎、神経症

■用法・用量
通常、成人1日7.5gを2〜3回に分割し、食前又は食間に経口投与する。

吐き気・嘔吐 下痢 食欲不振 抗がん薬による口内炎や下痢

半夏瀉心湯はこれらの生薬でできています。
からだを温める・・・ハンゲ(半夏) ニンジン(人参) タイソウ(大棗) カンキョウ(乾姜)
からだを冷ます・・・オウゴン(黄ごん) オウレン(黄連)
中間の性質を持っている・・・カンゾウ(甘草)


86 当帰飲子
 お年寄りや、体が弱っている人の、熱を持たない乾いたかゆみにはこの処方が適しています。

■効能または効果
冷え性のものの次の諸症:慢性湿疹(分泌物の少ないもの)、かゆみ

■用法・用量
通常、成人1日7.5gを2〜3回に分割し、食前又は食間に経口投与する。

分泌物の少ない乾いた感じの湿疹、かゆみ

当帰飲子はこれらの生薬でできています。
からだを温める・・・トウキ(当帰) シツリシ(疾り子) センキュウ(川きゅう) ボウフウ(防風) カシュウ(何首烏) オウギ(黄耆) ケイガイ(荊芥)
からだを冷ます・・・ジオウ(地黄) シャクヤク(芍薬)
中間の性質を持っている・・・カンゾウ(甘草)

漢方薬になった食べものA
コウベイ(硬米) ・・・お米
こんな漢方薬に使われています 21麦門冬湯など



V 漢方薬の飲み方の工夫と副作用の知識
 漢方エキス顆粒の服用法や副作用など、介護の現場で役立つヒントをご紹介します。

飲み方の工夫
 漢方薬には味やにおいが独特なものも多く、またエキス顆粒が飲みにくいという問題もあります。服薬の問題にはこんな工夫を。

においや味が気になる
●ココアパウダーを混ぜて、砂糖を少し入れて
 エキス製剤にココアパウダーと少しの砂糖を加え、お湯で溶いて服用すると味やにおいが緩和されます。見た目もココアなので、エキス製剤の色も気になりません。

見た目にも注意しないとね!

●甘いゼリーなど味がしっかりしていて、喉ごしのいいものに混ぜて
 甘いものは味がごまかしやすいやすいので、口触りのいいゼリーなどのおやつに混ぜるといいでしょう。

ここに注意!
 市販ゼリーの上に振りかけるのは見た目が汚くなり、認知症の方はそれだけでいやがることがあります。エキス製剤を溶かしてからゼリーにして、その上を見た目のいい牛乳ゼリーなどで覆う、といったひと手間がほしいところです。
 お粥や味噌汁などに混ぜると味が変わったことで食事まで嫌いになってしまう心配があります。おやつに混ぜるほうがリスクは少なくてすみます。

顆粒が口に残る
●お湯に溶かす
 エキス製剤1包に100〜200ccくらいのお湯を入れて攪拌します。溶けにくい場合は電子レンジで30秒〜1分ほど暖めます。138桔梗湯や15黄連解毒湯は冷ましてから服用します。
●顆粒を粉状にする
 粉薬なら飲める、という人にはこの方法も。薬剤師による剤型の加工にエキス製剤も加えてもらうように上申する方法で。
●入れ歯をはずしてから服用
 在宅で意識のはっきりしている方ならこの方法も。

施設では周囲への配慮も大切だね!

ここに注意!
 認知症の方は、一度入れ歯をはずすとそのままになってしまうことが多く、食事やQOLにまで影響がでてしまいます。施設では他の入居者が他人の入れ歯を見るのをいやがる場合もあります。

飲み込みにくい
●ゼリーのような喉ごしのいいものに加工する
 口が渇いて飲み込みにくいような方には、エキス剤を溶かした液でゼリーにすると飲み込みやすくなります。味やにおいを隠すのにも役立ち、一石二鳥。
●トロミのある液体にまぜる
 嚥下障害がある方は、お湯などさらさらした液体よりもくず湯やトロミ剤を使ってトロミがある液体にするとむせることが少なくなります。


副作用にいち早く気づくためのヒント
漢方薬にも副作用はあります
●漢方薬の副作用
 漢方薬は自然の生薬によってできています。そのために、副作用がないと思われがちですが、実際には低カリウム血症による偽アルドステロン症や間質性肺炎など、漢方薬でも注意すべき副作用があります。
●早期発見は介護者の役目
 副作用にいち早く気づくことができるのは、その人に寄り添い、日々の生活に関わっている介護者です。
●ほとんどが想定内の副作用
 漢方薬の副作用は、ほとんどが想定内のものなので、発症してすぐに減量や中止などの処置を行えば大事にはいたりません。それだけに、早期発見できる立場にいる介護者の責任は重大です。

こんな症状に注意!
●顔や手足のむくみ
●尿量減少、体重増加
●脱力感、筋力低下
●筋肉痛、こむら返り
●頭痛、のぼせ、肩こり
●手足のしびれやこわばり
●吐き気、嘔吐、食欲不振
 甘草を含む漢方薬は低カリウム血症による偽アルドステロン症に注意しましょう。
●空咳
●発熱
●労作時の息切れ
 間質性肺炎は、9小柴湖湯(ショウサイコトウ)をはじめ、多くの漢方薬で特に注意すべき副作用のひとつです。黄ごんを含む漢方薬におきやすいことが知られていますが、その他の漢方薬でも報告があるので、どんな漢方薬でもこうした症状に注意してください。
●腹痛
●下痢
●便秘
●腹部膨満感
 一部の漢方薬に腸間膜静脈硬化症の報告があります。これらの腹部症状にも注意をはらってください。

副作用と関係が深い生薬と主な漢方薬
 漢方薬の副作用は、そこに含まれる生薬が作用していると考えられます。副作用との関係が指摘されている主な生薬は次のようになります。

副作用を起こしやすい生薬/漢方薬
生薬 甘草
副作用 低カリウム血症 偽アルドステロン症
早期発見のための症状 むくみ、尿量減少/体重増加、脱力感/筋力低下、筋肉痛/こむら返り、頭痛/のぼせ/肩こり、手足のしびれやこわばり、吐き気/嘔吐/食欲不振
この生薬の関連処方 14半夏瀉心湯、18桂枝加朮附湯、20防已黄耆湯、 22消風散、29麦門冬湯、41補中益気湯、 43六君子湯、 47釣藤散、 48十全大補湯、 51潤腸湯、 54抑肝散、68芍薬甘草湯、76竜胆瀉肝湯、 86当帰飲子、 
              103酸棗任湯、108人参養栄湯、111清心蓮子飲、 114柴苓湯、 137加味帰脾湯、 138桔梗湯


生薬 黄ごん
副作用 間質性肺炎 
早期発見のための症状 空咳、発熱、労作時の息切れ

副作用 薬剤性肝障害 
早期発見のための症状 全身倦怠感、発熱、悪心/嘔吐、食欲不振、かゆみ・黄疸
この生薬の関連処方 12柴胡加竜骨牡蠣湯、 14半夏瀉心湯、 15黄連解毒湯、51潤腸湯、 76竜胆瀉肝湯、 111清心蓮子飲、 114柴苓湯


生薬 山梔子
副作用 腸間膜静脈硬化症 
早期発見のための症状 腹痛、下痢、便秘、腹部膨満感
この生薬の関連処方 15黄連解毒湯(長期投与の場合)


生薬 麻黄
副作用 心血管系症状 
早期発見のための症状 動悸、頻脈、めまい/たちくらみ、胸が苦しい、悪心/嘔吐、不眠/イライラ、多量の発汗、舌がしびれる
この生薬の関連処方 127麻黄附子細辛湯、 


生薬 附子
副作用 心血管系症状
早期発見のための症状 動悸、頻脈、めまい/たちくらみ、胸が苦しい、悪心/嘔吐、不眠/イライラ、多量の発汗、舌がしびれる
この生薬の関連処方 18桂枝加朮附湯、 30真武湯、 107牛車腎気丸、127麻黄附子細辛湯


生薬 桂皮 
副作用 薬疹 
早期発見のための症状 発疹、皮膚発赤、かゆみ、発熱
この生薬の関連処方 7八味地黄丸、 12柴胡加竜骨牡蠣湯、 17五苓散、 18桂枝加朮附湯、 48十全大補湯、 107牛車腎気丸、 108人参養栄湯

生薬 当帰
副作用 薬疹
早期発見のための症状 発疹、皮膚発赤、かゆみ、発熱
この生薬の関連処方 22消風散、 41補中益気湯、 48十全大補湯、 51潤腸湯、 54抑肝散、76竜胆瀉肝湯、 86当帰飲子、 108人参養栄湯、 137加味帰脾湯


生薬 黄ごん
副作用 薬疹 
早期発見のための症状 発疹、皮膚発赤、かゆみ、発熱
この生薬の関連処方 上記黄ごんの欄参照


漢方薬になった食べ物
 タイソウ(大棗)…ナツメ
こんな漢方薬に使われています
 1葛根湯、 41補中益気湯、43六君子湯など


Yよくある漢方薬の疑問・質問
 こんなときどうすればいい?という漢方薬の悩みや質問にお答えします。

Q1 服薬のタイミングは食間でなくてはいけないの?
A 食間での服用が難しければ、食前でも食後でも可能です。介護の流れに合わせて、無理のないタイミングで飲んでもらうようにしましょう。

Q2 飲み忘れた時はどうすればいい?
A 気がついたときにすぐに服用して、全体で1日量を維持するのが望ましいです。ただ、次の服用のタイミングまで2,3時間しかないような場合は1回分お休みして、次の服用からは忘れないようにします。そこで服薬がストップする事がないようにするのが大切です。忘れたからといって、2回分を一度に服用するのはやめましょう。

Q3 エキス製剤をお湯に溶かして飲んでもいいですか?
A 漢方薬はもともと煎じ薬ですから、お湯に溶かして薬液として飲むのに適しています。ただし、桔梗湯や黄連解毒湯など、冷ます性質のある漢方薬は冷たくしたほうがいい場合もあります。口内炎に対する桔梗湯などは、濃いめに溶かした薬液を凍らせて、口に含んでいるだけでも効果が得られることがあります。

エキス製剤1包を100〜150ccくらいのお湯にといて。

Q4 漢方薬や西洋薬との併用ではどんなことに気をつけたらいいですか?
A 特に注意したいのは、同じ生薬を使った漢方薬や、特定の西洋薬との併用です。
  例えば甘草は100種以上の漢方薬に使われている生薬なので、漢方薬同士の併用によって摂取量が増えることは十分考えられます。甘草のとりすぎは低カリウム血症による偽アルドステロン症を起こす危険性があります。漢方薬一剤でも注意は必要ですが、併用時には特に、むくみや筋肉痛、食欲不振などの変化に注意しましょう。
 西洋薬との併用では、同じ成分(甘草とグリチルリチン、麻黄とエフェドリンなど)を含む薬剤との併用に気をつけます。また、小柴胡湯とインターフェロンの併用は間質性肺炎の危険が高いので禁忌となっています。

空咳が続いたら、間質性肺炎を疑ってみて!

Q5 市販の漢方薬は飲み続けていいでしょうか?
A 漢方薬なら大丈夫という感覚で、気軽に市販の漢方薬が服用されている場合があります。Q4で述べたように、漢方薬を含め、どんな薬でも併用によって思わぬ反応が起こる可能性があります。市販薬を含め、服用している薬はすべて把握して医療スタッフと情報を共有しておきましょう。

Q6 自宅、施設、病院を行き来する方に漢方薬が使われている場合、気をつけることはありますか?
A このような場合、在宅、施設、病院間で情報が共有されにくいという問題があります。介護にあたる方も、家族であったり施設の職員であったり病院スタッフであったりと、その現場ごとに変わります。もっとも身近な家族の方を中心に、お薬手帳などの確認や過去の副作用の経験の有無など情報を得て、医療スタッフと情報を共有するようにしてください。

Q7 お年寄りが漢方薬を服用するとき、特に注意することはありますか?
A お年寄りは一般に代謝機能が低下しているので副作用が出やすく、時に用量を減らすなどの工夫が必要になります。服用開始後しばらくは、動悸や息切れ、発疹、風邪のような症状、むくみなどがないか特に注意してください。高齢者では冷ます性質の石膏や黄連、黄ごんを含む漢方薬などによって、冷えが増強されるなどの問題も起きやすくなります。
 また、嚥下困難がある方も多く、エキス剤を溶いて、とろみをつけるなどしてゆっくり飲んでいただくなど、服薬の工夫と格別の注意が必要です。

Q8 漢方薬の効き目が現れるまではどのくらいかかりますか?効果判定時期の目安があったら教えて。
A 通常は漢方薬の服用をはじめてから1〜2週、長いものでも約1ヶ月で効果が現れます。68芍薬甘草湯のように頓服で用いる漢方薬は10分ほどで効果が得られるものもあります。一般に、構成生薬の数が少ないものほど効果が早く、生薬の数の多いものはゆっくりと効果が出ます。

ある程度様子をみても効果がない、かえって症状が悪化していると気づいたら、処方を変える必要があります。

Q9 漢方薬は高いというイメージがあるのですが。
A 個人への負担という意味では、ほとんどの漢方薬は保険適応が可能であり、西洋薬と同様の負担ですみます。医療経済への影響という意味では、西洋医学に漢方薬を取り入れることで、免疫力向上による感染症罹患率減少や入院日数の短縮が可能になり、医療費の節減につながるという調査報告もあります。

漢方について、もっと知りたくなったら…
はじめのうちは、インターネットからの情報取得が手羽手早く便利です。ただし、インターネットの情報は玉石混合なので、信頼できるサイトから情報を得ることが重要です。
 たとえば「漢方スクエア(http://www.kampo-s.jp)」は漢方エキス顆粒製剤を販売する企業が医療者向けに協賛しているサイトですので、漢方全般について幅広く情報を入手することができます。
 また、認知症フォーラム。com(http://www.ninchisho-forum.com)は、認知症に関連する基礎知識から最新情報までを介護、医療、暮らしというさまざまな切り口で発信しているサイトで漢方薬の情報も適宜紹介されています。


漢方薬になった食べ物C
 ソヨウ(蘇葉)…シソ
こんな漢方薬に使われています
 70香蘇散、 16半夏厚朴湯など




瓊玉膏
1.瓊玉膏(不老長寿の薬)の名称の由来
「瓊」の字は『玉篇』を見ると、「美玉」、「赤玉」と記録されている。また「瓊」を用いた単語としては「瓊樓(王の宮殿の意)」、「瓊杯(玉で作った杯の意)」がある。
 「瓊」の字は最上の美と大切の意味ををしている。昔から最高の美しい碧玉を表現する際に「瓊玉」の字が使われた。また「瓊枝玉葉」という言葉があるが、これは皇族の子孫のことである。かつて、皇帝に献上する貴重品を至宝の玉という意味を持たせるために、「瓊玉」と表現したこともあった。「膏」は「なめらかな味の良いもの」の意味もある。これにより「瓊玉膏」という名称は、薬の中でも最高の称号であることがわかる。
 瓊玉膏は皇帝の長寿のための補助薬として、応急薬の牛黄清心元と共に、皇室の2大名薬に数えられた。元の皇帝であるクビライ・カーンは、健康と精力のために好んで飲み、皇室の女子らと名門家の貴婦人達も美容のために瓊玉膏を愛用した。このように顔を玉のように手入れをするために服用したとの意味で瓊玉膏と名づけられてといわれている。
 瓊玉膏は南宋の医師である洪遵が編纂した『洪氏経験方』(1170年)に収載され、その内容をみると「人参」が「新羅人参」という名称で記載されている。これにより朝鮮の高麗人参が既に世界的薬剤として名声を得ていることが分かる。
 瓊玉膏は東洋の名薬として東アジアの国々が製造したが世界的品質の高麗人参で製造した瓊玉膏が最優秀品質だと評価されている。

2.瓊玉膏を構成している生薬
 不良長寿の薬の瓊玉膏を構成している生薬はどんなものなのであろうか。また現在でも多くの方に服用されているといえども、瓊玉膏という薬名の薬が、数百年間名薬として伝えられ、科学万能時代の現在でも愛用されているというのは不思議に思われる。この疑問を整理して説明する。
 瓊玉膏の基本処方:生地黄取汁16斤、人参24両、白茯苓48両、白蜜(蜂蜜)十斤である。また、瓊玉膏の基本処方に次の(1)、(2)、(3)の薬剤を加味して多角度に利用されている。(1)一方面(琥珀、沈香)各五銭(2)一方加(天門冬、枸杞子)各一斤(益壽永真膏という)(3)一方加(天門冬、麦門冬、地骨皮)各八両になっている。

1)神秘の霊薬人参
 人参は古来より東洋で愛用されてきた。西洋では東洋でいう「人参」が知られていなかったため、赤く甘い根を人参と呼んだ。甘い根はセリ科の植物、東洋でいう人参はウコギ科の植物で全く違う種である。人参の中でも高麗人参が最貴重品として昔から珍重されてきた。
 中国の皇帝に献上される最上品は朝鮮産高麗人参であった。また朝鮮時代には高麗人参が最高級の貿易品で、朝鮮の高麗人参と中国の名物である絹織物と物々交換された。人参は地域、土壌または気候によって品質が異なり、朝鮮産高麗人参を最高品として認めた。
 韓国の錦山が人参の最大栽培地であり、全生産量の70〜80%が集散される最大集散地である。またここに錦山人参の伝説が残る。
 1500年前、錦山邑南夷面城功里部落に姜姓の在野の学者(士人)がいた。姜氏は親孝行であったが、父親は既に亡く、母親と二人で貧相な暮らしをしていた。ある日、母親が動くことができないほどの重病を患い、苦しんでいた。色々とよい薬を使っても母の容態は徐々に悪化し、治らないため、悩んでいた姜氏は錦山の名山である進楽山の観音窟で、母の回復を祈って百日祈とう祷を行った。ある日、夢に仙神霊があらわれ、「進楽山の観音峰の岩壁に行くと赤い実が3つついている草がある。その草の根を煎じて湯にして飲ませれば、母の病気は治り、君の願いは通ずる」と言われたため、姜氏は不思議に思い、翌日の早朝、夢でみた岩壁へ行くと、赤い実が3つついている草があったので、その根を掘り、煎じて湯にして母に飲ませると、母の病気は全快した。その草は参(山参)であった。姜氏はその種子を庭に植え、根が人間の形をしていることから、参を人参を名付けた。その後、錦山が人参の栽培地を最大集散地になったとの伝説がある。そのため、人参を霊薬とも呼んでいる。
 植物あるいは穀物等の農作物は、田や畑に植えて毎年収穫するが、人参は1回の栽培期間が4〜6年を要する。人参を収穫した後10〜15年は、人参をはじめ、どのような農作物も栽培できない。その畑は空畑となり、堆肥等で土を肥やすと、穀物等の栽培が可能になる。それほど人参は土の栄養分を要求するものなのである。また人参は何処でも栽培ができるものではない。地域、土壌、気候等によって、人参の品質が異なる。著者は若い頃、『加賀藩の秘薬』という本を著した薬学者であり、薬史学者でおられた三浦孝次教授から生薬の活性を学ぶための薬理学を伝授された際、高麗人参に関するお話をお聞きしたことがある。江戸時代に長野県で人参を栽培していた藩役が、開城高麗人参の種子とその栽培法を得るために、あ者に変装し、長野県を出発して朝鮮元山を経由し、開城に到着して何とか人参畑での仕事についた。3年間一生懸命に仕事をしたことにより、種子と栽培法を得て長野県に帰り、長野県でも現地と同じ高麗人参が、元々栽培していた長野人参と同じような人参になってしまった事があった。このことは本には書けなかったと私の耳にそっとお聞かせ下さったことが思い出される。それほど人参は成長条件に敏感な農作物ともいえる。


2)人参の七大効能
(1)補気救脱:元気をつけ、虚弱した身体を救うと知られているが科学的研究結果によって、抗疲労、疲労回復作用、老齢動物の学習力改善、運動能力改善、記憶力改善の報告がされている。

(2)益血復脈:血液をつくり、循環をよくして、滞っている血液の流れを取り戻すという古書の記録から、赤血球、ヘモグロビン増加作用等を科学的に確認している。

(3)養心安神:心を養うというのは精神を安定させる意味になる。人参は抗ストレス、抗痙攣作用が報告されている。

(4)生津止渇:生津とは内分泌の意味を持ち、渇は糖尿の渇症を示す。静岡大学の矢内原教授は朝鮮人参から血糖降下作用を示す成分(DPG3-2)が得られ、その成分にインスリン分泌亢進作用が認められたという報告をしているが、糖尿病治療方剤には朝鮮人参が頻用されている。

(5)補肺定喘:肺と気管を補し安定させて喘息を治す。

(6)健脾定喘:消火器機能を強化し、下痢を止める。これの科学的根拠として、朝鮮人参には消化管ホルモンと類似したアミノ酸配列をもつペプチドの存在が強く示唆されている。これが他のタンパク質と結合することにより生理活性ペプチドが安定化され、そのほかペプチド腸管吸収を促進するのではないかと推測されている。朝鮮人参は脾胃を強くするのである。

(7)托毒合瘍:毒と結合して解毒し腫瘡を治す。
 世界の生薬学者や植物学者らは、地球上にある植物に対し、様々な研究をしているが、高麗人参ほど多岐に渡って研究された植物は他にない。また高麗人参より多くの成分と多様な薬効を持った植物は未だに発見されていない。人参は明薬中の明薬である。
 人参は不思議な植物で、一方的な効能を持っているだけでなく、相対する効能を同時に持っている。人参の成分であるginsenoside Rb,Rc群には中枢神経に対し、抑制的作用(精神安定、鎮痛、抗痙攣、血圧降下作用)があるが、逆にginsenoside Rg群は中枢神経興奮的作用(抗疲労作用、疲労回復作用、抗ストレス作用)があることが示されている。またginsenoside Rb1,Rg1においては共に血圧作用があるが、ginsenoside Rc,Rf,Rg1,Rg2等のtriol系のサポニンにはRb1、Rb,Rc,Rdのdiol系よりも強い血管拡張作用による血流量の増加が報告されている。
 即ち人参は効能を調節する両面性のある作用を持った植物であることが示された。後に、生命を持っているすべての植物には自身の代謝均衡のために、機能的に調節作用があることが知られるようになり、医薬品開発に役立っている。
 人参には肝臓でのタンパク質合成を促進する作用、血圧調節作用、糖代謝の調節作用、造血作用、抗ストレス作用、記憶力改善作用、免疫増強作用、抗痙攣及び鎮静作用、抗腫瘍作用(抗癌作用)、抗炎症作用等がある。即ち人体機能を調節する効能を持っている神秘的な霊薬であることが科学的研究によって立証されている。


3)白茯苓
 茯苓は赤松や黒松の伐採後3〜5年経過した切り株の根に寄生し成育するサルノコシカケ科(Polyporaceae)のマツホドWolfiporia cocos Ryvarden et Gilbertson(Poria Cocos Wolf)の菌核である。茯苓が配合された処方は極めて多く、甘草、芍薬に次ぐ処方数だといわれている。『神農本草経』に命を養うものとして分類されている上品に収録され、松の木の神霊がその根に集まったと考え、『伏霊』ともいう。また茯苓の中心に松の根が通っているものを『茯神』と名付けている。またマツホドという植物名は、松の陰部を意味している。動物において長寿といえば鶴、亀が代表的であるが、植物においては数百年生きる松が代表されることが多い。長寿である松の陰部の意味を意味することと、茯苓の効能が『水毒を追う』利尿剤であることと、松の木の神霊がその根に集まったと考えて『伏霊』と呼ぶことは、何にか関連付けられた意味があるのではないかと思われる。
 孫真人という人は養生銘を論したとされているが、その年代等ははっきりしていない。ただ唐時代に、102歳で他界した子孫はくが孫真人ではないかとみられている。大槻彰博士の『瓊玉膏の不思議』によると、真人曰く、茯苓を根気よく服用すれば、百日で諸病が除かれ、二百日にして昼夜眠らずとも良くなり、天女がやってきて侍ると書かれている。またこれは、伏霊の薬を表現していると思われる。
 茯苓は傷寒論では16処方、金匱要略では26処方等、その他、数多くの処方の中にみられる。茯苓は重校薬徴の中で『利水を主とする停飲、宿水、小便不利、眩、悸、煩燥、嘔、喝、不利、咳、短気の症状を治す』と利尿作用が茯苓の効能であることが書かれている。
 茯苓は利尿作用、腎障害改善作用、消化器系を強くし胃潰瘍予防、鎮吐作用、胃部の水分停滞感、心悸亢進、口渇乾燥、茯苓菌多糖体の免疫増強と抗腫瘍作用、卵巣組織の中のプロゲステロン量の増加により妊娠を助ける作用、海馬組織LTP増強作用による記憶力改善及び認知症予防等が科学的研究で示され、ネフローゼ、腎炎、尿毒症等に利用される漢方処方の効果が実験的研究で立証されている。
 人体の水分構成をみると、体液である細胞内液と細胞外液の適切な成分調節は生命維持に必須であえる。このような成分の決定にもっとも重要な因子のひとつに、水分代謝がある。なお、地球上のすべての生命体は水がなければ少しの間も生きることができない。それほど重要な水が体内でどんな役割をするのかを簡単に説明する。

 成人男性の場合、体重の約60%が水分であり、女性は50%程度である。乳児がもっとも多く、約70%ほどが水分である。成人の場合、体液の1/3は細胞外にあり、2/3は細胞内液を構成している。このような体内水分の約50%は筋肉に、20%は皮膚に、10%は血液内に、残りはその他の臓器に分布している。女性が男性に比べて水分量が少ないのは、女性は男性より体内脂肪組織が多いためである。
  健康のためには何よりも純粋できれいな水を多く飲むことである。ある面からみれば、生命維持するための栄養素より、重要なものはきれいな空気と水である。
 体の組織は、各々、生命維持に絶対的に必要で、かつ独特の役割を持っている。すべての組織は、水がなければその役割を全く行うことができない。水は血液、体液、リンパ液、唾液、内分泌系統の多様なホルモン、脳脊髄液等のもっとも重要な構成要素である。
 人間は毎日、飲食を通じて、水、ミネラル、炭水化物、タンパク質、脂肪、ビタミンなどの栄養素を吸収している。また人体は体重の約60〜70%以上の水分を保有し、新陳代謝により、生命維持と活動を行っている。その面からみると、小便、大便は最終の新陳代謝に該当するもっとも大切な水分代謝であり、健康と直結している。そのため、瓊玉膏に茯苓が配合されていることが理解される。


4)生地黄
 ゴマノハグサ科(Scrophulariaceae)のアカヤジオウRehmannia glutionsa Liboschitz var.purpurea Makinoやカイケジオウ Rehmannia glutinosa Liboschitz の根で、生のままのものが生地黄あるいは鮮地黄、乾燥したものが地黄、蒸した後加工調整したものが熟地黄であると規定されている。同一の基原植物でも、加工調理法の差より、薬効や成分が異なるとして知られている。また水に入れた時に、水に浮ぶものを天黄、中間にあるものを人黄、水に沈むものを地黄と呼び、漢方処方には地黄が多く使われている。
 瓊玉膏には生地黄を洗った後、搾汁機で生地黄の汁だけを取り、使用している。瓊玉膏の製造には一滴の水も入れないため、地黄の効能が最大限に発揮される。地黄は『神農本草経』では生命を養するものである上品に収録され、鮮地黄は清熱生津、涼血、止血のの効能があり、熱風傷陰、煩渇、発疹、吐血、衄血、咽喉腫痛を治すと記載されている。一方、熟地黄は生地黄、乾地黄でみられる解熱消炎作用よりも、補血、補養滋養強壮の薬物として働き、体を潤し、口渇を止め、老化を防止し、強心作用や内分泌機能の調整作用が期待されると記載されている。
 漢方処方に八味地黄丸があるが、八味地黄丸は口渇等の糖尿病治療の代表的処方で、地黄を主剤にしている。
 古典文献に記載されている地黄の効能を要約すると、次の通りである。
 (1) 出血および貧血にともなう発熱に効果
 (2) 貧血による諸症状の改善
 (3) 補養、滋養強壮
 (4) 内分泌機能調節と糖尿病の口渇と煩渇、内熱消渇症状の改善
 (5) 跛行、靭帯損傷、打撲、骨折の改善
 (6) 血行不良改善により肌や肉づきをよくする作用
 (7) 肺結核の吐血、虚弱体質の改善
即ち、補血、血糖降下作用、抗血管内凝固作用、滋養強壮、解熱、利尿作用等があり、それに関わる症状を改善あるいは治療する。

5)蜂蜜
 蜂蜜の基原は、ミツバチ科(Apidae)のヨーロッパミツバチ Apis mellifera Linne 又はトウヨウミツバチApis cerana Fabricius がその巣に集めた甘味物を採集したものである。成分にはグルコースとスクロースが約70〜80%、その他の糖質(スクロース、デキストリン)、タンパク質、ミネラル、酵素、ビタミン、花粉、ミツロウ等が一般的な成分であるが、ハチの生活環境によって異なる多様な成分を含んでいるので、微量の特殊成分の研究はされていない。性味は平、甘であり、肺、脾、大腸に帰経する。
 蜂蜜は補脾、虚脾倦怠無力、潤肺止咳、肺虚咳嗽、潤腸通便、腸燥便秘、解烏頭毒止痛、胃かん疼痛に効能がある。主に脾胃虚弱、腸燥便秘、乾咳、腕腹疼痛、火傷、灸瘡、瘡瘍に使われる。
 東医宝鑑では性質が平、微温、甘、無毒、五臓を安じ、補気、補脾胃、痛症緩和、解毒すると記載されている。蜂蜜は山奥の岩壁の蜂房で2〜3年貯蔵した透明白色で油のようなものを石蜜といい、良質であるとされている。
 <本草網目>には5つの作用があると記載されている。
 1)熱を冷ます 2)中焦を調和させる 3)解毒作用 4)燥きを潤す 5)痛症を緩和する性質は生のものが涼で清熱潤肺し、熟したものは温になり補中、緩急止痛する。味が甘で解毒し、薬性を調和するので、心腹肌肉瘡瘍の疼痛を和らげる。
 ・薬理作用:抗菌作用、造血作用、止血作用、長寿効果、解毒作用、栄養作用、収斂作用、烏頭解毒作用等が認められ、咳嗽、灸瘡、喘息、慢性便秘、赤痢、夜尿症、膿化傷、癰疽、せつ腫、炎症、胃十二指腸潰瘍、火傷及び湯傷、凍傷、潰瘍及び外傷、皮膚炎、鼻炎、細菌性痢疾、便秘、貧血、トリコモナス症、神経衰弱、高血圧、肺結核、心臓病に有効であると言われているが、研究はそれほど多くはない。


3.瓊玉膏の適応症
(1)瓊玉膏の漢方文献的効能効果
@東医宝鑑:精髓充満、真気平温、元気補、若回(回春)、精神軽快、五臓六腑充実、毛髪黒化、歯牙蘇生
A方薬合編:鎮静、毛髪黒化、歯牙蘇生、百病除去
B洪氏集験方:乾咳効果
C医学入門:精髓充満、真気平温、虚損症補強疾病治療、精神軽快、五臓六腑充実、毛髪黒化、歯牙蘇生
D寿世保元に収録されている瓊玉膏の内容は、次の通りである。
『此膏填精補髓、腸化為筋、万神具足、五臓盈溢、髓実血満、髪白変黒、返老還童、行如奔馬。日進数服、終日不食亦不飢、開通強志、日誦万言、神識高邁、夜無夢想、人年二十七歳以前、服此一料、可寿百二十歳。六十四歳以上服者、可寿至百歳。服之十剤、絶其欲、修陰功、成地仙矣。一料分五処、可救五人癰疾、分十処、可救十人宜労疾。修合之時、沐浴至心,勿軽示他人と記載されている。
 瓊玉膏は漢方古書に明記されている通り、精を補い、腸管の働きを助け、すべての栄養素が備わっており、肝、心、脾、肺、腎の五臓を助けて機能を強化し、骨髄には血液が充満し、老人の白髪は黒くなって若返り、元気な馬のように走り回る。一日数回服用すれば一日中、何にも食べなくとも飢えず、すべてのことに記憶力がよくなり、1日万語を暗記でき、思考が抜きん出ており、就寝の時は夢を見ることなく熟眠する。27歳までに一料を服用すれば360歳まで生きられ、45歳までに服用すれば240歳まで生きる、63歳までに服用すれば120歳まで生き、64歳以降に服用した者は100歳まで生きられる。
 即ち、瓊玉膏を適時に適量服用すれば、いつまでも若さを保持することがでる。また白髪の老人も元気を取り戻して若返る効能があるということである。

 E瓊玉膏の構成生薬はすべて神農本草経の上品に収載
 中国における薬の始祖は何と言っても伝説的な人物の『神農』であると言える。神農はすべての薬草を直接なめたり、噛んだりして、その薬効を判定し、分類したと伝えられている。。上品120種、中品120種、下品125種という1年365日と同じ数の計365種を、薬効別に分類したものが『神農本草経』である。『神農本草経』は一世紀頃に出版されたといわれるが、それはただ整理されたものが出版されたという意味であり、実際に神農が活躍した年代は未知である。また神農の称号は、人類の健康と農事のことを大事にした時代に、皇帝に相当する称号として贈られたもので、神農は中国の三皇の一人である。この『神農本草経』の薬効分類の内容を見ると上品120種は生命を補養する君薬とし、中品120種は身体の病気を治す臣薬、下品1215種は毒劇物が含まれたもので治療薬であると記録されている。『神農本草経』の薬効別分類法は、科学万能時代の21世紀の図書分類法にもない分類である。
 ここで注目すべきことは『瓊玉膏』を構成している生薬はすべて、神農が『生命を補養する』と分類した上品(君薬)の生薬で構成されていることである。
 その昔に、中国を統一した秦始皇等を見てわかるように、皇帝の権力を持っていた者の不老不死・不良長寿への欲望は想像できないほどであったと思われる。すなわち、宮中で愛用され、瓊玉膏と名付けられたことは、瓊玉膏がどれほど重要な補薬であったかが想像される。

(2)瓊玉膏の許可の効能
@効能効果 次の場合の滋養強壮:食欲不振、肉体疲労、虚弱体質、病後の体力低下、胃腸虚弱、毛食不良、冷え性、発育期
A用法用量 成人:茶匙1杯量(約5g)、11歳〜15歳未満:茶匙2/3量、8〜11歳未満:茶匙1/2量 そのまま、または温湯でうすめて1日1〜2回服用する。

2)瓊玉膏の適応症
瓊玉膏の最近の研究内容と臨床を総合すれば次の効果が期待される。
(1)滋養強壮:食欲不振、肉体疲労、虚弱体質、病後の体力低下、胃腸虚弱、血色不良、冷え性、発育期
(2)骨粗鬆症(骨多孔症)
(3)精神的ストレス
(4)産後回復、不妊症
(5)発育期、老化防止
(6)免疫増強及び抗活性酸素
(7)糖尿病及びその合併症
(8)高血圧
(9)糖尿病性高脂血症
(10)胃潰瘍
(11)記憶力障害、認知症の予防効果と認知症進行予防
臨床では、以上の症状に瓊玉膏を広く利用している。

3)瓊玉膏適応症の裏付け
 瓊玉膏の適応症は、伝統文献の臨床経験と薬効研究を総合すると、次のように利用される。

(1)骨粗鬆症(骨多孔症)の治療及び予防に有効
 動物、植物、または動く生命体において、骨格は形態を維持するのに基本の支柱である。人間は若い頃は骨格が固くて強いために、精力的に活躍することができる。しかし、高齢になると脊椎、関節等が段々弱くなって挙動が困難になり、活動が不可能になると、骨粗鬆症(骨多孔症)と共に急速的に老化現象が起こる。また、関節リウマチになれば、不治の慢性病になる。これらは、体の支柱である骨の中の骨髄が不足、あるいは弱いことから起こるのである。この症状を治療するのに、漢方医学では精髓充満と言う単語で表現している。即ち、瓊玉膏を長期に服用すると治療できるということになる。

(2)何事にも消極的で、ストレスを受けている人が服用する
 人間は動物の中で、意志を持っているので、世を支配している。意志が弱いと、消極的で単純な事にもストレスを強く受け、自身を蔑視し、自身を失い、意欲がなくなり、うつ状態にまでつながることがある。この症状を治療することを漢方医学では、真気平温、元気補、と言う単語で表現している。即ち、瓊玉膏を長期に服用すると自信がつき、何事にも積極的で気持ちが軽くなる。

(3)食欲不振、胃腸虚弱、肉体疲労、病後体力回復に服用する
動物は飲食を通じて動くためのエネルギーを産生することで活動する。すべてのエネルギーは生産は、臓器の役割により変わる。食物を消化吸収する胃腸が虚弱になれば、食欲不振、肉体疲労感、意欲喪失が起こり、体が弱くなるという悪循環を繰り返すようになる。
 また、腸管には全身の免疫を司る免疫司令部があると前述したが、胃腸が虚弱になると多様な病原菌の侵犯を受け、疾病にかかるのは勿論、老化も進みやすく慢性病への近道をつくることになる。

(4)血色不良、冷え性改善、産後・病後の体力回復に服用する
 医師は内科的診察の際、最初に顔の血色や舌と目を観察する。貧血あるいは血液循環と内臓の状態を確認するためである。それより診察の方向をある程度予測してから診察が始まる。
 瓊玉膏の構成生薬には生地黄があり、この生地黄は瓊玉膏の製造工程において72時間蒸熟される。蒸熟工程は人参等の他の生薬と一緒に生地黄を熟地黄のように変える工程である。熟地黄は血液、特に貧血に著効がある生薬であることは科学的研究により究明されている。冷え性、産後及び病後の虚弱体質回復には、何よりも血を補充することが一番である。

(5)発育期及び老化防止に長く服用する
 瓊玉膏の効能は若返りである。古書によると、瓊玉膏の効能には毛髪黒化、歯牙蘇生、即ち、白髪の髪が黒くなる、老人になって抜けた歯が再生すると記載されているが、それは若返るという意味を極端ではあるものの説明していると思われる。
 古書には次のように記載されている。瓊玉膏を長期にわたって服用すると、填精、補髓、養生、若返りなどの薬膏として、百損を補い、百病を除去する。五臓(肝、心、脾、肺、腎)が充満しあふれ、白髪が黒髪になり、歯が再生し、元気な馬のように駆け回り、1日2〜3回服用すると1日中空腹を感じず、一料の五分の一を服用すると癰病を治し、十分の一を服用すると疲れが取れる、27年間服用すれば360歳まで長寿する。瓊玉膏の効果は、長期間服用することにより現れるを示唆している。

(6)免疫増強及び活性酸素除去に服用する
 瓊玉膏は最近、老化及び慢性病の根源になる抗酸化作用に対する研究がされている。また、瓊玉膏の構成生薬の人参、茯苓、地黄は免疫増強作用をもつ代表的生薬であることが知られている。
 瓊玉膏の老化遅延効果を確認するため、エラー説の中でも活性酸素と関連してフリーラジカルが成人病および老化促進の原因になると言われていることから、D-ガラクターゼを6週間注射した老化モデルラットに対し、瓊玉膏を経口投与した後、赤血球のSOD(superocide dismutase)活性を確認した所、抗酸化酵素であるSODの活性に、統計的に有意性が認められた。
 抗酸化酵素であるGSH-pxの活性を測定した結果、瓊玉膏投与群と非投与群との活性に、統計的に有意性があることが認められたという報告がある。地黄にはマクロファージの免疫複合体消化能に対して亢進作用を示し、また、活性酸素抑制酵素のSOD様活性が確認された報告もある。

(7)糖尿病及び合併症に有効である
 ストラプトゾトシンにより高血糖を誘発させ、瓊玉膏を300,600、1200mg/kg投与してその結果を比較した。

 正常群の血糖値 58.0mg/dl
 高血糖誘発群の血糖値 99.0mg/dl

 瓊玉膏600,1200mg/kg投与群では血糖値73.0、61.0mg/dlで、用量依存的に血糖値を低下させることを有意的に示した。また高麗人参に含有されるペプチド成分が、合併症を阻害すると示唆されている。

(8)糖尿性高脂血症に効果
@総コレステロール及びトリグリセリド抑制効果
 高糖尿病群は、総コレステロール値が64.4mg/dlに上昇
 瓊玉膏300、600、1200mg/kg投与群は、総コレステロール値が各々、46.8、 39.5、 33.0mg/dlで、用量依存的にコレステロールを低下させることを有意的に示した。
A血清トリグリセリド値の抑制効果
 高糖尿病群は、トリグリセリド値が93.9mg/dlに上昇し、瓊玉膏300,600,1200mg/kg投与群では、トリグリセリド値が各々、72.4、59.5、54.8mg/dlで用量依存的にトリグリセリドを低下させることを有意的に示した。

(9)高血圧の抑制効果
 高血圧を誘発したラット(SHR)に、瓊玉膏の溶液、または血圧降下薬のプロプラノロール溶液を、用量にあわせ、1日1回12日間経口投与したところ、次のような結果が得られた。
 高血圧誘発群の最初の血圧を100として換算した。
 対象薬物のプロプラノロール30mg/kg投与群では、3日目から血圧降下作用を有意的に示した。また瓊玉膏300,600mg/kg投与群では、9日後から血圧降下作用を有為的に示したが、1200mg/kg投与群では投与当日から血圧降下作用を有為的に示した。

(10)抗胃潰瘍作用
 対照群(生理食塩水100ml/kg)
 瓊玉膏水溶性エキス(100,200,400mg/kg)
 対照薬物群(シメチジン 50mg/kg)
 まず、36時間絶食後に、アスピリン100mg/kgを経口投与して胃潰瘍を誘発した。
 潰瘍誘発6時間後から、1日3回、3日間、各試料を経口投与し、36時間後に、開腹して潰瘍係数を算出した。
 対照群(生理食塩水)の潰瘍係数は6.4±0.55で、対照薬物群(シメチジン50mg/kg)の潰瘍発生抑制率が55%、55%、67.5%で、用量依存的に潰瘍発生抑制の効果を示し、瓊玉膏水溶性エキスは抗胃潰瘍剤シメチジン50mg/kgより有意に効果があった。

(11)結核菌への有効性
 瓊玉膏の結核菌に対する研究を紹介する。
 実験目的:結核治療に使用されている抗結核製剤は、薬剤耐性と肝毒性による肝炎、アレルギー反応による発疹及び消化器障害等、多数の副作用が起こる可能性があり、またこれらの副作用による服薬中断は、治療失敗の原因になっている。それで実験者らは、臨床で疲労及び労療治療に瓊玉膏が多く応用されていることに着眼し、抗結核剤の耐性を低下させ、副作用を減少させる目的で、結核菌に対する瓊玉膏の効果を濃度依存的に検討した。
 @結核菌(Mycobacteria tuberculosis,M.avium,M.intracellulare,M.gordonae)の耐性度
 A抗結核剤(RFP;リファンピシン、CFN;シプロフロキサシン)
 B瓊玉膏(500?g/ml、250?g/mll、25?g/ml)
 C耐性判定:結核菌を摂取した後、培養気で培養して、菌のコロニーのの耐性度を判定
 a.RFPと瓊玉膏の混合投与時における結核菌の耐性度
 対照群の結核菌は継続的に生存数が増加することを示した。これに比べ、RFP投与した培地における生存数は1日目以降、持続的に有意に(p<0.001)減少し、瓊玉膏を投与した培地における生存数は5日目以降持続的に有意に(p<0.001)減少した。またRFP+瓊玉膏を投与した培地における生存数も5日目以降、持続的に有意に(p<0.001)減少した。RFPの単独投与では、結核菌の抗結核剤に対する耐性により、18日め以降に生存数が急激に増加を示したが、RFP+瓊玉膏を投与した場合には18日目以降でも、生存数は持続的に減少を示した。

b.CFNと瓊玉膏の混合投与時における結核菌の耐性度
 対照群の結核菌は継続的に生存数が増加することを示した。これに比べ、CFN投与した培地における生存数は1日以降、持続的に有意に(p<0.001)減少し、瓊玉膏を投与した培地における生存数は7日目以降、持続的に有意に(p<0.001)減少した。またCNF+瓊玉膏を投与した培地における生存数も5日目以降、持続的に有意に(p<0.001)減少した。CNFの単独投与では、結核菌の抗結核剤に対する耐性により、18日目以降に生存数が急激に増加を示したが、CFN+瓊玉膏を投与した場合には、18日目以降でも、生存数は持続的に減少を示した。

c.瓊玉膏と抗生剤(CNF,RFP)混合投与時における結核菌の耐性度
 瓊玉膏と抗結核剤(CNF,RFP)の混合投与において、抗結核剤(CNF,RFP)の混合投与時に、さらに瓊玉膏を混合したものが、強い抗結核効果を示した。
上記の結果から結核患者治療時に、抗結核剤と瓊玉膏を同時に投与することによって、結核菌の薬剤耐性を減少させ、治療効果が期待される。

(12)記憶力障害改善及び認知症予防と認知症進行予防に有効
人間の最近の記憶は脳の海馬組織で記憶貯蔵されるが、古い記憶は大脳皮質で記憶貯蔵される。認知症患者は、昔の事は比較的記憶しているが、最近の事件やヒトの区別認知力、場所位置、時間的概念、自分の生年月日、家の電話番号等に対する記憶力がないのが特徴である。もっとひどくなると、食べものと排泄物の区別も出来なくなる。日頃から尊敬してきた祖父母、あるいは父母が一人で生活する事が不可能になり、家族や周囲の人達にとって精神的にも肉体的にも負担となるため、大きな社会問題になっている。
 認知症は完治しない病気であるが、病状は徐々に進行するため、発病初期に発見して進行を遅らせることが最善策である。
瓊玉膏の認知症に対する効果を確認するために、表で表した研究結果を紹介する。

@瓊玉膏の脳神経保護効果『実験例』
 a.実験動物:マウス(モンゴリアン・ジャービル) 
 b.実験モデル:全脳虚血モデル(BCCAO)
 c.実験群
 
 Sham               無処理群
BCCAO            全脳虚血誘発群(陰性対照群)
BCCAO+KOK(0.25)    全脳虚血誘発+瓊玉膏 0.25g/kg 經口投与群
BCCAO+KOK(0.5)     全脳虚血誘発+瓊玉膏 0.5g/kg 經口投与群
BCCAO+KOK(1.0)     全脳虚血誘発+瓊玉膏 1.0g/kg 經口投与群
BCCAO+KOK(2.0)     全脳虚血誘発+瓊玉膏 2.0g/kg 經口投与群
BCCAO+MK         全脳虚血誘発+N-methyl-D-asparate(NMDA)3.0mg/kg 腹腔注射群(陽性対照群)

A瓊玉膏の投与が脳の海馬のCAIの細胞死に影響
脳の海馬のCAI細胞死を起こしたマウスの脳を摘出して組織学的に評価した。
瓊玉膏(上記実験群)投与において、脳の海馬の生存細胞と死滅細胞をニッスル染色法で確認した。
 瓊玉膏投与群は瓊玉膏を投与しない群に比べ、用量依存的に生存細胞が多く、死滅細胞が少量で、瓊玉膏2.0g/kg投与群は正常群とほぼ同じぐらいまで死滅細胞が減少していた。

B瓊玉膏の投与が抗炎症に影響
 脳細胞死滅メカニズムに関係する炎症に対する瓊玉膏の影響を評価するため、炎症細胞や微細芽膠細胞、星状細胞及びこれらの細胞が放出する1L-1?を免疫染色法で確認した。
 微細芽膠細胞は無処理群で非活性状態であったが、全脳虚血誘発群では活性化された。また、瓊玉膏2g/kg投与群では、全脳虚血誘発群に比べ、微細芽膠細胞の数が著しく減少する結果を示した。瓊玉膏2g/kg投与群では、全脳虚血誘発群に比べ、星状細胞の数が著しく減少する結果を示し、また瓊玉膏1.2g/kg投与群では炎症性神経伝達物質であるIL-1?の数を著しく減少させた。
 すなわち、瓊玉膏の海馬組織への保護効果を示していると思われる。

C瓊玉膏の当夜投与が記憶力改善に影響
マウスに全脳虚血を誘発して記憶力損傷を起こした後、瓊玉膏を投与した場合の記憶力改善に及ぼす影響を評価した結果である。
 Y字迷路試験及び新規物体認知能評価の結果、瓊玉膏2g/kg投与群は対照群に比べ、記憶力改善効果を有意に示した。
 上記の結果から、瓊玉膏は、海馬組織保護、細胞死滅の原因である脳抗炎症効果及び脳細胞生存に対する効果があることが認知された。
 認知症の項で言及したが、認知症は進行は遅くなるという特徴があるので、瓊玉膏1回あたり5gを1日2回、長期的に服用して、認知症の進行をさらに遅らせることができれば、余生を充分におくることが可能と思われる。
 ここでは、慶煕大学校薬学大学の柳教授チームと廣東製薬研究所が共同研究で発表した一部を紹介した。

(13)酸化的損傷による心筋細胞枯死に対する瓊玉膏の防御効果
 心血関係の疾患は、発病後に深刻な合併症が起こる可能性があり、また持続的な治療が要求される疾患であるため、疾病の予防が治療よりも重要であると認識されている。
 研究者らは、心筋細胞の酸化的損傷に対する瓊玉膏の防御効果を究明するために、H9C2細胞にH2O2を用いて酸化的損傷を誘発した後、酸化的細胞毒性に対する瓊玉膏の効果を確認し、これに関与する抗酸化関連酵素であるヘムオキシゲナーゼ-1及び関連タンパク質の発現の様相を調査した。その結果を紹介する。

 @酸化的損傷によるH9c2心筋細胞の生存率変化
  酸化的損傷によるH9c2心筋細胞の生存率変化をみるために、複数の濃度のH2O2でH9C2心筋細胞を12時間処理し、MTT方法で測定した。
a.H2O2濃度処理群によるH9C2心筋細胞の生存率
 -0.05mM H2O2処理群:対照群より73%生存
 -0.1mM H2O2処理群:対照群より31%生存
 -0.2mM H2O2処理群:対照群より25%生存
 H2O2が高濃度になるにつれて、生存率は減少し、酸化的損傷を確認した。

b. 0.15mM H2O2処理後、時間経過によるH9c2心筋細胞の生存率
 -2時間後から徐々に減少
 -6時間後、約62%の細胞生存
 -10時間後、約38%の細胞生存
 -12時間後、約34%の細胞生存
 H2O2により、H9c2心筋細胞毒性は時間が経過するにつれて蓄積され、DNAの分節に関する典型的な細胞枯死であることが確認された。

AH2O2によるH9c2心筋細胞枯死に対する瓊玉膏の影響
 実験プロトコールにより、H9c2心筋細胞に対し、0.5mg/ml及び1mg/mlの瓊玉膏を同時処理、30分前処理及び12時間前処理した後、それらをH2O2(0.15mM)で処理して、細胞生存率の変化をMTT方式で調査した。
 -瓊玉膏で12時間前処理したH9c2心筋細胞生存率は39%
 -瓊玉膏を同時処理(1mg/ml)群では48%生存
 -瓊玉膏で30分前処理(1mg/ml)群は82%生存
以上の実験結果から、瓊玉膏の前処理群が同時処理群より高い生存率を示した。

BH2O2によるH9c2心筋細胞枯死に監に関し、心筋細胞の酸化的損傷に対する瓊玉膏の防御効果として、生体内抗酸化酵素であるヘムオキシゲナーゼ-1の発現を確認するため、ウエスタンブロット解析を試みた。
 H2O2単独処理時におけるヘムオキシゲナーゼ-1の時間依存的発現
 H2O2酸化的損傷に対する瓊玉膏の防御効果にとして、生体内抗酸化酵素であるヘムオキシゲナーゼ-1の発現を確認したところ、瓊玉膏を30分処理した場合に、明確に防御効果を示した。ヘムオキシゲナーゼ-1は、瓊玉膏の量に対し、濃度依存的に発現が増加し、対照群水準にまでH2O2酸化的損傷が回復した。

CH2O2によるH9c2心筋細胞枯死に関するFas/FasLのタンパク質発現に対する瓊玉膏の効果
 H2O2による心筋細胞の酸化的損傷に対する瓊玉膏の防御効果に関して、細胞枯死調節関連タンパク質であるFas/FasLの発現をしるために、ウエスタンブロット解析を試みた。
 0.15mMH2O2処理の4時間後からFas蛋白質の発現の増加が観察された。
 またFasに結合するFasLタンパク質も4時間後から発現が増加した。
 Fas/FasLの発現に関し、0.5mg/ml、1mg/mlのけいぎょくこうで30分前後処理した後、発現を確認すると、Fasは瓊玉膏の量に対し、濃度依存的に発現が減少し、対照群水準にまで回復した。
以上の結果から、瓊玉膏は酸化的損傷から心筋細胞を防御する効果を示したので、虚血性心疾患などの心血関係疾患に有効活用できることがわかった。
 また、瓊玉膏は発病してから服用するより、発病前から服用するのが有効であることが示された。

(14)不妊に効果がある。
 瓊玉膏は古書に効果として精髄充満と記載されている漢方である。精髄充満は男性の精子が元気で活発であると言う意味である。そこで、実験中ではあるが、筆者らが共同研究で不妊に対する実験をした所、瓊玉膏の投与により雄のラットの精子が活発になったため、メスのラットの受精や、補精に有効として、不妊治療に活用できるのではないかと期待している。

4.瓊玉膏の製法
 瓊玉膏には水を全く使わずに、蒸熟の特殊性により製造している。

1)文献的製造方法
 漢方薬の修治法が詳細に収録されている方薬合編には、瓊玉膏の製法に関して、次にように記載されている。
『左和均 入磁缸内 以油紙五重 厚布一重、 緊封缸口、置銅●内、水中懸、胎令缸口出水上、以桑火煮三書晝夜、如鍋内水減則、用煖水添之、日満取出、(換紙紮口 以りょう封固  懸井中一日取起)再入舊湯内、煮一晝夜、以出水気、乃取出、先用少許 祭天地神し 然後毎十二● 温酒調服、不飲酒、白湯下、日二三服、須於不聞鶏犬声、不令婦人、喪服人見之』

瓊玉膏の基本処方
 生地黄取汁  16斤
 人参       24両
 白茯苓      48両
 白蜜(蜂蜜)   10斤

上記の基本処方に次のような成分を加えることもあり、次にように記録されている。
(1)一方加:琥珀、沈香    各五錢
(2)一方加:天門冬、枸杞子  各1斤(益壽永真膏という)
(3)一方加:天門冬、麦門冬、地骨皮  各八両

 即ち、瓊玉膏の基本処方である人参粉末24両、白茯苓粉末48両、(一方加漢薬粉末包含)と生地黄の絞り汁16斤、蜂蜜10斤等をよく混合して均等にし、陶磁器に入れ、油紙5枚を重ね、その上に厚い布で陶磁器の口をきちんと封し、銅の水浴槽に入れ、陶磁器の口は水の上に出る様にして、桑の木を燃料にして火を焚き(温度を一定に)、三昼夜蒸熟する。
 もし銅の水浴槽に水がなくなると、温水を補充し、一定時間経った後、油紙を交換して再びきちんと封をして、井戸の水につけてぶらさげ、一日冷却した後、はじめの銅の水浴槽に入れ、また一昼夜蒸熟する。出来あがれば、まず少量を取り、天地神しに祈りをささげた後、1日1〜2杯を温水で服用する。
 製造する時に、ニワトリや犬の声が聞こえない山奥で、また、婦人や喪服を着た人を見ないようにと記載されているのはそれほど丹精をこめて製造するということをいっている。

6.瓊玉膏の製造工程
 生地黄は秋に収穫して1年間使用するので、品質を一定にするために、貯蔵に最も気を付けなければならない。そのための貯蔵費用が余計に掛かる。

1)生地黄の搾り汁の作製工程
 生地黄はそれ自体の新鮮度が大切である。即ち、生地黄を採取または保管の際、傷をつけず、一定の大きさで、収穫当時の水分をそのまま保持しているというような新鮮度が、製品の品質を左右する。
 生地黄の保管及び洗浄、生地黄の搾汁機での搾汁、生地黄の搾汁液の運搬、調製工程の時等には、一切、鉄製のものと接触しないようにする。また混合調製、蒸熟工程などの時にも一滴の水も加えないことが重要である。

2)混合調製及び蒸熟工程
瓊玉膏の製法は文献の製法を遵守して機械化し、GMP規定に適合するようにして製造する。
 蒸熟タンクに人参粉末、茯苓粉末、枸杞子粉末、沈香粉末と蜂蜜、生地黄汁を処方の通り入れ、攪拌しながら80℃で72時間蒸熟し、一晩放冷後、また24時間掛けて』完全に蒸熟する。瓊玉膏は、生地黄の搾り汁と蒸熟工程の蒸熟度で、品質が決定される。

3)充填工程
(1)洗瓶工程
瓊玉膏を充填する瓶の洗浄は次のように行う。
常水洗浄→洗剤洗浄→熱水洗浄→精製水洗浄→乾燥→検査→充填
(2)充填時、瓊玉膏には粘度があるので、充填量に注意して充填、包装する。

4)瓊玉膏の処方構成と蒸熟後の成分変化
瓊玉膏の製造工程で最も重要なことは、生地黄の搾汁工程と蒸熟工程である。東医宝鑑には瓊玉膏の製造場所は『須於不聞鶏犬声、不令婦人、喪服人見之』、即ち、犬やニワトリの声が聞こえない場所で、婦人と喪服を着た人は立ち入りを禁ずるとされている。これは瓊玉膏の製造蒸熟の際、製造条件に丹精を込めて製造することを意味している。それでは瓊玉膏の蒸熟工程後、成分がどのように変化するのかを考えてみる。

(1)人参の成分変化
 蒸熟後の人参の成分変化:72時間の蒸熟過程において人参は蒸熟される。
 人参を瓊玉膏のその他の構成生薬と一緒に蒸熟すると、人参単体では見られない新しい成分のピークが見られる。

(2)生地黄の成分変化
 生地黄の搾り汁を瓊玉膏のその他の構成生薬等と蒸熟すると、生地黄単体では見られない新しい成分のピークが見られる。

(3)製剤学的観点から生地黄を搾り汁にし、その汁を用いたことで水を一滴も使うことなく蒸熟により膏剤化を可能にした。
瓊玉膏の製剤において蒸熟することは、単純に人参や生地黄の成分変化があるというだけではない。数百年前に瓊玉膏の処方構成やその時代は温度計がなかったにも関らず、桑木の根を火に焚いて蒸熟の温度を一定にし、72時間蒸熟して、一晩放冷後、再び蒸熟するという特殊醗酵概念を得ていたことや、また蒸熟することで生薬の成分を変化させて薬効を増加し、瓊玉膏と命名したことは、本当に瓊玉膏が霊薬であることを示しており、50年以上漢方の製剤や漢方薬の活性を研究してきた著者も、この先祖の知恵に感嘆し、頭が下がる。



慢性病(生活習慣病)

@老化の構造と慢性病
 生老病死の人類法則がある。人間をはじめ、すべての動物は生老病死の必然的不変の法則の中で生きている。即ち人間は父母を通じて生命を持って生まれ、自然環境の中で生命を維持しながら成長し、最後には病気にかかって死亡」することである。
 人間は大昔から、健康で長寿でありたいという欲望がどの動物より強く、自然環境に適応し、知恵を発達させて地球を支配してきたと推測される。
 地球上の人類は、科学を発展させ、月、火星まで征服しようとする現在といえども、絶えず健康的に活動し、寿命をいかにして延ばし、長生きするかを最大の課題として努力してきた。人間が長寿と健康のために投資したものを金額で換算するとすれば、人類が使用している数字では表現できないほどの金額を長い歳月に渡って投資してきたが、生老病死の法則を屈服させることはできなかった。
 しかし経済的生活向上と医療の発展によって、平均寿命は多少延びるようになった。日本人の平均寿命は明治、大正時代には男女ともに50歳を超え、昭和22年、昭和25年には男性59.6歳、女性63歳に、昭和59年には男性74.5歳、女性80.2歳となり、名実ともに人生80年時代を迎え、高齢化社会になったわけである。しかし今日、科学の発達に加えて経済的開発によって最大寿命が延びてはいるものの、環境破壊、空気汚染、水不足と汚染、オゾン層破壊による紫外線増加等の環境変化は、高齢化時代に『QOL』(quality of life:生活の質)の点からは、深刻な社会問題となっている。
 老化とは何か、また老化はどのように起こって死亡するのかは、誰もが疑問に思っていることである。昔から多くの学者達によって、老化学説が提唱されてきた。Strehlerは、老化の特徴として普遍性(universality)、内在性(intrinsicality)、進行性(progressiveness)、時間依存性(time dependency)、有害性(deliteriousness)の5つを提示している。
 人のように多細胞動物においては、再生系細胞より非再生系細胞の老化が、個体の老化に大きく影響を及ぼすと報告されている。非再生系細胞中でも、神経細胞の老化が個体の寿命と密接に関係があると言われている。哺乳動物では、脳の重量と個体の最長寿命との間に一定の関係式が成立するというSacherの科学的報告があるだけでなく、老化に対する機序等が明らかにされている。
 老化の最も基本的な形態的特徴は、実質細胞数の減少と、生理的変化による疾病の増加で、特に表には現れにくい臓器機能低下の背景を持つ疾病が多い。また臓器の障害を惹起し、多くの臓器不全を起こしやすい症状は一定でなく、回復も遅く、慢性化もしやすい。また回復した後でも、日常生活の活動がよくないのが老人病疾患の特徴である。特に人間は直立歩行動物(homo erectus)でありながら、頭を使って思考する動物(homo sapiens)であるため、機能損傷によって挙動ができない時や、認知症、脳中風等でひとりで生活できない時に、家族や周辺の人々にも負担をかけることになる老人病疾患は、高齢化社会において最も深刻な問題である。特に共働きが一般的になっている現代人にとって道徳的な観点から必ず父母と一緒に暮らしながら親孝行をしなければならないことが昔話となってしまった現在では、高齢化比率が高くなるほど労働力が減少するので、結果として国が高齢化するのと同じ事になる。したがって高齢化を迎える国は、単純に長寿化するだけでなく、老人福祉施設の設置、身寄りのない高齢者の対策、またいかにして自立的で健康に老年期を迎えるかの対策に苦心しているが、何よりも老化と関係する認知症、高血圧病、糖尿病、関節炎、骨粗鬆症(骨多孔症)等の老人性、慢性病の予防対策が、人類の最大課題である。
 したがって、21世紀の地球人類の健康は現代医学だけでは守ることができないことから、伝統医薬あるいは自然健康食品で病気にかからないようにする予防医学を提唱している未来を見据えた医学者達と同様に、天然薬物及び天然健康食品で病気を予防していく必要がある。そのため本書は、伝統医薬処方と慢性病との関係を絡めて記述したい。

1.慢性病と生活習慣
 老化と慢性病は夫婦のように切り離せず、同時に進行する。老化は決して元に戻らない不可逆性のものであり、何人も避けることのできない不可避的なものである。
 しかし、高齢者はヒトによって差異がある。高齢で気力は劣るけれども慢性病なしに一生を平穏に暮らす人もいれば、老年期に慢性病を煩い、本人はもちろん家族にまで苦労をかけて一生を終える人、また中年期から高血圧、糖尿病、癌、痛風等の慢性病にかかり、不幸に余生を暮らす人もいる。
 一般的に慢性病は遺伝性だと思う人が多い。勿論、遺伝的要素もあるが、それよりも平素からの生活習慣により慢性病が発生することが知られるようになってから、慢性病は生活習慣性の疾患であるという学者達がおおくなった。それほど慢性病は平素の生活習慣と密接な関係があるため、慢性病予防のために正しい生活習慣が必要であると解釈される。
 本書では、慢性病にかからないように自分自身が前もって予防することを目的として、発病原因と発病原理を詳しく説明することで、本人自身の知識を通じて生活習慣の改善と予防効果が高められるよう、予防的な観念を中心に記述した。また慢性病にかかれば専門医の治療を受けるため、治療法はなるべく簡素に書いている。


2.健康のための正しい生活習慣
1)食生活 2)性生活 3)精神的ストレスの解消 4)適度な運動などは、基本的生活習慣である。

1)食生活
 動物は食べることそのものが生きていることである。動物は行動する生き物で、食べることと身体の新陳代謝と運動は、必須的行動であり、吸収排泄のバランスを維持しながらエネルギーを産生することが、基本条件である。この吸収排泄のバランスが崩れると、身体は非正常状態の肥満、糖尿病、高脂血症、高血圧、痛風等の慢性病にかかりやすくなる。
 ひとつの例になるが、食べものが沢山ある精米所のニワトリは土を掘りながらエサをさがして生きる放育ニワトリより不幸であるという古いことわざがある。精米所のニワトリは周辺に米が沢山あるので、おもに米を捕食しながら楽しく暮らすようにみえるが、放育している一般のニワトリの方が、食べ物をさがして活動をしながら様々な食べ物を食べるため、耐因性が強く健康である。人の生活も同じく、食べたい時に食べ、食べたくない時は食べない、、また美味しいものだけを好んで食べる、運動や活動を嫌がる生活をすると、慢性病の近道になる。
 このような食生活習慣、労易主義による運動不足、競争社会、職場ストレス時代に向き合っている現代人の生活では、肥満、糖尿病、高血圧、痛風、関節炎等の慢性病にかかるのは当然だと思われる。最も問題となるのは、病気にかかれば現代医療に依存する、またダイエットの目的で欠食や無理な節食をしたりする、運動はフィットネスクラブやゴルフのような楽しい運動に依存する傾向が多くなっていることである。また生活向上により、日常の食事では美味しいものだけを追求し、多色するので、肥満、糖尿病、高脂血症が21世紀の人類の脅威となっている。
 人は動く動物であり、1日3食食べるのが正常で、偏食と過食をしない規則的な食生活と適度な運動は生命維持の基本である。人体活動のエネルギー供給源となる食物は、腸管を通じて栄養分が吸収され、代謝過程を経てエネルギーが各臓器細胞に供給され、その事によって人は活動できる。したがって、このエネルギーに対する運動と消耗のバランスが取れた生活習慣が、健康を左右する。
 食生活習慣において喫煙と過飲、過度なトランス脂肪の摂取は、有害無得であり、また肉類の大量摂取を適切に調整する生活習慣が望ましい。
 食欲が旺盛で多色する人は、しょくじの前あるいは食事の最初に、適度に甘いものを食べるのが良い。甘いものは食べた時の満足感が大きく、先に甘いものを食べるとその後、沢山食べなくても満腹になりやすいため、これを利用するのも良い方法だと思われる。甘いものは砂糖が代表的である。砂糖は肥満、糖尿病には望ましくないものであるが、日常生活で完全に禁食するのも困難である。砂糖を利用するときには、精製した白糖より、粗精製したキビ砂糖の方が良い。精製していないキビ砂糖の黄色物質にはフェニルグルコシドが沢山含まれており、このフェニルグルコシドは腸管において炭水化物の吸収を抑制する作用があるため、食べた砂糖や穀類中の炭水化物の吸収が抑制されるからである。

2)菜食と肉食の比
(1)人は菜食と肉食の雑食動物である。では野菜と肉を食べる比率はどの程度が良いのか、疑問が出てくると思われる。それは人によって差異があるが、人体構造的に考えてみると、人間の歯牙の構造は32本になっている。
 門歯-8本(細切)
 犬歯-4本(細切補助)
 臼歯(奥歯)-20本(粥状に細磨)
 8本の門歯で細切、犬歯は細切補助、臼歯(奥歯)は粥状に細磨する役割をする。
牛、馬、象、羊等の草食動物は門歯の8本で細切し、臼歯を上下左右に動かしながら植物類を細かい粥状にして消化する。ライオン、虎、犬、猫等は犬歯が発達しており、犬歯で肉に噛み付き臼歯(奥歯)を上下に動かして肉類を消化する。人間は歯牙の構造から雑食動物である。人の歯牙は門歯と臼歯を合わせて28本、対する犬歯は4本で、『7:1』の比率で構成されている。したがって、人は身体構造からみて、日常の食事の比率は、菜食87〜88%、肉食12〜13%で摂取するのが適切であるとみられる。即ち、肉類は1週間に1回程度、野菜類と一緒に食べるのが、望ましいと思われる。

(2)旬のもの
 人間は自然環境の中で暮らしている。地球は1年365日、春夏秋冬の四季があり、春は万物が蘇生する季節で、植物は芽を出し花が咲く、夏は成長、秋は成熟、冬は貯蔵と冬眠の季節である。それらの季節を繰り返す環境の中で、すべての動物は自然と共存しながら、生老病死法則の下で生命を維持し、最終的には自然に帰化する。人間も同じように自然環境の中で共存しながら生命を維持するので、季節に合った食べ物、つまり旬のものを摂取するのが健康に良いと考えられる。特に旬の野菜類は輸入品よりも、自身が日頃居住している地域で生産されるものが健康に最も良いと言われている。『産地地消』、『身土不二』といった言葉があるが、自然と生活の摂理ともいえよう。
 すなわち、春にはヨモギ、タケノコ、山菜やその乾燥品、夏にはトマト、スイカ、イチゴ等の夏の野菜、秋には各種の成熟した果実類、穀類、野菜類、冬には穀類、醗酵食品(キムチ、味付け)、茶類などや、その季節に多く取れる魚介類の料理、また体を強くする旬の素材を摂取するのが良い。

3)家庭の生活習慣と性生活
 『三つ子の魂百まで』と言うことわざがある。子供の頃の生活習慣は人の一生の人格形成に関ることは勿論、自身の人生において健康的に生きられるかどうかを左右するといえる。
 社会活動は家庭から始まり、家庭の平和は社会生活を円満にする。また家庭の平和は夫婦の円満な性生活と密接な関係があり、健全な性生活は健康にも大きな影響を与える。
 性生活も食生活と同じく、節制の上、若い時から夫婦の生活環境に合わせ、規則的に性生活をすることが、老化防止や疾病の予防と健康に良い。即ち、乱れた性生活は老化と慢性病を促進すると共に、職場生活においても集中力が落ちる。食事の量と日頃の性生活は8文目に調整するのが長寿の秘訣だと言われている。鶴と亀は夫婦間で性生活を調整し、食べ物は活動の合わせて量を減らすので、長生きすると言われている。日常生活において夫婦が互いの人格を尊重し合い、譲歩し合う、真心の愛も大事な性生活の一部であり、家庭の平和の鍵となる。反面、無節制な性生活や不倫による性生活で家庭の不和等を起こすと、家庭は不幸となり、慢性病を引き起こすだけでなく、老化が早く、短命で人生の末路がよくないことは当然である。

4)精神的ストレスの解消と適度な運動
 現代人は、職場、社会、国家間等、激しい競争の中で生活をしている。21世紀になって科学の発達により、物があふれた豊かな生活をしているが、時代にあった経済水準にすべての人が達しているとは言えないため、就職難、子供の教育費、職場の上司や同僚間、または業務等で受ける精神的ストレスの累積は、その度を越えている。精神的ストレスの累積は高血圧、心疾患、糖尿病、うつ病、関節炎、癌等の慢性病の根源になるとの学会報告は、もはや新しいことではない。社会生活において避けることができない精神的ストレスを、薬や医師に頼って解決しようという考えは間違ったことである。自分が日常生活において受けるストレスは、まず自身で解決する方法を探し出し、習慣化して治すべきである。

 精神的ストレスを解消することは簡単にはできないが、すべてにおいて肯定的思考を持つ、職場の同僚たちと打ち解ける、趣味生活を通じて自身を持つ、家族とは会話により家庭を平穏にする、宗教生活、尊敬する先生または先輩、親友、恋人との会話を持つ、目的を完成した時の達成感を増大する、仕事の際はこの仕事があるから自分が必要であると考える、また仕事があるから家族の幸福があると肯定的に思うことで、ストレスを解消する。あるいは適度な運動などで、精神的ストレスを解消する方法が何よりである。


A生活習慣病
 成人病は加齢の病変であり、病勢の進行を止めることはできないとされてきたが、現在では生活習慣病と称される成人病の過半数が、生活習慣を変えることにより、病気を確実に予防ができることから『健康日本21』が厚生労働省により策定された。
生活習慣病予防としては、健康と栄養を考えた食生活、運動を通じた肥満、動脈硬化、高血圧症、脳出血などの循環器病病の防止、睡眠によるストレス緩和と休養、節煙および禁煙による心臓病のリスクの低減、適度なアルコール摂取による心身のリラクゼーション、歯の健康、糖尿病予防、そして癌の早期発見などが挙げられている。以上をみると、いずれにしても、生活習慣を通じた予防が求められる。結局、自然との親和する生活を意味している。

癌(Cancer)
 癌は手足の爪、毛髪をのぞく、身体中どこにでも発生する恐怖の疾病である。
 世界人口の約1/4が癌によって死亡している。また勧告の死亡原因の1位が癌による死亡であり、毎年7〜8万人が癌により死亡している上、、癌患者は毎年増加している。治療中の患者が10余万人で、新しく発生する患者数も10余万人に達すると専門家達は推測している。
 20世紀にめざましい発展をとげた現代医薬であるが、癌は今も難攻不落で、癌退治のために医、薬、生物学者たちは、昼夜兼行で研究している。

1.癌の正体は何か
癌は正常細胞が何らかの原因で突然変異を起こし、発生する。
1)癌は60兆に達する正常細胞の中、最初はひとつの細胞が突然変異を起こし、発生する。(Initiation Promotion)

2)突然変異細胞は細胞死滅がなく、無限に増殖する。

3)癌細胞は多くの栄養分を要求し、無秩序に正常細胞へ機能障害を与える。

4)癌細胞は不可逆的で、正常細胞に戻ることなく、全臓器に転移拡大する。

5)増殖速度が非常に早い。

6)癌は始めに発生する原発巣癌と、転移癌がある。
原発巣癌は早期に発見すれば手術や薬物治療により治癒できるが、転移癌は全身に転移するため、免疫が低下し急速に増殖速度を増す。

7)難治病である。
 ヒトは誰でもオンコジーン(Oncogene)という不活性の癌因子を持っている。ヒトが身体的、あるいは精神的ストレスを継続的に受け、刺激が累積すると、不活性Oncogeneが活性化されて癌を誘発するとの学説がある。Oncogeneを活性化する条件は日常生活習慣が鍵になっていると言える。
 即ち、環境汚染、疲労、過度な紫外線及び放射線の照射、または累積されたストレス等により、呼吸代謝で発生した活性酸素が体内に蓄積されることによって、免疫力が低下して正常細胞が破壊され、Oncogeneの活性と共に細胞の突然変異が起こるとみられている。この突然変異は慢性的刺激(promoter)と変異源(initiater)によって起こる。
 慢性刺激実験のひとつの例を挙げると、ウサギの耳の毛を削り、皮膚をコールタールで擦ることを繰り返すと、皮膚に傷ができて出血し、皮膚や肉がふくれ、修復増殖作用が起こる。このような操作を1年間繰り返すと(動物の癌自然発生は1年以上の期間が必要)、修復増殖作用により修復された皮膚および肉が突然石のように固くなる。細胞に突然変異が起こって癌になる癌は、このような原因などにより、発生する。この実験の通り、慢性刺激(promoter)が突然、変異源(mutagen)になって癌になるのがわかる。

2.癌の予防
 癌は遺伝病であると言われてきた。しかし、最近では生活習慣病であると考える方が説得力を得ている。癌の遺伝性は結果で、原因は生活習慣にあると考えるのである。人類の進化は遺伝子の変化からではなく、環境に適応するために体質の変化から進化している。
 癌を予防するには、まず癌が発生する原因を知ることが望ましい。癌を誘発する変異源の原因は何かを考えてみよう。

進化と人体質変化
人体遺伝子は30億構成→蛋白質生産

人間遺伝子は不変化
環境による人間体質変化
遺伝子校正体質50%-環境50%

 癌の発生原因となる放射線、紫外線、ブレオマイシン(bleomycin),テトラサイクリン系の抗生剤、農薬、除草剤、殺虫剤等が、植物や昆虫の細胞核遺伝子のDNAに、活性酸素(Free Radical)を発生させ、DNAを溶解したり、破壊したりする。即ち、放射線、紫外線、抗生剤等が、人を含めた動植物の細胞核に、大量の活性酸素(Free Radical)を発生させると、DNAが破壊されて死亡する。
  段簿に散布した農薬が米や野菜に吸収されたり、ゴルフ場に散布される農薬や殺虫剤が雨と共に川へと流れたりすると、その農薬や殺虫剤は川の石や砂によって浄化されるが、微量ずつ水道水に混入する。そのため日常生活の飲料水や食物を通じて、我々の体に蓄積される際に、前述した通り、微量ずつ発生する活性酸素(Free Radical)によってDNAが損傷を受け、遺伝子の伝達命令が少しずつ変化しながら、細胞の突然変異を起こし、癌を誘発すつ子とになる。以上のような事実からみると、遺伝子変異の原因は、結果的に環境と生活習慣にあることがわかる。
 癌の字を見てもよく理解できると思われるが、癌の字はやまいだれに、くち(口)が3つあり、その下に山の字がある。癌の字を解析してみると、やまいだれの中の口のひとつは食物を食べる口、もうひとつは呼吸する口、残りのひとつは目には見えない七情(ストレス)を感じる口で、下の山の字は自然を表している。言い換えると、日常生活において自然から遠ざかり、汚染した空気や食べ物を食べ、ストレスを連続して受けることにより、癌にかかると考えると、生活習慣の改善が癌の予防に役立つと思われる。
 一般的に癌にかかるのは遺伝子によるものだと決めつけて言う人が多い。しかし、人の遺伝子は30億個で構成されていると言われ、遺伝子が変化することは滅多にない。もし簡単に変化する遺伝子であったとすれば、先祖から子孫へと遺伝子が伝わってくる間に、癌にかかってしまい、今まで遺伝子を伝えてくることができなかったはずである。癌は遺伝性のものではなく、生活習慣による体質変化が癌を誘発するため、予防できると主張する学者達が増えてきた。したがって親が癌で亡くなったので、遺伝子の関係で自分も癌にかかるのではないかと心配する方がいるかもしれないが、それは杞憂で、環境や生活習慣に気をつけていくのが大事なことであると、学者たちは言っている。

3.癌の転移と早期発見
 ヒトの体には外部的に『ほくろ』あるいは内部的に子宮筋腫、脂肪腫等があるが、これらはある程度成長すると停止して転移しないため、生命には支障がなく、良性腫瘍とよばれる。
 一方、悪性腫瘍(癌)は正常細胞と異なる非正常的な分裂細胞で、ヒトの正常な新陳代謝とは無関係に早い速度で無限増殖し、正常細胞が摂取するべき栄養分を、癌組織の増殖に比例して奪取するので、正常細胞は次第に栄養不足状態となり、癌組織の増殖は加速される。なお重要なことは、初めに発生した癌組織を原発巣癌というが、この原発巣癌がseedとなり、癌細胞から解離及びリンパ離脱されて、血管やリンパ管を通じてからだの各臓器に移転し、早い速度で新しい癌組織を新生拡大することを、癌の転移と言う。この転移した癌細胞に対する治療法は、未だに困難である。

 癌転移に対して、いくつかの過程(process)に分けて、特徴を解析してみると
1)原発巣の増成による周囲組織の融解と血管新生の誘引
2)原発巣からのseedの解離と離脱
3)seedの脈管(血管、リンパ管)への移動
4)seedの脈管内への侵入
5)seedと脈管内の体液成分(リンパ管、血糖タンパク)、細胞成分(リンパ球、マクロファージ、血小板)との相互作用
6)seedの標的臓器(soil)の脈管壁への付着と脈管外への浸出
7)seedによる標的臓器(soil)の組織融解
8)seedによる標的臓器(soil)内への侵入
9)seedによる標的臓器(soil)での血管新生の誘引
10)seedの標的臓器(soil)での増成

以上、癌転移の過程(process)を整理して説明したが、癌転移に最初の段階、癌細胞の腫瘍塊からの離脱に関与する細胞間接着低下に関するカテニンタンパク群の研究、癌細胞の標的臓器への接着浸透過程、Lance Liottaの提唱した血管リンパ管規定膜接着分解運動における3段階での分解に関与するマトリックスメテロプロテアーゼの研究、seed and soil説に対する研究、癌のseedが臓器に安着した後の栄養補充のための血管新生誘引の抑制等、部分的に活発な研究は行われているが、未だに確実な治療法は確立されていない。

4.癌の早期発見
 癌は原発巣癌と転移癌とを区別しており、これらは癌の進行過程を表している。
 上記で胆の発生原因を説明した通り、最初は1個の細胞から変異が起こり、潜在期を経て転移する以前までを、原発巣癌という。この原発巣癌の潜伏期間は相当な期間がある。ただ症状がなく、本人が感じられないため、長い期間、癌の成長を待ったまま生活しているのが一般的な癌患者たちの実態である。この原発巣癌の段階で病院に行って検診を受け、癌を発見するのを癌の早期発見と言う。癌を早期発見すると、手術や放射線療法、薬物治療などによって簡単に治療できる。癌転移に対しては上記過程(process)で説明したように、全身の臓器に転移することにより免疫が急低下し、急速に癌細胞が増殖するため、最先端の現代医療でも未だにほとんど治癒が不可能である。そのため、検診を通じて早期発見するよう、医療機関では受診勧告を行っている。この受診勧告を積極的に利用するのも、癌を予防する方法である。

5.がん予防の勧奨事項
1)次はがん予防医療機関におけるがん予防の勧奨事項を紹介する(大韓癌協会)
(1)偏食しないで栄養分はバランスよく摂取する
(2)緑黄色野菜を中心に果実や穀物など、繊維質を多く摂取する
(3)牛乳と、みそ、しょうゆを多く摂取する
(4)ビタミンA、C,Eを適切に摂取する
(5)適切な体重を維持するため、過食しないで、脂肪質を少量食べる
(6)あまりにも塩分の多いもの、あまりにも辛い食べ物を熱い食べ物を避ける
(7)かびがついたものや、腐敗した食べ物を避ける
(8)火で直接焼いたり、燻製にした肉類や魚介類は避ける
(9)酒は過飲したり、習慣的に飲んだりするのを避ける
(10)禁煙する
(11)太陽光線、特に紫外線に当たり過ぎることを避ける
(12)あせを流すほどの運動はよいが、運動し過ぎる事は避ける
(13)ストレスを避ける、嬉しい気持ちで生活する
(14)沐浴やシャワーを適度に、体は清潔にする

2)日本の公益財団法人癌研究振興財団では、生活において、癌を防ぐための12か条(Twelve Points Precaution For Cancer Prevention)を推奨している。

(1)バランスのとれた栄養をとる(彩り豊かな食卓にして)
 毎日食べている食品の中には癌を誘発する物質と癌を抑制する物質が共存している。
 例をあげると、乳房癌、大腸癌、子宮内膜癌等は脂肪の過量摂取が発ガンと関係ある。反面、ビタミンA,C,E等と食物繊維は、発癌を防ぐ抑制効果があることが知られている。食べ物はヒトが選択するもので、偏食を禁じ、バランスのとれた食事を通じて、食物中の発癌物質の作用を相殺するのが食予防法言えよう。

(2)毎日、変化のある食生活を
  多くのヒト達は好きな食べ物を繰り返し食べることが多い。例を挙げると、精米所のニワトリは米ばかり食べて、一見、幸福に見えるが、産卵率はよくない。また体も弱い。これはいつも米だけを食べるため、免疫が落ちるからである。人参がヒトに良いからといって、人参だけを連続して食べるのもよくない。また肉類を多く食べるをよくないからといって禁食すると、栄養素のバランスが崩れるため、週に1回程度、緑黄色野菜と一緒に食べるようメニューを調整して欲しい。

(3)食べすぎをさけ、脂肪は控え目に(美味しいものも適量に)
 長寿の秘訣は毎回の食事を8分目程度に維持することと言われている。動物実験でラットに好物を制限なしに食べさせた郡と、食事量を60%に制限した郡とを比較した結果、60%に制限した郡は発癌率が低く、長生きしたのが確認された。特に過食の中でも、脂肪の量が問題となる。

(4)お酒はほどほどに(健康的に楽しもう)
 WHO(世界保健機関)の調査により、過度の飲酒は口腔癌、咽頭癌、食道癌と関係があると報告されたことがある。フランスのノルマンディー地方の住民たちは、アルコール濃度が高いブランデーを多く飲む習慣があり、昔から食道癌が多かった。またアルコール度数の高いお酒は、口腔や咽頭、食道等の粘膜細胞に傷を与え、それが癌の原因となると究明された。




1)温経湯(うんけいとう)=不妊症、月経不順、無月経、更年期障害、女性の自律神経失調症によい漢方薬!

KTS うんけいとう

▼よく使われる漢方処方▼
処方名      温経湯(うんけいとう)《金匱要略》
患者のタイプ   虚証〜中間証(比較的体力の低下した人)
使用目標     冷え性、月経不順、月経困難などがあり、手足のほてり、唇の乾燥や肌荒れ、足腰や下腹部の冷え、痛みなどのあるもの。のぼせ、不正出血などの症状を伴うことがある。
適応症      月経異常、月経困難症、不妊症、習慣性流産、不正子宮出血、血の道症、更年期障害、足腰の冷え、湿疹、進行性手掌角皮症など。
成分内容     麦門冬・半夏各4.0、当帰3.0、甘草・桂枝・芍薬・川きゅう・人参・牡丹皮・阿膠・生姜各2.0、呉茱萸各1.0
 本方は金匱要略の婦人雑病門に出ていて、主として婦人の病気に用いられ、金匱要略によると、その目標は月経不順、子宮出血などがあって、冷え症で、下腹に膨満感があったり、下腹がひきつれたりして、掌には煩熱があり、唇口が乾燥するという点にある。
 本方は、きゅう帰膠艾湯の地黄と艾葉を去ったものと、当帰建中湯の大棗を去ったものと、当帰芍薬散の茯苓、朮、沢瀉を去ったものと、当帰四逆加呉茱萸生姜湯の細辛、木通、大棗を去ったものと、麦門冬湯の売る粳米、大棗を去ったものと、桂枝茯苓丸の桃仁、茯苓を去ったものなどを一方にまとめたものとみなすことができるから、これらの方意を相互に参酌して、その適応範囲を考えるとよい。
 方中の麦門冬、当帰、人参、阿膠には滋潤、強壮の効があり、当帰、芍薬、川きゅう、阿膠は補血、止血の効があり、半夏は麦門冬と組んで、気の上衝を治し、桂枝、生姜、呉茱萸は新陳代謝をさかんにして寒冷を去り、牡丹皮は桂枝と組んでお血を治し、甘草はこれらの諸薬のはたらきを調整する。
 本方は更年期障害、血の道症、不妊症、手掌角皮症、湿疹、流産ぐせ、月経不順、子宮の不定期出血などに用いられる。

適応症 
下焦の虚実・血おに血虚をともなうもの:下腹部や腰の冷えと疼痛・腹がはる・下肢の冷え・冷えのぼせ・腹部膨満感などの下焦の虚寒・血おの症候に、皮膚につやがない・口唇の乾燥・目が疲れる・頭がふらつく・手足のしびれ感などの血虚の症候をともない、手のひらのほてり・夕方に微熱がでるなどの陰虚火旺の症候もみられることがある。主症状は月経異常で、月経の遅延あるいは過早・月経過多あるいは減少・不正性器出血・あるいは無月経・不妊症など多彩である。舌質は淡白でお斑がみられる。脈は沈細。

処方解説
 本方は元来不正性器出血に対する処方であるが、月経不順によく用いられる。ただし、処方内容はやや複雑であり、適切な加減を行って使用することが望ましい。
 適応する病態は、「下焦虚寒」「血お」「血虚」「上熱」とかなり複雑である。中医学的には、下焦虚寒のために血行が悪く、これにともなって血おが発生し、虚寒と血おが続くことによって血虚(栄養不良)が生じ、甚だしければ陰虚火旺をひきおこして上部に熱証があらわれると説明される。現代医学的には、主に骨盤内の循環が障害され(動脈側の循環不良が虚寒で、静脈側のうっ滞が血おと考えてよい)、卵巣・子宮などの機能失調が生じ、全身的な栄養障害(血虚)や自律神経失調・異化作用亢進(陰虚火旺)が生じたものと考えられる。上部に見られる熱証は、陰虚火旺による虚熱と骨盤内うっ血による反射的な上部の充血が関与する。不正性器出血主に血おによるもので、月経の遅延は血お・血虚・虚寒に、月経過早は気虚に、それぞれ関与するとされている(詳細については各章節を参考にされたい)。
 以上からすると、本方の適応する月経異常は、不正性器出血、月経遅延・月経過少・無月経・不妊が主となると考えられる。また、異常のパターンによって病態の重点が異なるので適切な加減を必要とするのである。
 主薬は温経散寒の呉茱萸・桂枝で、血管拡張(小動脈側)と血行促進ならびに鎮痛に働く、当帰・川きゅう・牡丹皮は、血管拡張により静脈のうっ血をのぞき、子宮を充血させ筋収縮を調整する。当帰・白芍・阿膠・麦門冬は滋養強壮に働き、体を栄養・滋潤する。阿膠は造血作用があり、カルシウム分などによって止血に働く。党参・甘草・生姜・半夏は、消化吸収を促進し胃腸の蠕動を調整して、他薬の効能を補助する。麦門冬は解熱作用や異化作用の抑制により、白勺は鎮静・鎮痙作用により、牡丹皮は消炎効果により、それぞれ上部の熱証を緩解する。
 以上のように、本方は温経散寒と補血に重点があり、活血化おは補助的である。また、使用にあたっては以下のように加減を行うべきである。
 冷え・腹痛など下焦の虚寒がつよいときには、桂枝・生姜を肉桂・乾姜にかえ、小茴香・艾葉などを加え、清熱の牡丹皮・麦門冬をのぞく、腹部膨満感と疼痛など気滞があきらかなら香附子・烏薬を加える。月経痛・月経血が暗色で凝血塊がまじるなど血おの症候がつよいときには、止血の阿膠をのぞき白芍を赤芍にかえ、呉茱萸・桂枝・生姜・半夏をのぞき、生地黄・女貞子・旱蓮草などを配合する。不正性器出血で持続性かつ色調が淡い・腰がだるいなど腎虚のものには、熟地黄・杜仲・続断などを加え、情熱活血の牡丹皮を益母草や艾葉にかえる。
 なお、本方は日本で手掌角化症・家婦湿疹などに著効があると報告されており、主に補血作用によるものと考えられるが、作用機序については不明である。

臨床応用
 不正性器出血・月経不順・無月経・不妊症・更年期症候群・自立神経失調症・手掌角化症・家婦湿疹などで、下焦虚寒・血お・血虚を呈するもの。

出典 『金匱要略』
1)婦人、下痢して止まず、暮れには即ち発熱し、少腹裏急し、腹満し、手掌煩熱し、唇口乾燥し、お血少腹にありて去らざる証。(『金匱要略』)婦人雑病篇)
2)婦人、少腹寒えて、久しく受胎せず、あるいは崩中(子宮出血の意)、あるいは月水過多、あるいは期に至るも来らざる証。(同上)

腹候
腹力は中等度かやや軟(1−3/5)。お血の圧痛を認める。

気血水
 気血水いずれも関わる。

六病位
 太陰病

脈・舌
 舌質は淡白で、お斑。脈は沈細。

口訣
 きゅう帰膠艾湯の去加方とみなすべきものにて、月経不順等にして、常に腰脚に冷感あり、かつて孕妊せざる証。(奥田謙藏)
 ちょう塊あり、快く血下らぬものは桂枝茯苓丸によろし。そのまた一等重きものを桃核承気湯とするなり。(浅田宗伯)ちょう塊は筋腫などの腫物。

本剤が適応となる病名・病態
 a 保険適応病名・病態
 効能または効果
 手足がほてり、唇が乾くものの次の諸症:月経不順、月経困難、こしけ、更年期障害、不眠、神経症、湿疹、足腰の冷え、しもやけ。

 b 漢方的適応病態
 下焦の虚寒・血お血虚。すなわち、下腹部や腰の冷えと疼痛、腹が張る、下肢の冷え、ひえのぼせ、腹部膨満感などの下焦の虚寒、血おの症候に、皮膚につやがない、口唇の乾燥、目が疲れる、頭がふらつく、手足のしびれ感などの血虚の症候を伴う。かつ、手のひらのほてり、夕方に微熱などの陰虚火旺の症候もみられることがある。

構成生薬
 麦門冬4、半夏4、当帰3、甘草2、桂皮2、芍薬2、川きゅう2、人参2、牡丹皮2、呉茱萸1、生姜1、阿膠2.(単位g)

TCM(Traditinonal Chinese Medicine) 的解説
 温経散寒・補血調経・活血化お・益気和胃。(温経散寒・補血きょお)

効果増強の工夫
 冷え、腹痛など下焦の虚寒が強いときには、人参湯を合わせる。さらに証に応じて、附子末を0.5〜3.0g加える。
 処方例)ツムラ温経湯 5.0g
      ツムラ人参湯 5.0g
      (ブシ末(調剤用)「ツムラ」 1.0g 
        分2食前

本方で先人は何を治療したか?
 瀧野一雄著『新撰類聚方』増補改訂版より
1)月経不順・子宮出血・血の道症・更年期障碍・不妊症・精神分裂症等で口唇乾燥、手掌煩熱、或いは下腹膨満痛するもの。
2)凍傷・乾癬・進行性手掌角皮症などで手掌煩熱、或いは乾燥するもの。
3)下利に使い得る。
4)蓄膿症で、頭痛、手掌乾燥、煩熱するものを治した例がある。
5)急性虫垂炎で、手足煩熱、口唇乾燥するものを治した例がある。
6)潰瘍性大腸炎。


 7)越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)=関節リウマチ、痛風、尿酸値の高い人、帯状疱疹によい漢方薬!

処方名      越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)《金匱要略》
患者のタイプ   実証(比較的体力のある人)
使用目標     関節痛、浮腫、口渇、発汗傾向、小便不利があるもの。喘鳴、せき、四肢関節の腫脹、疼痛、熱感などを伴うことがある。
適応症      腎炎、ネフローゼ、夜尿症、慢性関節リウマチ、変形性関節症、痛風、急性結膜炎、翼状片、湿疹、紅皮症、下腿静脈瘤、ケロイド、鼻アレルギーなど。
成分内容     石膏8.0、麻黄6.0、蒼朮4.0、大棗3.0、甘草2.0、生姜3.0
 本方は、越婢湯に朮を加えたもので、浮腫、利尿減少などの著明なものに用いる。そこで、本方は腎炎、ネフローゼなどの初期の浮腫、脚気の浮腫、変形性膝関節症、関節リウマチ、急性結膜炎、フリクテン性結膜炎、翼状片、湿疹などに用いられる。
 大塚はかつて、一婦人が、ただわけもなく涙が流れ、対談中にも涙が流れるので、人前にも出られず、どのような治療をしても効がなく困却していてものに、本方を与えて、根治せしたことがある。
 また、翼状片を手術しても、再発して困っていたものに、本方を与えて、根治せしたことがある。
 
 自汗・疲れやすい・舌質が淡白など衛気虚の症候があれば、防已黄耆湯加減の変方する。咽痛・口が苦い・高熱などあるいは局所の発赤・熱感など熱証がつよければ、石膏を増量し、連翹・金銀花・茅根などを加える。

臨床応用
 急性腎炎・慢性腎炎急性増悪などで風水を呈するもの。
 炎症性浮腫・湿疹・じんましん・帯状疱疹・関節水腫などにも用いる。

運用の実際
 越婢加朮湯は、麻杏甘石湯と同じ麻黄・石膏の組み合わせからなる基本処方で、消炎解熱の石膏と利水の麻黄・石膏が主薬になっている。一般には以下の状況に用いるとよい。
1.浮腫
(1)急性腎炎・ネフローゼ型腎炎
急性腎炎の浮腫・乏尿、とくに皮膚化膿症・扁桃炎などによる腎炎によい。
ネフローゼ型腎炎では、低タンパク血症・アルブミン低下・?2グロブリン増加・?リポタンパクやコレステロール増加を呈するもの、ステロイドに反応するタイプによい。
 妊娠浮腫や習慣性流産にはよくないといわれている。
(2)炎症性の浮腫
 局所の炎症の初期で、発赤・熱感とともに周辺の浮腫(腫脹)をともなうものに用いる。増殖性を呈する炎症には効果がない。
 急性結膜炎で眼瞼の浮腫がみられるときや、関節炎の腫脹・関節内水腫に効果がある。関節炎では熱感(自・他覚的)・発赤・腫脹・水腫などを呈する急性期や再燃のときによく、関節リウマチ・結核性関節炎などに使用してもよい。ただし、石膏の量が重要で、炎症がつよいときには1日250gぐらいを要することもある。それゆえ、エキス剤では無理なことが多い。
 なお、やや慢性化した関節炎には続命湯を用いる。麻黄・石膏・乾姜・甘草に当帰・人参・桂枝・川きゅう・杏仁を加えたもので、関節周囲の筋肉・組織の委縮や削痩が生じた場合に適し、当帰・桂枝・川きゅうで循環を促進し、杏仁は浮腫を軽減する。
(3)胸水
 湿性肋膜炎の胸水に、小青竜湯加石膏と同様に用いる。
2.湿疹・皮膚炎など
 越婢加朮湯は消炎・抗化膿と利水の効果があるところから、炎症性の充血・発赤と浸出液が多い皮膚病変に効果がある。
 湿疹は、炎症性の浸潤が基礎にあり、漿液性丘疹・海綿状態が特徴である。貨幣状湿疹も発赤・湿潤・ビランした局面を呈し、初発に半米粒大の浸潤のつよい丘疹から湿潤した局面をつくる。このような状態や自家感作性の皮膚炎で同様の状態を呈するものに有効である。
 汗疱状白癬の水疱・膿疱・滲出液の多いビラン面や、化膿性炎症にも用いてよい。石膏が化膿性炎症に効果があるためであるが、抗化膿の金銀花・連翹を加えることも多い。
 ただし、湿疹・皮膚炎などの反応性皮膚疾患や白癬症・真菌症も、以上のような状態だけでなく複雑な病態を示すので、すべてに有効なわけではない。
 一般に、反応性皮膚疾患に消風散を基本にするとよい。

出典  『金匱要略』
●肉極を治す。熱すれば即ち身体津脱し、ソウ理開き、汗大いに泄れ、歯雷C、下焦脚弱なる証。( 『金匱要略』中風瀝節病篇)

腹候
腹力中等度かそれ以上(3-5/5) (腹候図)。

気血水
 水が主体の気血水。

六病位
 太陽病。

脈・舌
 脈は浮滑。舌は薄白苔。

口訣
 ●条文の「肉極」を翼状贅片とみなして、本方で消褪せしめ得る可能性がある。(藤平健)
 ●本方の適応に裏水とあるが、風水(風邪に湿邪の加わったもの)の誤りであろう。(浅田宗伯)

本方で先人は何を治療したか?
 瀧野一雄著『新撰類聚方』増補改訂版より
 1)腎盂炎・ネフローゼ・心臓不全・脚気その他の浮腫で、無熱のときは脈沈、発熱するときは脈浮或いは大で、小便不利するもの。
 2)関節リュウマチで熱候あり、患部浮腫状のもの。
 3)眼病で充血、羞明、めやに、流涙、痛み、或いはかゆみがあり、ただれてきたなく見えるもの。
 4)湿疹・たむし・水虫などの皮膚病で、痴皮、脂漏も混え、きたなく見えるもの。
 5)フルンケル・カルブンケル・皮下腫瘍・筋炎・ひょう疽・潰瘍等で患部がチアノーゼ様に色が悪く、或いは分泌物がきたなく或いは発熱するもの。
 6)脚弱・下肢麻痺・膝がガクガクし転びそうになったり、足の運びが悪い、実証のもの。
 7)紅肢症で冷痛、軽浮腫、口渇、小便不利を治した例がある。
 8)下肢静脈拡張症(バリックス)に用いた例がある。
 9)贅肉・ブテリギウム・ケロイド等に使った例がある。
10)寝小便に使った例がある。
11)黄疸で浮腫、小便不利のもの。
12)バセドゥ氏病で、心悸亢進、呼吸促迫、口舌乾燥、渇、眼球突出、小便不利のもの。


 7)越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)=関節リウマチ、痛風、尿酸値の高い人、帯状疱疹によい漢方薬!

越婢湯(えっぴとう)《金匱要略》

効能 疏風宣肺・利水
適応症 風水:急激に発生する全身の浮腫と尿量減少で、浮腫は顔面にはじまり全身におよぶ。皮膚には光沢があり圧すると陥凹するがすぐにもとにもどる。初期には、発熱・悪風・咽痛・咳嗽などの表証をともなうことが多い。舌苔は薄白・脈は浮滑。 
 一般的な浮腫・水腫に用いてもよい。

処方解説 
 本方は風水に対する代表処方である。
 「風水」とはアナフィラキシー型アレルギー反応・炎症その他により、全身の毛細管透過性が亢進して生じる浮腫と考えられる。
 主薬は麻黄で、体温上昇の状況では発汗作用があり、解熱に働き、気管支平滑筋を弛緩して鎮咳し、また顕著な利尿作用をもつ。本方では主として利尿作用を利用するが、末梢血管拡張による血管透過性の改善効果や抗アナフィラキシー作用もあるのではないかと考察している。石膏は解熱・鎮静・消炎作用をもち、カルシウムによって血管透過性を低下させ、また発汗中枢を抑制して麻黄の発汗作用をおさえ利尿効果をつよめるようである。生甘草・大棗は抗アナフィラキシー作用をもち、諸薬を調和させる。生姜は末梢血管を拡張し、胃腸機能を促進し、また軽度の利用作用をもつ。
 以上のように、血管透過性の改善・抗アナフィラキシー・消炎・解熱・利尿などによって病態を改善するものである。
 なお、消炎・利尿・血管透過性改善作用を利用して、炎症性浮腫・関節水腫・湿疹・じんましんなどにも使用する。
 浮腫がつよいときには、建脾利水の白朮を加え組織内の水分を血中にひきこみ排尿によってのぞく(越脾加朮湯≪金匱要略≫)、自汗・疲れやすい・舌質が淡白など衛気虚の症状があれば、防已黄耆湯加減に変方する。咽痛・口が苦い・高熱などあるいは局所の発赤・熱感など熱証がつよければ、石膏を増量し連翹・金銀花・茅根などを加える。

気血水
 水が主体の気血水。

六病位
 太陽病

脈・舌
 脈は浮滑。舌は薄白苔。

口訣
 ●条文の「肉極」を翼状贅片とみなして、本方で消褪せしめ得る可能性がある。(藤平健)
 ●本方の適応に裏水とあるが、風水(風邪に湿邪の加わったもの)の誤りであろう。(浅田宗伯)

本剤が適応となる病名。病態
a 保険適応病名・病態
 効能または効果
 浮腫と汗が出て小便不利のあるものの次の諸症:腎炎、ネフローゼ、脚気、関節リウマチ、夜尿症、湿疹。
b 漢方的適応病態
 風水。すなわち急激に発症する全身の浮腫と尿量減少で、浮腫は顔面にはじまり、全身に及ぶ。皮膚には光沢があり、圧すると陥没するがすぐに元に戻る。初期には、発熱、悪風、咽痛、咳嗽などの表証を伴うことが多い。舌苔は薄白、脈は浮滑(以上、越婢湯の主治)。越婢加朮湯は浮腫が強く健脾利水の朮を加え、組織内の水を血管内に引き入れ利尿により排泄するもの。

構成生薬
 石膏8、麻黄6、蒼朮4、大棗3、甘草2、生姜1、(単位g)

TCM(Traditional Chinise Medicine)的解説
 宣肺利水・健脾。

効果増強の工夫
 1)附子を加味するのは古典の方後に書かれている。関節痛の場合、附子末を、0.5〜1.5g/日併用する。
 処方例) ツムラ越婢加朮湯 5.0g
       ブシ末(調剤用)「ツムラ」 1.0g
           分2食前

 2)本方7.5g中には、麻黄6.0gのエキスが含まれるので、他の麻黄剤との併用は避けるべきである。
 3)胃もたれしたり、効果がいまひとつだったりしたときには、防已黄耆湯や疎経活血湯への転方か、併用を考える。

 処方例) ツムラ越婢加朮湯 5.0g
       ツムラ防已黄耆湯 5.0g
        分2食前

疎経活血湯、牛車腎気丸の併用も可能である。ただ、できるだけ合計2剤以内がよい。

本方で先人は何を治療したか?
 瀧野一雄著『新撰類聚方』増補改訂版より
 1)腎盂炎・ネフローゼ・心臓不全・脚気その他の浮腫で、無熱のときは脈沈、発熱するときは脈浮或いは大で、小便不利するもの。
 2)関節リュウマチで熱候あり、患部浮腫状のもの。
 3)眼病で充血、羞明、めやに、流涙、痛み、或いはかゆみがあり、ただれてきたなく見えるもの。
 4)湿疹・たむし・水虫などの皮膚病で、痴皮、脂漏も混え、きたなく見えるもの。
 5)フルンケル・カルブンケル・皮下腫瘍・筋炎・ひょう疽・潰瘍等で患部がチアノーゼ様に色が悪く、或いは分泌物がきたなく或いは発熱するもの。
 6)脚弱・下肢麻痺・膝がガクガクし転びそうになったり、足の運びが悪い、実証のもの。
 7)紅肢症で冷痛、軽浮腫、口渇、小便不利を治した例がある。
 8)下肢静脈拡張症(バリックス)に用いた例がある。
 9)贅肉・ブテリギウム・ケロイド等に使った例がある。
10)寝小便に使った例がある。
11)黄疸で浮腫、小便不利のもの。
12)バセドゥ氏病で、心悸亢進、呼吸促迫、口舌乾燥、渇、眼球突出、小便不利のもの。


 3)葛根湯加川弓辛夷(かっこんとうかせんきゅうしんい)=鼻づまり、蓄膿症(慢性副鼻腔炎)によい漢方薬!

処方名      葛根湯加川弓辛夷(かっこんとうかせんきゅうしんい)
患者のタイプ   中間証〜実証(体力中等度以上の人)
使用目標     カゼによる頭痛、発熱、項背部のこわばり、肩こりなどに加えて、鼻水、鼻づまりなど鼻症状が慢性化したもの。慢性鼻炎、蓄膿症にも使用。
適応症      鼻づまり、蓄膿症、急性・慢性鼻炎、肥厚性鼻炎、鼻アレルギー
成分内容     葛根8.0、大棗・麻黄各4.0、甘草2.0、桂枝・芍薬・川きゅう・辛夷2.0、生姜1.0

本方に川きゅう・辛夷を加えたもので、鼻閉・鼻炎・副鼻腔炎に用いられる。麻黄の利尿作用、葛根の脳血流改善作用、辛夷の鼻閉・鼻汁の緩解作用、川きゅうの排膿と頭痛緩解作用、川きゅう・桂枝の血管拡張作用などを利用するものと考えられる。鼻閉・鼻汁に試用するとよい。

臨床応用 感冒・インフルエンザ・その他感染症の初期などで、表寒・表実を呈するもの、肩こり・肩関節周囲炎・寒冷じんましん・鼻炎などに試用してもよい。

運用の実際 葛根湯は非常に便利な処方で、日本の古方家に好んで使用され、応用範囲も広く随一であった。主な応用は以下のようである。
1)解表剤として
 解表剤は発汗させることによる治療法で、西洋医学にはなく漢方独特のものである。感染症の初期に適度の発汗状態を数時間持続させると治癒し、発汗不足では効果がなく発汗過多もよくない。服用量や服用時間を適度の発汗が得られるよう定めることが必要である。薬物を用いるだけでなく。温湯に下腿を入れて温めることにより物理的に発汗させる療法もある。
 発汗させることによりすべての感染症が治癒するわけではないが、発汗に働く薬物や処方は頭痛・肩こり・筋肉痛・関節痛などの外表部の症候(表証)を緩解する作用があるので、これらを解表薬・解表剤と呼ぶ。
 麻黄湯は、温めて発汗させる力が強く、悪寒が強くて、発汗しにくいものに用いる。一方、香蘇散や桂枝湯には、服用法で温履させ熱稀粥をすするという物理的な温法を併用する指示がある。
 表証には、悪寒がある表寒と、悪寒がなく熱感のある表熱がある。表寒には麻黄・桂枝などの辛温解表剤を用い、表熱には薄荷・葛根・牛蒡子などの辛凉解表薬を配合した処方(銀翹散など)を用いる。
(1)辛温解表剤として
 桂枝湯が適する状態で、項背部の筋肉のこわばりをともなうときには、葛根を加えた桂枝加葛根湯を用いる。
 麻黄湯を与えるべき悪寒・無汗の状態で項背部がこわばるときには、麻黄加葛根湯ではなく、桂枝加葛根湯に麻黄を加えた葛根湯を用いるのである。
(2)辛凉解表剤として
 表熱に対する辛凉解表剤の代表は銀翹散であるが、銀翹散がないと治療し得ないと考えるのは誤りである。
 銀翹散には、辛凉解表の薄荷・牛蒡子・淡豆しとともに辛温解表の荊芥が配合されている。さらに清熱(消炎・解熱)の金銀花・連翹・芦根・淡竹葉が加わって、解表よりも清熱に重点があり、解表薬を配合した清熱剤と考えてよい。
 葛根湯も、辛凉解表の葛根と辛温解表の桂枝・麻黄が配合されている。重点は辛温にあるが、これに清熱の石膏を加えれば銀翹散の方意に近くなり、辛凉解表剤として使用できる。多くは桔梗石膏を配合する。
 すなわち、葛根湯そのままでは辛温解表剤となり、石膏を加えた葛根湯加石膏とすると辛凉解表剤になる。
 エキス剤の場合には葛根湯と桔梗石膏を合方し、表証で悪寒がなく熱感のあるものに用いるとよい。炎症がつよければ石膏を増量する。
 麻疹・耳下腺炎・インフルエンザ・扁桃炎・気管支炎・肺炎などの初期によい。
2)清熱剤として
 清熱解毒の金銀花・連翹・芦根などは化膿性炎症に奏効する。石膏も消炎作用があり、非化膿性・化膿性の炎症に効果がある。
 葛根湯を化膿性炎症に使用するときには、石膏と排膿きょ痰作用のある桔梗を加え、葛根湯加桔梗石膏とする。本方の清熱剤としての特徴は、主として上半身とくに頭部・顔面の急性・慢性の化膿性あるいは非化膿性炎症に奏効することである。
(1)皮膚の化膿性炎症
 せつ・癰・ひょう疽などの化膿性炎症、リンパ節炎・リンパ管炎・化膿性湿疹・乳腺炎などに用いる。
(2)頭部・顔面の化膿性炎症
 中耳炎・鼻炎・副鼻腔炎・扁桃炎・扁桃周囲炎・眼の炎症・歯齦の化膿性炎症・咽頭炎・上気道炎などに広く用いる。
 副鼻腔炎(蓄膿症)には辛夷・川きゅうを配合した葛根湯加川きゅう辛夷を用いるとよい。

出典 本朝経験方
 本方は『傷寒論』、 『金匱要略』が出典の葛根湯に辛夷と川きゅうの二味を加味して、副鼻腔炎の炎症と頭痛などの改善を狙った処方で、わが国の経験方である。

腹候
 急性病初期では脈が重要とされ、腹候は考慮しない。慢性副鼻腔炎では、副力中等度かそれ以上(2−4/5)。本方証は一般に筋緊張の傾向が認められる。

気血水
 気が主体の気血水。

六病位
 太陽病。

脈・舌
 慢性副鼻腔炎などに適用する場合、脈は有力で、少なくとも沈微ではないこと。舌候は、脾虚(淡白舌など)や陰虚(紅舌など)を思わせるものではないこと。

口訣
 ●急性副鼻腔炎には、本方より葛根湯が適する場合が多く、急性で鼻汁が粘稠あるいは膿性のものには葛根湯加桔梗石膏、鼻閉頭痛頭部圧迫感が著しいものに本方が適応する。(『現代漢方治療の指針』)

本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態
効能または効果
鼻づまり、蓄膿症、慢性鼻炎。
b 漢方的適応病態
表寒・表実。

構成生薬
カッコン葛根4、大棗3、麻黄3、甘草2、桂皮2、芍薬2、川きゅう2、生姜1、辛夷2.(単位g)

TCM(Traditional Chiniese Medicine)的解説
 辛温解表・排膿・通竅。

効果増強の工夫
 もし便秘傾向があるようならば、抗炎症効果も有する大黄を適宜配合する。
 処方例) 葛根湯加川きゅう夷 7.5g
       局方 大黄末   1.5g
        分3食前14日分

本方で先人は何を治療したか?
 桑木崇秀著新版『漢方診療ハンドブック』より
 慢性副鼻腔炎、鼻づまり。


10)荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)=にきび、ふきでものによい漢方薬!

処方名       荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)
患者のタイプ   中間証(体力中等度の人)
使用目標     顔や耳、咽頭、上気道などの炎症性諸疾患に使用。皮膚の色が浅黒く、腹直筋が緊張。青年期の体質改善や、副鼻腔、外耳、中耳、内耳、扁桃などに炎症をおこし、慢性化したものに有効。
適応症       蓄膿症、慢性鼻炎、慢性扁桃炎、にきび、肥厚性鼻炎、鼻出血、肺結核、各種皮膚疾患、脱毛症など。
成分内容     黄ごん・黄柏・黄連・枳実・荊艾・山梔子・地黄・芍薬・川きゅう・当帰・薄荷・防風・連翹・甘草各1.5、桔梗・柴胡・白シ各2.0
 本方は、一貫堂森道伯翁の経験方で、一貫堂医学でいう解毒証体質(四物黄連解毒湯を基礎とする薬方によって体質改善をはかる)または腺病性体質を改善する薬方である。本来は、蓄膿症、中耳炎などに用いられるもので、万病回春の耳病門、鼻病門にある荊艾連翹湯の加減方である。
 同じ解毒証体質に用いられることが多くなる。本方の目標は、皮膚の色が暗褐色を示し、腹直筋が全体に緊張し、肝経と胃経に相当して腹筋の拘攣を認めることが多い。
 本方中の四物湯は補血強壮の剤で補肝の作用があり、肝機能を補強する。黄連解毒湯は瀉肝の作用があり、柴胡を加えて肝の熱を清涼し、肝機能を盛んにするものと解される。
 白しは薬効を上部に作用させ、防風とともに頭痛を去り、荊芥、連翹、桔梗と協力して上方の頭部に停滞しているうつ熱をさまし、化膿症を抑制する。
 本方は、以上の目標をもって青年期腺病体質の改善、急性慢性中耳炎、急性慢性上顎洞化膿症、肥厚性鼻炎などに用いられ、また扁桃炎、衂血、面疱、肺結核、神経衰弱、禿髪症などに応用される。
組成      黄連・黄ごん・黄柏・山梔子・当帰・川きゅう・熟地黄・白芍・連翹・荊芥・薄荷・防風・柴胡・白し・桔梗・枳殻・炙甘草 各2g 水煎服
         柴胡清肝湯の牛蒡子・天花粉を荊芥・防風・白し・枳殻にかえたものである。荊芥・防風・白しで発散をつよめ鎮痛効果を附加している。枳殻は蠕動を促して消化吸収を補助する。
         一般に青年の耳・鼻・咽喉・肺の慢性炎症を目的とするが、青年にこだわる必要はない。

出典  森道伯著『漢方一貫堂医学』
● 荊芥連翹湯は柴胡清肝散(湯)の変方であって、青年期の解毒証体質を主宰する処方である。すなわち柴胡清肝散の去加方に『万病回春』の荊芥連翹湯を合方した一貫堂の創方で、耳鼻両方の病気を同一の処方で治することができる処方である。(矢数格、『漢方一貫堂医学』)
●幼年期の柴胡清肝散(湯)証が長じて青年期となると、荊芥連翹湯証となるので、同様に解毒証体質者である。ゆえに、幼年期扁桃炎、淋巴腺肥大等にかかる者は、青年期になると蓄膿症となり、肋膜炎を起こし、肺尖カタルと変り、神経衰弱症を病む。この体質の者がすなわち荊芥連翹湯である。(同上)
〔より深い理解のために 一貫堂の三大証体質とは、解毒証体質(柴胡清肺湯、荊芥連翹湯)、お血証体質(通導散)、臓毒証体質(防風通聖散)である。〕

腹候
腹力中等度以上(3−4/5)。

気血水
 気血水いずれとも関わる。

六病位
 少陽病。

脈・舌
 ●原方となった温清飲より推測して、脈は細数。舌質は紅、舌苔は黄。」(『中医処方解説』)
 ●荊艾連翹湯証の者の脈は緊張を呈している。(矢数格)

口訣
●皮膚の強い色素沈着と腹直筋の緊張とで本方の適用を決定することが多い。(道聴子)
●青年期における一貫堂医学の解毒証体質者は、扁桃炎、中耳炎を病みやすかった小児期とは違って体質に変化を来たし、主として蓄膿症を起こすようになる。したがって、同医学の病理によれば、小児期の扁桃炎と、青年期の蓄膿症とは同一性質の病気であることがわかり、蓄膿症が手術だけでは根治しにくい理由も理解される。(矢数格)

本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態
 効能または効果
 蓄膿症、慢性鼻炎、慢性扁桃炎、にきび。
b 漢方的適応病態
血虚・血熱・肝鬱・風熱。すなわち、皮膚につやがない、頭がふらつく、目がかすむ、爪がもろい、手足のしびれ感、筋肉の引きつれ、などの血虚の症候とともに、のぼせ、ほてり、イライラ、不眠、目の充血、口渇などの熱証や、鼻出血、不正性器出血、下血など鮮紅色の出血がみられたり、灼熱感のある暗赤色の発疹(湿潤性がない)あるおは皮膚炎、口内炎が生じるもの。さらに、ゆううつ感、いらいら、怒りっぽい、頭痛、胸脇部が張って苦しい、脇の痛み、腹痛などの肝気鬱結の症候を伴い、熱感を自覚するもの。

構成生薬
 黄ごん1.5、黄柏1.5、黄連1.5、桔梗1.5、枳実1.5、荊艾1.5、柴胡1.5、 山梔子1.5、地黄1.5、芍薬1.5、川きゅう1.5、当帰1.5、薄荷1.5、白し1.5、防風1.5、連翹1.5、甘草1。(単位g)

TCM(Traditional Chi nese Medicine)的解説
 清熱解毒・疏肝解欝・涼血止血・解表。

効果増強の工夫
 著書は本方をアトピー性皮膚炎や慢性扁桃炎にしばしば適応する。一貫堂処方であるので、温清飲が配剤されているが、熱性強くやや力不足の感があるときには黄連解毒湯を適量追加する。
処方例) ツムラ荊艾連翹湯5.0g
      ツムラ四物湯   2.5g
        混合して分2朝夕食前

本方で先人は何を治療したか?
 ●矢数道明著『臨床応用感冒処方解説』より
 青年期腺病体質の改善・急性慢性中耳炎・急性慢性上顎洞化膿症・肥厚性鼻炎など、また扁桃炎、衂血・肺浸潤・面疱・肺結核(増殖型のもの)・神経衰弱・禿髪症など。
 ●瀧野一雄編著『改訂新版漢方処方集』より
急性中耳炎、蓄膿症、肥厚性鼻炎、扁桃腺炎、鼻血、にきび、青年期腺病質改造。


14)五積散(ごしゃくさん)=女性の腰痛症(冷えて痛むもの)によい漢方薬!

処方名       五積散(ごしゃくさん)《和剤局方》
患者のタイプ   中間証〜虚証(体力中等度以下の人)
使用目標     寒冷や湿気などにより、下腹部痛、腰痛、四肢の筋肉や関節の痛みなどのあるもの。下半身の冷えと上半身ののぼせがあり、頭痛、項背のしこり、悪寒、悪心、嘔吐などを伴うことも多い。女性では月経不順や月経困難などを認めることが           ある。

適応症
       慢性に経過し症状が激しくない胃腸炎、胃アトニー、胃下垂、消化性潰瘍、疝気(腸疝気)、腰痛、神経痛、関節痛、月経困難症、頭痛、冷え性、更年期障害、月経不順、白帯下、座骨神経痛、リウマチ、感冒、喘息、気管支炎、自律神経失           調症、不眠症、心悸亢進、冷房病など。

成分内容 
    蒼朮・陳皮・当帰・半夏・茯苓各2.0、甘草・桔梗・枳実・桂枝・厚朴・芍薬・生姜・川きゅう・大棗・白し・麻黄・香附子・乾姜各1.0
 本方は気・血・痰・寒、食の五積を治すという意を以って名づけられたものである。貧血を補い、血行を盛んにし、諸臓器の機能を亢める効能がある。一般に寒冷および湿気に損傷されて発する諸病に用いてよく奏効する。
 本方の目標は、顔色がやや貧血気味で、腰、股、下腹などが冷えて痛み、上半身に熱感があって下半身が冷え、脈は一般に沈んでいる者が多い。腹は多くは柔軟であるが、あるいは心下の硬いものもある。
 一般に有熱性疾患には用いられない、方中の蒼朮、陳皮、厚朴、甘草はすなわち二陳湯で、枳殻とともに胃内停水を去る。当帰、芍薬、川きゅうは四物湯の意で貧血を補い桂枝、乾姜、麻黄、白し、桔梗などは寒冷を温め、軽い発汗の作用があり、血行をよくする。薬味複雑であるが、二陳湯、平胃散、四物湯、桂枝湯、続命湯、半夏厚朴湯などの意を合せ備えて諸病に適応される。
 すなわち、急性慢性胃腸カタル、胃痙攣、所謂疝気、腰痛、白帯下、月経痛、心臓弁膜症、神経症、リウマチ、脚気、中風、打撲、老人の軽い感冒などに汎く応用される。
 
適応症
1)表寒・寒湿困脾:生冷の飲食物の摂取や寒冷の環境によって、悪寒・発熱・関節痛・頭痛・はなみずなどの表寒の症候と、悪心・嘔吐・下痢・腹部膨満・腹痛・腹や四肢の冷えなどの脾胃の寒湿の症候がみられるもの。舌苔は白厚膩・脈は浮弦あるいは浮遅。
2)寒湿中経:冷房など寒冷の環境によって生じる、体の冷え、悪寒・頭痛・四肢のしびれ・筋肉痛(とくに下半身や大腿内側)などの症候。舌苔は白・脈は遅。
処方解説 本方は寒・食・気・血・痰の積滞に対する処方として「五積」と名づけられたもので、構成薬物が多くさまざまな処方の合方とも言えるものである。
 薬味からすると、平胃散・二陳湯・半夏厚朴湯・桂枝湯・四物湯・当帰芍薬散・苓桂朮甘湯・苓姜朮甘湯などの加減が組み合わされていると考えてよい。
 麻黄・白しは、発汗・解熱・鎮痛・抗菌などの作用によって表寒の症候をのぞき、また末梢の血管を拡張して血行を促進する。乾姜・肉桂は、温中散寒の効能によって、消化管や全身の循環を促進し蠕動を調整し、腹痛を緩和し冷えをのぞく。厚朴・陳皮・枳穀・桔梗は、理気の効能によって蠕動を調整し、腹部膨満をのぞく。蒼朮・厚朴・半夏・陳皮・茯苓は、理気化湿の効能により、消化管内や皮膚・筋肉に貯留した余剰の水分を血中にひきこみ、また蠕動を調節して、四肢のしびれ・腹部膨満・悪心・嘔吐・下痢などを緩解させる。当帰・白芍・川きゅうは補血活血の効能により、体を栄養し血液循環促進・子宮筋の調整に働く。
 以上のように、循環促進・胃腸機能の調整・感冒の緩解・体内の水分排泄・月経の調整などの作用が得られる。主な作用は寒冷によって生じる冷え・痛みなどの症状をのぞくことである。
 五積散は以上のように複雑な薬物構成になっているので、つねに処方通りに用いるべきではなく、当面の症状に応じた加減を行うのがよい。
 表証がつよく無汗・悪寒・関節痛があきらかであれば肉桂を桂枝にかえ、表証がなければ麻黄・白しをへらすかのぞく。腹部の冷えや悪心・嘔吐がつよければ呉茱萸を加える。暴飲暴食による急性消化不良症(食積)があきらかであれば、山さ子・神麹・麦芽などの消化薬を加える。月経痛には麻黄・白しをのぞき香附子・延胡索などを加える。四肢の冷えや痛みがつよければ附子を配合する。

臨床応用
 急性胃腸炎・感冒・冷え症・腰痛症・冷房病・月経困難症・関節リウマチなどで、寒湿の症候をともなうもの
運用の実際 本方は、当帰・川きゅう・桂枝・麻黄のように末梢の血行を促進して体表部を温める薬物と、乾姜・肉桂のように腹腔内を温める薬物が配合され、さらに茯苓・蒼朮・厚朴など湿をのぞく薬物も加えられている。
 平胃散・二陳湯・桂枝湯・桂枝加芍薬湯・苓桂朮甘湯・苓姜朮甘湯・当帰芍薬散・続命湯などさまざまな処方の複合とも考えられ少し加減すれば非常に多方面に応用できる。
 桂枝湯加麻黄白しは発汗解表の感冒薬であり、平胃散は胃腸薬で、さらに当帰・乾姜・桂枝・川きゅうなどの温裏きょ寒薬が配合されている。冬期の感冒・老人や冷え症のひとの感冒などに非常によく、麻黄湯・葛根湯などで胃を障害されるひとにもよい。
 寒冷による腰痛にもよく奏効する。

出典 『和剤局方』
●中を調え、気を順らし、風冷を除き、痰飲を化す。脾胃宿冷、腹脇脹痛、胸膈停痰、嘔逆悪心、或は外風寒に感じ、内生冷に傷られ、心腹痞悶、頭目昏痛、肩背拘急、肢体怠惰、寒熱往来、飲食進まざるを治す。及び婦人血気調はず、心腹撮痛(つまむような痛み)、経候ひとしからず(月経不順)、或は閉じて通ぜず、並に宜しく之を服すべし。(傷寒門)
〔より深い理解のために  五積とは、気・血・飲・食・痰を指すとされている。森道伯(一貫堂)先生は本方をよく用いたと伝えられている。

腹候
 腹力中等度前後(2−4/5)。ときに腹部膨満を認める。

気血水
 気血水いずれにも関わる。

六病位
 少陽病位。

脈・舌
 舌苔は白厚賦苔。脈は浮弦、あるいは浮遅。

口訣
 ●先哲この方を用うる目的は、腰冷痛、腰腹攣急、上熱下冷、少腹痛の4症なり。(浅田宗伯)
 ●諸病に効あることは宗以来俗人も知る薬にて、また軽蔑すべからず。(浅田宗伯)

本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態
 効能または効果
 慢性に経過し、症状の激しくない次の諸症:胃腸炎、腰痛、神経痛、関節痛、月経痛、頭痛、冷え症、更年期障害、感冒。

b 漢方的適応病態
1)表寒・寒湿困脾。すなわち、生冷の飲食物の摂取や寒冷の環境によって、悪寒、発熱、頭痛、関節痛、鼻水などの表寒の症候と、悪心、嘔吐、下痢、腹部膨満、腹痛、腹や四肢の冷えなどの脾胃の寒湿の症候がみられるもの。
2)寒湿中経。すなわち、冷房など寒冷の環境によって生じる。身体の冷え、悪寒、頭痛、四肢のしびれ、筋肉痛(特に下半身や大腿内側)などの症候。

構成生薬
 蒼朮3、陳皮2、当帰2、半夏2、茯苓2、甘草1、桔梗1、枳実1、桂皮1、厚朴1、芍薬1、生姜1、川きゅう1、大棗1、白し1、麻黄1。(単位g)

TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説
 温中散寒・理気化湿・補血活血・辛温解表・通絡調経(発表温裏・順気化痰・活血消積)

効果増強の工夫
 1)鎮痛効果を高めるために、
 処方例) ツムラ五積散 5.0g
       ツムラ芍薬甘草湯 5.0g
          分2朝夕食前

2)冷えが強い時に、
 処方例) ツムラ五積散 7.5g
       ブシ末(調剤用)「ツムラ」 1.0g(1−0−1)
         分3食前

本方で先人は何を治療したか?
 ●矢数道明著『臨床応用漢方処方解説』より
 体質的には肝と脾の虚弱のものが、寒と湿とに損傷されて起こる諸病に用いる。
 急性、慢性胃腸炎・胃潰瘍・十二指腸潰瘍・胃酸過多症・胃痙攣・疝気(腸神経痛)・腰痛・座骨神経痛・諸神経痛・リウマチ等に用いられ、また脚気・白帯下・月経痛・月経不順・冷え症・半身不随・打撲傷・心臓弁膜症・老人の感冒・喘息・難産催生剤(酢を加える)・死胎を下す(麻黄を去り、桂枝を倍にし、附子を加える)・ジフテリアの一症・奔豚症(神経性心悸亢進症)など。
 ●瀧野一雄編著『改訂新版漢方処方集』より
 神経痛、リウマチ、腰痛、冷え症、疝気、血の道、胃カタル、婦人病。
 ●桑木崇秀著『新版漢方診療ハンドブック』より
 腰痛、神経痛、胃腸炎、月経困難症、冷え症。



 6)五苓散(ごれいさん)=慢性腎炎、ネフローゼ症候群によい漢方薬!


処方名       五苓散(ごれいさん)《傷寒論》
患者のタイプ   中間証(体力中程度の人)
使用目的     口渇、排尿量・回数異常があり、ときに浮腫、悪心、嘔吐、頭痛、ままい、下痢、腹痛、発熱などの症状を伴うもの。心窩部に振水音を認めることも多い。
適応症      浮腫、ネフローゼ、尿毒症、腎炎、腎盂炎、二日酔い、乗物酔い、悪心、嘔吐、めまい、頭痛、暑気あたり、日射病、胃下垂、偏頭痛、三叉神経痛、メニエール症候群、てんかん、胆石症、急性・慢性肝炎、結膜炎など。
成分内容     沢瀉5.0、蒼朮・猪苓・茯苓各3.0、桂枝2.0
 本方は表に邪熱があって、裏に停水のあるものを治す効があり、口渇と尿利の減少を目標にして、諸種の疾患に用いられる。また、水逆の嘔吐も、本方の目標である。水逆の嘔吐は、口渇と尿利の減少があって、水をのむとすぐに吐出し、また水をのみ、また水を吐くというものをいう。
 熱のある場合では脈が浮数となり、汗は出ない。五苓散をのむと、尿利がつき、発汗して解熱する。水逆の嘔吐も、五苓散をのむと嘔吐がやみ、尿が出るようになる。
本方の沢瀉、猪苓、茯苓、朮は何れも体液の調整剤で、胃腸内の停水を去り、尿利をよくして浮腫を去る。沢瀉、猪苓は口渇を治し、茯苓とともに鎮静の効があり、桂枝は表熱を去り、気の上衝を治し、他薬の尿利の効を助ける。
 本方は感冒その他の熱のある病気で、口渇、尿利の減少のあるもの、ネフローゼ、腎炎、心臓病、急性胃腸炎、陰嚢水腫、クインケの浮腫などに用いられる。

適応症
 1)水湿の表証(太陽病蓄水証):悪風・微熱・尿量減少・口渇するが飲むとすぐに嘔吐するなどの症候で、舌苔は白・脈は浮滑。
 2)水湿による水様物の嘔吐あるいは浮腫あるいは水様の下痢などで、尿量減少・口渇をともない、目まい感・腹部の動悸・身体が重いなどの症状がみられることもある。舌苔は白滑あるいは白膩・脈は滑。
処方解説
 本方は水湿による尿量減少・口渇に対する代表処方である。
 利水の茯苓・猪苓・沢瀉・白朮と、通陽の桂枝で構成されている。
「水湿」とは、水分の排泄あるいは吸収の障害による一連の症候である。嘔吐は、主に胃の吸収障害による溜飲の存在(腹壁をたたくとジャブジャブと音を発することでわかり、これを「振水音」という)によっておこり、胃内圧が高まると水様物を吐すのであるが、一般に悪心をともなうことが少ない。これを「水逆」の嘔吐ともいう。水様の下痢は、腸管での吸収障害によって発生し、腹痛・裏急後重などをともなうことは少ない。浮腫は、腎臓での排泄障害や血液量増大にともなう等張性のもの。あるいは血管運動神経性と考えられる。この場合には動悸・目まい感・身体が重いなどの症候をともなう。なお重要なことは口渇と尿量減少で、これは脱水によるものではなく水分の偏在と考えるとよい。すなわち、口渇と尿量減少があるにかかわらず、胃内に溜飲がみとめられたり腸で水様のグル音が発生したりすることから、体内には水分が過剰に存在しながら、吸収障害により有効な血中成分として機能系にとりこまれていないものと推定できる。
 以上のように、同じ水湿であってもさまざまな病理変化が混在しているのである。
 「蓄水証」については、ふだんから水湿の症候をもっているものが感冒に罹患し、発熱反応とともに胃腸の機能失調がおこり、水湿の症候が表面化するものと考えられる。
 淡滲利水の茯苓・白朮・沢瀉・猪苓は、いずれも利尿作用をもち、猪苓・沢瀉・白朮は水分・Na・K・Cl・尿素などの排出を増し、尿細管の再吸収を抑制するとされている。茯苓は鎮静作用をもち、正常の状態では余り利尿効果はない。臨床的な観察から、白朮・茯苓などは浮腫や溜飲をのぞいたり下痢を止める効果があり、結果的に利尿を示すところから、何らかの作用機序によって消化管や組織の過剰水分を血中にひきこみ、これを腎臓に送ることによって尿量を増大させるものと考えられる。なお、白朮・茯苓は、栄養分をふくみ消化吸収を高める作用があるため、補脾薬として用いられ、脾虚が原因で生じる水腫・痰飲・下痢などには必ず配合される。一方、猪苓・沢瀉は、主に尿細管での再吸収を抑制してやや積極的な利尿作用をもつが、正常な水分を排泄するほど強力な利尿剤とは認めがたい面がある。桂枝には軽度の利尿作用があるが、主に血管を拡張して血行を促進しかつ吸収を高めることによって、利水薬の効果をつよめる(これを「通陽」と呼ぶ)。また感冒の初期には、体表血管を拡張して発汗させ解熱する。
 以上のように、本方は主として消化管や組織の余剰の水分を血中にひきこむことによって利尿し、同時に口渇・下痢・浮腫・溜飲などを緩解するものである。それゆえ、脱水には用いるべきではない。
 ただし、暑中での発汗過多や二日酔いなどでみられる軽度の脱水症状で、はげしい口渇があり水を多量に飲むにかかわらず腹が脹って口渇が癒えない状況は、やはり吸収障害が関与しており、本方を服用することにより水分が有効に血中に入って症状の緩解が得られるので応用するとよい。
 悪風・微熱などの表証がないときには、桂枝をのぞいてよい(四苓散《明医指掌》)。表証とともに浮腫がみられる風水証には、麻黄・石膏などを配合するほか越脾湯と併用する。食欲不振・疲労感・元気がないなどの気虚の症候をともなうときは、白朮を増量し黄耆を加える。冷え・寒けがつよいときには、桂枝を肉桂にかえ乾姜・附子などを配合する。あるいは真武湯・実脾飲などに変方する。

臨床応用
 急性胃腸炎・周期性嘔吐症・仮性コレラ・クインケ浮腫・寒冷じんましん・急性腎炎の初期・陰のう水腫などで、水湿を呈するもの。
 あるいは肝硬変の腹水・ネフローゼ症候群・慢性腎炎などの水腫に対して補助的に用いる。

使用上の注意
1)本方は脱水には禁忌である
2)熱証を呈するものには適さない。
3)気虚・陽虚による痰飲には適切な配慮が必要である。

出典 『傷寒論』、 『金匱要略』
1)脈浮、小便不利、微熱、消渇の証。(『傷寒論』太陽病中篇)
2)中風、発熱し、解せずして煩し、表裏の証あり、水逆を発する証。(同上)
3)霍乱(吐瀉病)、頭痛、発熱し、身疼痛し、熱多くして水を飲まんと欲する証。(霍乱病篇)

気血水
 水と気が主体。

六病位
 少陽病。

脈・舌
 脈、浮、浮滑。下苔は白滑、あるいは白賦。

口訣
 ●この方は、もと五味猪苓散と称す。後世之を省略し、五苓散と呼ぶに至れりという。(奥田謙藏)
 ●ご苓散を多数例の頭痛に適用して効果を確認したが、慢性頭痛ということであれば症例を選ばず用いてよく、なかでも女性に効きがよいという印象である。(矢数道明)

本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態
効能または効果
 口渇、尿量減少するものの次の諸症:浮腫、ネフローゼ、二日酔い、急性胃腸カタル、下痢、悪心、嘔吐、めまい、胃内停水、頭痛、尿毒症、暑気あたり、糖尿病。
 
b 漢方的適応病態
 1)水湿野表証(太陽病蓄水証)。すなわち、悪風、微熱、尿量減少、口渇するが飲むとすぐに嘔吐するなどの症候。
 2)水湿による水様物の嘔吐あるいは浮腫あるいは水様の下痢などで、尿量減少、口渇を伴い、めまい感、腹部の動悸、身体が重いなどの症状がみられることがある。

構成生薬
 沢瀉4、白朮3、茯苓3、桂皮1.5。(単位g)

TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説
利水滲湿・通陽・解表(利水して体内の湿をさばき、温めて、表を発する)。

効果増強の工夫
 附子を加えて利尿効果を増強する
   処方例)ツムラ五苓散  7.5g
        ブシ末(調剤用)「ツムラ」 1.5g
          分3食前

本方で先人は何を治療したか?
 瀧野一雄著『新撰類聚方』増補改訂版より
 1)感冒・流感・急性腸カタル、消化不良、コレラ・コレラ様吐瀉・小児吐乳等で発熱、下痢、嘔吐、煩渇、利尿減少するもの。
 2)胃拡張・胃アトニー・胃下垂・溜飲症・胃液分泌過多症、幽門狭窄等で口渇、嘔吐、胃部振水音、心下部がつかえ小便不利するもの。
 3)虚証の黄痘に使った例がある。
 4)糖尿病で煩渇小便不利するもの。
 5)腎炎・ネフローゼ・膀胱炎・尿毒症・尿閉・心臓不全等で、浮腫、小便不利、煩渇、或いは発熱頭痛、脳症を伴うもの。
 6)てんかん・メニエール氏症候群・日射病・脳水腫等でめまい、昏倒、煩渇小便不利、腹動、口からあぶくを出す等があるもの。
 7)夜尿症で煩渇するもの、咳をすると小便が漏れるものに使った例がある。
 8)結膜炎・角膜フリクテン・角膜潰瘍・斜視などの眼病で、羞明、充血、閃視飛蚊症等があり、煩渇、小便不利等のもの。
 9)禿頭・脱毛で肛門また陰部に瘡を生ずるもの、或いは子宮出血後に起こったものに使った例がある。



 2)柴朴湯(さいぼくとう)=気管支喘息、気管支炎によい漢方薬!

処方名       柴朴湯
患者のタイプ   中間証(体力中等度の人)
使用目的     胸脇苦満、心窩部の膨満感があり、精神不安や抑うつ傾向がある。しばしば喘鳴やせき、食欲不振、全身倦怠、動悸、めまい、咽喉・食道部の異物感などを伴う。
適応症       気管支喘息、気管支炎、神経症など。
成分内容     柴胡7.0、半夏6.0、茯苓5.0、黄ごん・厚朴・大棗・人参各3.0、甘草・蘇養各2.0、生姜1.0・小柴胡湯と半夏厚朴湯の合方。
処方解説     本方は小柴胡湯に理気化痰・降逆の半夏厚朴湯を配合したものである。
 半夏厚朴湯により気管支の痙攣を止め咳嗽・呼吸困難・喘鳴を止めきょ痰作用をつよめ、胃腸の蠕動を調整し溜飲をのぞく。ただし、咳嗽・呼吸困難に対しては紫蘇葉を蘇子にかえるべきである。小柴胡湯は鎮静・消炎・解熱・自律神経調整に働く。
 本方は気管支喘息によく用いられ、効果もかなり良好であると報告されているが、主として自律神経調整作用によるといわれている。
 注意すべきことは、小柴胡湯も半夏厚朴湯も非常に燥性がつよいので、本方は必ず痰湿による病態に用いるべきである。陰虚のものには禁忌である。
臨床応用     気管支喘息・気管支炎・上気道炎・胃炎・インフルエンザ・感冒などで、小柴胡湯の適応症に痰湿をともなうもの。

気血水
 気血水いずれとも関わる。

六病位
 少陽病。

脈・舌
 舌候は、舌質紅、舌苔は薄白。脈は弦やや数。(発熱状態の小柴胡湯の脈状)

口訣
 ●小児喘息や気管支喘息の間歇期にはfirst choiceでよい。(桑木崇秀)

本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態
効能または効果
 気分がふさいで、咽喉、食道部に異物寒があり、ときに動悸、めまい、嘔気等を伴う次の諸症:小児ぜんそく、気管支ぜんそく、気管支炎、せき、不安神経症。
b 漢方的適応病態
 1)煩表半裏証(少陽病)と痰湿。すなわち発熱性疾患の経過中にみられる、発熱、往来寒熱、胸脇部が脹って苦しい(胸脇苦満)、胸脇部痛、口が苦い、悪心、嘔吐、咳嗽、咽の渇き、食欲がない、目がくらむなどの症候に痰湿、気滞による咳嗽が加わったもの。舌質は紅、舌苔は薄白。脈は弦やや数。

1.出典  本朝経験方(成立は江戸時代と推定)
 ●これは小柴胡湯と半夏厚朴湯を合方したもので、半夏と生姜が共通する生薬である。小柴胡湯の証(胸脇苦満があって、軽度の虚証と見られる場合で半夏厚朴湯の証(この場合は主として咳や喘鳴を目標とする。ただし咳は湿咳で、乾咳ならば麦門冬湯ということになる)を兼ねる場合に用いるべき方剤ということができる。

2.腹候
 腹力は中等度前後(2−4/5)。ときに胸脇苦満、心下痞ゴウを認める。

3.気血水
 気血水いずれとも関わる。

4.六病位
 小腸病

5.脈・舌
 舌候は、舌質紅、舌苔は薄白。脈は弦やや数。(発熱状態の小柴胡湯の脈状)

6.口訣
 ●小児喘息や気管支喘息の間歇期にはfirst choiceでよい。

7.本剤が適応となる病名・病態
 a 保険適応病名・病態
 効能または効果
 気分がふさいで、咽喉、食道部に異物感があり、時に動悸、めまい、嘔気などを伴う次の諸症:小児ぜんそく、気管支ぜんそく、気管支炎、せき、不安神経症。

 b 漢方的適応病態
 1)半表半裏証(小腸病)と痰湿。すなわち発熱性疾患の経過中にみられる。発熱、往来寒熱、胸脇部が張って苦しい(胸脇苦満)、胸脇部痛、口が苦い、悪心、嘔吐、咳嗽、咽の渇き、食欲がない、目がくらむなどの症候に痰湿、気滞による咳嗽が加わったもの。舌質は紅、舌苔は薄白。脈は弦やや数。
 2)肝鬱化火・脾気虚・痰湿。すなわち、ゆううつ感、いらいら、怒りっぽい、口が苦い、胸脇部が張って苦しい、寝つきが悪いなどの肝鬱化火の症候に、元気がない、疲れやすいなどの脾気虚の症状と、悪心、嘔吐、咳嗽、多痰などの痰湿の症状に咳嗽を伴うもの。舌質は紅、舌苔は白〜白膩。脈は弦軟。

8.構成生薬
 柴胡7、半夏5、茯苓5、黄ごん3、厚朴3、大棗3、人参3、甘草2、蘇葉2、生姜1。

9.TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説
 疏肝解鬱・補気健脾・理気降逆・きょ痰止咳・和解半解半表半裏。

本方で先人は何を治療したか?
 ●矢数道明著『臨床応用漢方処方解説』」より
 神経衰弱、ノイローゼ、発作が起きないかと気にしすぎる気管支喘息。
 ●桑木崇秀著『新版漢方診療ハンドブック』より
 小児喘息、気管支喘息の間歇期。カゼや気管支炎がこじれて咳が残ったとき。のどに物がつかえるという不安神経症。



 4)七物降下湯(しちもつこうかとう)=高血圧、眼底出血によい漢方薬!

処方名       七物降下湯(しちもつこうかとう)
患者のタイプ    虚証(体質虚弱な人)
使用目標      胃腸は比較的丈夫な人の高血圧症に伴う諸症状に使用。易疲労感、肩こり、頭重、耳鳴り、頻尿傾向、眼精疲労などの症状を訴えることが多い。
適応症       高血圧症、慢性腎炎、動脈硬化症など。
成分内容      芍薬・当帰・黄耆・地黄・川きゅう各3.0、釣籐鈎4.0、黄柏2.0

効能 補血益気・熄風
適応症 血虚の肝陽化風で、顔色がわるい・皮膚につやがない・四肢のしびれ感・筋肉のひきつりなどの血虚の症状と、のぼせ・ほてり・めまい・ふらつき・手足のふるえ・耳鳴などの肝陽化風の症状をともなうもの。舌質は淡白・脈は弦細。
処方解説 本方は大塚敬節氏が自身の高血圧・眼底出血を治療するために創見した処方であるが、血虚の肝陽化風に適したものといえる。
 適応する病態は、栄養不良状態(血虚)にともない脳の抑制過程の機能低下と興奮過程の相対的亢進が生じたものと考えられる。
 本方の当帰・川きゅう・白芍・熟地黄はすなわち四物湯で、血虚の状態を改善する。黄耆は消化吸収や全身の機能を高め、四物湯の補血の効能をつよめる。平肝熄風の釣籐散は鎮痙・鎮静作用をもち、清熱の黄柏は脳の充血を軽減し、両者によって脳の興奮性を低下させる。四物湯は抑制過程をつよめるらしい。
 本方は元来血圧降下を目的としたもので、「降下湯」という名称をつけられているが、この面にはやや問題がある。釣籐鈎は顕著な降圧作用をもち、黄柏も充血をのぞいて降圧効果が期待できる。ただし、黄耆は臨床的に一般的な量では中枢の興奮により血圧上昇に働くことが認められている。高血圧症のなかで拡張期血圧が高くて下りにくい老人などでは気虚のものが多く、これに対しては大量(30g以上)の黄耆を投与すると効果があるとされている。血圧降下を目的とするには、気虚という前提と大量に配合するという原則によって黄耆を用いるべきである。それゆえ一般に、本方は血圧にはこだわらずに血虚の肝陽上亢を目的として用いた方がよく、気虚があきらかでなければ黄耆は減法すべきものと考えられる。
 なお、降圧・鎮静作用をもつ補肝腎の杜仲を加えたものを八物降下湯という。

臨床応用 自律神経失調症・更年期症候群・高血圧症などで、血虚・肝腸化風を呈するもの。

15年前に大塚が創作した処方で、その頃、大塚は高血圧症で、最低血圧が高く、眼底出血が反復し、下肢のしびれ、疲労倦怠、頭痛、衂、などに苦しめられたが、この処方を用いるようになって、軽快した。その後、高血圧が慢性化して、正低血圧の高いもの、腎炎または腎硬化症のある高血圧患者に用いて効のあることを知った。

慢性腎炎または腎硬化症を起こして血圧の高いものによい。

当帰・芍薬、川きゅう、地黄 各3.釣籐4.黄耆3.黄柏2.

1.出典 『修琴堂(大塚敬節)方』
 ●疲れやすくて最低血圧の高いもの、尿中に淡白を証し、腎硬化症の疑いのある高血圧患者、いろいろの薬方を用いて奏効しない者に用いることにしている。(『漢方医学』)
 ●釣籐には脳血管の痙攣を予防する効があるらしいし、黄耆には、毛細血管を拡張して血行をよくする効があるらしいので、これを用いることによって血圧が下がるのではないかというのが私の考えであった。四物湯を用いたのは(眼底出血の)止血の意味であり、黄柏を入れたのは、地黄が胃にもたれるのを予防するつもりであった。

2.腹候
 腹力は中等度かそれ以下(2−3/5)

3.気血水
 気血が主体の気血水。

4.六病位
 少陽病。

5・脈・舌
 舌脈は弦細。 質は淡白。

6.口訣
 ●皮膚は乾燥傾向で、どちらかといえば褐色を呈している。(道聴子)
 ●本方は血圧にこだわらずに、血虚の肝陽上亢を目的として用いた方がよい。(『中医処方解説』)

より深い理解のために  肝陽上亢とは、目がかすむ、目がくらむ、まぶしい、目の乾燥感や痛み、視力減退、頭痛、頭のふらつきなどの肝陰虚・火旺の状態。肝陽上亢がさらに進むと、肝陽化火となる。陽が上亢すれば熱となり、熱が極まれば火を生じる。五行の考え方では、木が鬱して火に変化するとして臨床症状を説明する。

7.本剤が適応となる病名・病態
 a 保険適応病名・病態
 効能または効果
 身体虚弱の傾向のあるものの次の諸症:高血圧に伴う随伴症状(のぼせ、肩こり、耳なり、頭重)。
 b 漢方適応病態
 血虚の肝陽化風。すなわち、顔色が悪く、皮膚に艶がなく、四肢がしびれ、筋肉がひきつるなどの血虚の症候と、のぼせ、ほてり、めまい、ふらつき、手足のふるえ、耳鳴りなどの肝陽化風の症候を伴うもの。舌質は淡白。脈は弦細。

8.構成生薬
 芍薬4、当帰4、黄耆3、地黄3、川きゅう3、釣藤鈎3、黄柏2.(単位g)

9.TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説
 補血益気・熄風。

10. 効果増強の工夫
 降圧、鎮静作用をもつ補肝腎の杜仲を加えたものを八物降下湯という。(『中医処方解説』より)

11 本方で先人何を治療したか?
 ●矢数道明著『臨床応用漢方処方解説』より
 高血圧症の虚証で大黄剤や柴胡剤を用いることが出来ないもの。腎障害のあるもの。
 ●桑木崇秀著『新版漢方診療ハンドブック』より
 冷えや皮膚枯燥(燥証)のある虚弱体質者の高血圧、ことに眼出血や結膜充血のある場合。



11)炙甘草湯(しゃかんぞうとう)=心臓神経症、動悸、息切れによい漢方薬!

処方名       炙甘草湯(しゃかんぞうとう)
患者のタイプ    虚証(体力の低下した人)
使用目標      心悸亢進や頻脈、動悸、息切れなどを訴える、皮膚の枯燥、易疲労感、手足のほてり、口渇、便秘などを伴うものに使用。
適応症       動悸、息切れ、バセドー病など。
成分内容      地黄・麦門冬各6.0、桂枝・大棗・人参・炙甘草・麻子仁各3.0、阿膠2.0、生姜3.0
 本方は別名を復脈湯ともいい、心悸亢進と脈の結滞とを目標にして用いるが、脈の結滞のない場合にも用いてよい。
 本方を用いる患者は、栄養が衰え、皮膚が枯燥し、疲労しやすく、手足の煩熱、口乾などがある。
 本方の甘草は桂枝と組んで心悸亢進を治し、地黄、麦門冬、人参、麻子仁、阿膠には滋潤、鎮静、強壮の効があり、麻子仁には緩下の効もある。人参にはまた健胃の効もあり、大棗と生姜は諸薬を調和して吸収を促す。
 本方はバセドウ病、心臓病、産褥熱、肺結核などに用いる機会がある。
適応症  心気陰両虚:脈の結代・息切れ・疲労感などの心気虚の症候が主で、動悸・咽や口の乾燥感・眠りが浅い・寝汗・やせる・便がかたいなどの心陰虚の症候をともなうもの。舌質はやや紅で乾燥してやせている・舌苔は少ない・脈は結代あるいは細弱。
処方解説
  本方は、脈の結代・動悸・息切れに対する代表処方である。
  補心気の炙甘草・党参と、通心陽の桂枝・生姜・および滋陰養血の麦門冬・生地黄・阿膠・麻子仁・大棗から構成されている。
 「心気虚」とは、主に心臓の駆血能の低下を指すが、さらに脳の興奮性低下・循環機能の低下などが加わって心筋のアノキシーが生じ、これにともなって心房・心室の期外収縮が発生する状況と考えられる。本方の適応する病態は、さらに全身的な栄養不良状態が生じ、異化作用の亢進・脱水・脳の抑制過程の機能低下・心筋の代謝障害などの「心陰虚」をともなったものと考えられる。
 主薬は補気の炙甘草で、経験的に心気虚にもっとも効果があるとされており、アドレナリン分泌促進・コルチコイド様作用などにより強心効果を生じたり反応性を増強させるものと考えられる。党参は、脳の興奮性をつよめ全身の機能や同化作用を促進し、強心作用によって心臓の駆血能を高める。また、炙甘草・党参は、利尿作用により体内に水分をとどめて滋潤に働く。通心陽の桂枝・生姜は、血管拡張作用をもち、冠動脈に対しても拡張作用をあらわすものと推察される。生地黄・麦門冬・阿膠は、滋養強壮に働いて体を栄養・滋潤し、異化作用を抑制する。生地黄にも強心作用があり、麦門冬は脳の興奮性を高めるとともに、アノキシー抵抗性をつよめる。阿膠はカルシウム分を含み心筋の代謝を改善する。桂枝・生姜・大棗は消化吸収促進に働き、麻子仁は油性成分によって腸管を滋潤し通便する。
 麻子仁はほとんど滋養効果がないので、便がかたくなければ除いてもよいが、滋養・鎮静作用をもつ柏子仁・遠志・酸棗仁などにかえた方がより適切である。
 心気虚が顕著なら党参を増量し黄耆を加え、冷え・寒気など虚寒がみられれば附子・肉桂を配合する。心陰虚がつよければ、生地黄を増量し生姜・桂枝を減去する。動悸がつよければ朱砂・竜歯などを加える。狭心痛があるときは、舌苔が白など湿証がつよければかつ楼仁・

口渇・口乾 口渇のあまりはげしくないものには、括呂根、人参、知母、地黄、麦門冬などの滋潤剤を配合した処方がもちいられる。
口乾には実証はなく、虚証が多いが、お血による口乾があるから、他の証とにらみ合わせて証を明らかにしなければならない。お血以外の場合は、証に従って温補滋潤の剤を用いる。例えば、老人、産婦、大病人などで、一睡して目がさめると、水を口に入れないと、舌が動かないほどに乾くものがある。このような患者には、人参、地黄、茯苓などの配剤せられた十全大補湯、炙甘草湯、茯苓四逆湯などがもちいられる。

炙甘草湯も、桂枝、甘草野他に数種の薬が配合せられていて、大病後あるいは慢性病などで体力が衰え、心悸亢進、脈の結滞などのあるものに用いる。

心下悸・臍下悸  心臓の動悸は、心悸という、心下悸、臍下悸、水分の動、腎間の動などとよぶものは、腹部大動脈の拍動の波及が顕著で、他覚的にこれを望見し、あるいは容易に触診によって知ることのできるものをいう。健康な人では、これらの動悸は、腹底で静かに、あるかないかわからない程度に搏っているから、手を軽くあてても、ほとんど感じない。

気血水
 気血水いずれとも関わる。

六病位
 少陽病。

脈・舌
 舌質はやや紅で、乾燥しやせて、舌苔は少ない。脈は結代あるいは細弱。

口訣
 ●この方は心動悸を目的とす。(浅田宗伯)
 ●不整脈のなかでも、虚している、熱候としてたとえば口がはしゃぐ、手足の芯がほてる、息が熱く感じる、燥いた症状として息が切れる、便秘する、などの症状のどれかがあるものを参照して用いる。(龍野一雄)

 a 保険適応病名・病態
 効能または効果
 体力が衰えて、疲れやすいものの動悸、息切れ。
 b 漢方的適応病態
 心気陰両虚。すなわち、脈の結滞、息切れ、疲労感などの心気虚の症候が主で、動悸、咽や口の乾燥感、眠りが浅い、寝汗、やせる、便が硬いなどの心陰虚の症候を伴うもの。舌質はやや紅で、乾燥して痩せている。舌苔は少なく、脈は結代あるいは細弱。

構成生薬
 地黄6、麦門冬6、桂皮3、大棗3、人参3、麻子仁3、生姜1、炙甘草3、阿膠2。(単位g)

TCM(Traditional Chiniese Medicine)的解説
 益気通陽・滋陰補血。

効果増強の工夫
 動悸が強い例では、桂枝加竜骨牡蛎湯を合方する。
 処方例)ツムラ炙甘草湯 6.0g
      ツムラ桂枝加竜骨牡蛎湯 5.0g
        分2食前

本方で先人は何を治療したか?
 龍野一雄著『新撰類聚方』増補改訂版より
 1)チフス・肺炎・流感その他の急性伝染病で、熱高く、動悸虚煩、不眠、譫妄などがあるもの。
 2)肺結核で、高熱、息苦しく、盗汗、喀血、皮膚乾燥、咳などが著明のもの。
 3)心臓弁膜症・期外収縮・遷延性心内膜炎等で動悸、或いは脈結滞するもの。
 4)バセドゥ氏病・神経性心悸亢進症・交感神経緊張症・ノイローゼ・本態勢高血圧等で、動悸がし汗をかきやすく、直ぐ疲れ、のぼせ気味のもの。
 5)百日咳などで、息切れ動悸し、衰弱を現すもの。
 6)音声を発しがたく、胸腹動悸し、胸下痞鞍、便秘するもの。
 7)口内炎・舌炎・歯齦炎・扁桃腺潰瘍等で、濁唾を出し、飲食すること能わず、衰弱が加わるもの。
 8)癇症または老人衰弱者の便秘。
 9)慢性下痢で、動悸息切れするものを治した例がある。
 10)指の爪が反り裂け、息切れ、動悸するものを治した例がある。
 11)肝臓肥大、黄疸で、息切れ、浮腫、目眩、耳鳴り、食欲不振、手足煩熱等のものを治した例がある。
 12)腎臓炎の蛋白尿を、虚労行動常の如しで(本方を投じて)治した例がある。




15)清心蓮子飲(せいしんれんしいん)=神経症、不眠症、膀胱神経症(慢性膀胱炎)によい漢方薬!

処方名       清心蓮子飲(せいしんれんしいん)
患者のタイプ    中間症〜虚証(比較的体力の低下した人)
使用目標      頻尿、残尿感、排尿痛などの排尿異常があり、全身倦怠感、胃腸虚弱、冷え性、神経過敏などの傾向があるもの。
適応症       急性・慢性膀胱炎、前立腺肥大、排尿障害、性的神経衰弱、インポテンツ、夢精、糖尿病、口内炎、帯下など。
成分内容      麦門冬・茯苓・蓮肉各4.0、車前子・人参・黄ごん各3.0、黄耆・地骨皮各2.0、甘草1.5
 本方は、心と腎の熱を冷まし、かつ脾肺の虚を補うのが目的である。思慮憂愁に過ぎ、すなわち精神過労によって脾と肺を損じ、酒色過度の不摂生により脾と腎をやぶり、虚熱を生じた場合によい。主として慢性泌尿器科疾患で体力の衰えた場合に応用される。目標としては、過労するときは尿の混濁を来たすという慢性淋疾や腎膀胱炎、また排尿時力がなく後に残る気味ありと訴えるものなどによく奏効する。白淫の症と名づける婦人の帯下、あたかも米のとぎ汁のようなものを下すもの、糖尿病で虚●し、油のような尿の出るもの、腎臓結核で尿が混濁し虚熱のあるもの、遺精、慢性腎盂炎、性的神経衰弱、虚熱に口内炎などにも応用される。
 麦門冬、蓮肉は心熱を清めかつこれを補い、地骨皮、車前子は腎熱を涼し、よく利尿の効がある。人参、茯苓、甘草は脾胃を補い、消化の機能を亢め、一方人参、黄耆、黄ごん、地骨皮、麦門冬と組んで腎水を生じ、利尿をよくし、肺熱を清涼させる。





 5)釣藤散(ちょうとうさん)=脳動脈硬化症、脳血管障害(高血圧、耳鳴り、頭痛、不眠)によい漢方薬!

処方名       釣籐散(ちょうとうさん)
患者のタイプ    中間証〜虚証(体力中等度あるいはやや低下した人)
使用目標      中年以降で、慢性の頭痛、めまい、肩こりなどを訴え、気分がすぐれないものに使用。のぼせ、耳鳴り、
適応症       神経症、めまい、メニエール症候群、肩こり、更年期障害、高血圧、動脈硬化など。
成分内容      石膏5.0、橘皮・麦門冬・半夏・茯苓・釣籐鈎各3.0、防風・菊花・人参各2.0、甘草・生姜各1.0
 本方は中年以後の神経症で、やや虚証を帯び、頭痛、眩暈、肩こり、肩背拘急などを主訴とするものに用いる。いわゆる癇症という神経質のもので、上衝がひどく、常に訴えが絶えず、朝方あるいは午前中に頭痛するというものを目標として用いることが多い。
 本方は竹葉石膏湯の去加方で、虚証で気が上逆し、上部にうつ塞するのを引き下げ鎮静するものである。主薬の釣籐は肝気を平らかにするというもので、神経の異常亢奮や異常沈滞を調節する。人参、茯苓は元気をつけまた精神を安定させる。菊花、橘皮、半夏、麦門冬などはみな気の上衝を下し、防風、菊花は上部の滞気をめぐらし、熱をさます、石膏は精神を安んじ、うつ熱をさますものである。
 以上の目標により本方は神経症、頭痛、めまい、肩こり、更年期障害、動脈硬化症、高血圧症、慢性胃炎、脳動脈硬化症、メニエール症候群などに応用される。

適応症 脾胃気虚・痰湿の肝陽化風:頭のふらつき・めまい感・頭痛・耳鳴・顔面紅潮・目の充血・目がかすむ・いらいら・肩こり・眠りが浅い・手足のふるえなどの肝陽化風の症候に、食欲不振・元気がない・疲れやすい・悪心・嘔吐・咳嗽・喀痰・腹が張るなどの脾気虚・痰湿の症状をともなう。舌質はやや紅・舌苔は膩・脈は弦軟やや数。

処方解説 本方は肝陽化風に脾気虚をともなうものに対する処方である。
平肝潜陽の釣籐鈎・甘菊化・防風・石膏と、補気建脾・化痰の党参・茯苓・炙甘草・陳皮・半夏・生姜に、滋陰の麦門冬を補助的に配合したものである。
 適応する病態は、消化吸収機能の低下による全身の機能低下と水分の吸収排泄障害が基本にあり、これに頭面部や脳の充血と自律神経系の興奮が加わったものと考えられる。
 平肝止痙の釣籐鈎は、鎮静・鎮痙・降圧作用をもち、頭面部の充血を緩解し自律神経系の興奮をしずめ、筋のけいれんによるふるえを止める。甘菊化も鎮静・降圧作用があり、とくに目の充血や頭痛をやわらげる。また、瞳孔やレンズの筋緊張を調節して視力障害を緩解するらしく、これを「明目」の効能と呼ぶ。防風は頭痛を止め鎮痙に働く、情熱の石膏はカルシウムを含み、鎮静・鎮痙作用により上記3薬の効果をつよめる。補気建脾の党参・炙甘草・茯苓は、消化吸収を促進し全身の機能を高めるとともに、他薬の効能を十分に発揮させる。半夏・陳皮・生姜は胃腸の蠕動をつよめ、きょ痰・鎮咳・制吐に働き、茯苓とともに消化管内の水分停滞をのぞく。滋陰の麦門冬は、平肝潜陽や化痰の薬物による燥性をやわらげるために配合されていると考えられる。
 肝陽上亢がつよければ石快明・白芍などを配合し、口渇・舌質が紅・舌苔が少など陰虚があきらかなら熟地黄・石斛・天花粉などを加え半夏・生姜をのぞく、熱証がつよくなければ石膏は除去し、悪心・嘔吐・咳嗽・喀痰など痰湿の症候がなければ半夏・陳皮・生姜を去る。

臨床応用  自律神経失調症」・高血圧症・脳動脈硬化症・脳血管障害・耳鳴・頭痛症・不眠症などで、脾気虚・痰湿・肝陽化風を呈するもの。

気血水
 気水が主体の気血水。

六病位
 少陽病。

脈・舌
 脈、弦軟やや数。舌質はやや紅、舌苔は賦苔。(中医処方解説)

口訣
 ●この方は、俗にいわゆる癇症の人、気逆甚だしく、頭痛眩暈し、或いは肩背強急眼赤く心気鬱塞者を治す。(浅田宗伯)
 ●本方は愁訴の多い患者に用いられ、特に頭痛が多く、頭重、肩凝り、眩暈を訴え、さらに便秘・不眠・夜間尿・手足冷え・心下痞・動悸・耳鳴・のぼせ・怒りやすい・食欲不振等がある。(細野史朗)

本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態
 効能または効果
 慢性に続く頭痛で中年以降、または高血圧の傾向のあるもの。

b 漢方的適応病態
 脾胃気虚・痰湿の肝陽化風。すなわち、頭のふらつき、めまい感、頭痛、耳鳴り、顔面紅潮、目の充血、目がかすむ、いらいら、肩こり、眠りが浅い、手足のふるえなどの肝陽化風の症候に、食欲不振、元気がない、疲れやすい、悪心、嘔吐、咳嗽、喀痰、腹が張るなどの脾気虚、痰湿の症候を伴う。舌質はやや紅、舌苔は腑。脈は弦軟やや数。

構成生薬
 釣籐鈎3、陳皮3、半夏3、麦門冬3、茯苓3、人参3、菊花2、防風2、石膏5、甘草1、生姜1。(単位g)

TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説
 平肝潜陽・明目・補気健脾・化痰(平肝熄風・清熱・健脾益気)。

効果増強の工夫
 臓腑の肝胆の機能失調に関連する抑肝散との異同は、両者とも釣籐鈎が配されている点で共通するが、釣籐散は六君子湯ベースで人参があり、抑肝散には柴胡、当帰が配されているところが相違する。すなわちこれらの相違からこの二方は合方したり、兼用したりすることが可能である。
 釣籐鈎で頭痛や肩背痛が改善したが不眠が残る場合、次にように用いることがある。
 処方例) 1)ツムラ釣籐散7.5g 分3食前
       2)ツムラ抑肝散2.5g 分1眠前

 釣籐散は高齢者の認知症にも有効であるというプラセボを用いた臨床研究結果があり、また当帰芍薬散も同様に認知症に効果を有するということが富山大学の後藤准教授らによって報告されている。先に指摘したように釣籐散は血に働く生薬が配列されていないので、二者の合方は合理性を持つ可能性がある。

処方例)   ツムラ釣籐散 5.0g
        ツムラ当帰芍薬散 5.0g
           分2朝夕食前

本方で先人は何を治療したか?
 ●矢数道明著『臨床応用漢方処方解説』より
 中年以後の神経症でやや虚状を呈し、頭痛・眩暈・肩こり・肩背拘急などを主訴とするものに用いる。すなわち本方は、神経症・頭痛・眩暈・肩こり・更年期障害・動脈硬化症・高血圧症・慢性腎炎・脳動脈硬化症・メニエール病など。

 ●龍野一雄編著『改訂新版漢方処方集』
 ノイローゼ、頭痛、めまい、肩こり、更年期障害。ただし、必ず熱証であることが条件。





 9)猪苓湯(ちょれいとう)=膀胱炎、尿路結石(頻尿、排尿痛、残尿感)によい漢方薬!

処方名       猪苓湯(ちょれいとう)
患者のタイプ    虚〜実証まで使用可
使用目標      頻尿、残尿感、排尿痛、不快感、血尿などがあるもの。口渇や胸苦しさを伴うことが多い。
適応症        尿道炎、排尿痛、血尿、残尿感、腎炎、腎盂炎、ネフローゼ、突発性腎出血、腎臓結核、腎結石、尿管結石、膀胱結石、不眠症、ひきつけなど。
成分内容      沢瀉・猪苓・茯苓・阿膠・滑石各3.0
 本方は尿路の炎症を治し、利尿を円滑にする効があり、尿の淋瀝、排尿痛、尿利の減少、口渇を目標として用いる。そのため膀胱炎、尿道炎、淋疾、尿路結石、腎盂炎、腎炎などに用いる。また不眠に用いる。
 本方は五苓散の桂枝と朮の代りに、滑石と阿りょうを入れたものである。猪苓、茯苓、沢瀉は利尿の効とともに、鎮静作用があり、滑石は尿路の刺激を緩和して利尿を円滑にし、阿りょうもまたこれに協力するとともに、止血、強壮、鎮静の効がある。

処方解説  本方は湿熱による下痢や尿量減少に対する処方である。五苓散の適応する病理状態とほぼ同じであるが、軽度の炎症や陰虚による熱証をともなうところに大きな違いがある。
利水の猪苓・沢瀉・茯苓・滑石と、滋陰補血の阿りょうが組み合わされているのが特徴である。
 「水熱互結」とは主として全身の炎症による水分の吸収・排泄の障害で、五苓散で述べたような水分の偏在や吸収障害による下痢がみられ、同時に循環水分量の減少にともなう口渇・尿量減少が生じる。また、元来陰虚や血虚の体質のものが吸収障害をおこすと、陰虚・血虚の程度がつよくなり、いらいら・ほてり・不眠などの興奮症状があきらかになる。なお、炎症にもとづく腎糸球体の一過性の透過性増大による血尿や、濃縮尿による高浸透圧性の刺激にともなう排尿痛や下腹部痛が生じる。猪苓湯の適応する病態では、尿路系の炎症はつよくないと考えられる。
 利水の猪苓・沢瀉・茯苓は、消化管内や組織の水分を血中にひきこんで利尿し、下痢を止めると同時に尿を稀釈して尿路への刺激を和らげる。滑石は、含有するケイ酸マグネシウムの吸着・収斂作用によって腸管を保護し下痢を止め、軽度の利尿作用により前3薬を補助する。また、猪苓・沢瀉・滑石には、抗菌・消炎作用があり炎症を緩和するが、この作用は強力ではないのでつよい炎症にはほとんど効果はない。滋陰補血の阿りょうは滋養強壮作用によって体を滋潤・栄養し、含有するカルシウムによって止血に働き、また茯苓とともに鎮静効果を生じる。

気血水
 水と血が主体の気血水。

六病位
 少陽病。

脈・舌
 (熱があることを念願に)脈は数〜数滑。舌質はやや紅、、舌苔は気〜黄賦苔。

口訣
 ●猪苓はただ利尿を通ずるだけで、茯苓は心熱をさまして鎮静作用があり、沢瀉は頭に迫る上衝をしずめる。阿膠は血燥をゆるめ、滑石は利尿を円滑にする。(龍野一雄)
 ●下焦の蓄熱利尿の専剤とす。若し上焦に邪あり、或いは表熱あれば五苓散の証とす。凡そ利尿の品は津液の泌別を主とす。故に二方ともに能く下痢を治す。但しその位異なるのみ、此の方下焦を主とする故、淋疾或は血尿を治す。(浅田宗伯)

本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態
効能または効果
 尿量減少、小便難、口渇を訴えるものの次の諸症:尿道炎、腎臓炎、腎石症、淋炎、排尿痛、血尿、腰以下の浮腫、残尿感、下痢。

b 漢方的適応病態
 水熱互結(湿熱)。すなわち、発熱、熱感、下痢とともに口渇、尿量減少がみられ、いらいら、不眠などを伴うことがある。また濃縮尿とともに血尿、下腹部痛、排尿痛なども生じることが多い。

構成生薬
 猪苓3、茯苓3、滑石3、沢瀉3、阿膠3。(単位g)

TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説
 利湿清熱・滋陰止血。
 水をさばき、熱(炎症)を冷まし、陰を補って止血作用を発揮する。

効果増強の工夫
 血尿の場合、必要があれば顔色のよい例では黄連解毒湯を合方し、貧血様の例では四物湯と合方する。あまり冷えの強い例には不適であり他の工夫を要する。
 処方例) ツムラ猪苓湯 7.5g
       ツムラ黄連解毒湯 5.0g(1-0-1)
           分3食前

 処方例) ツムラ猪苓湯 7.5g
       ツムラ四物湯 5.0g(1-0-1)
           分3食前

本方で先人は何を治療したか?
 龍野一雄著『新撰類聚方』増補改訂版より
 1)急性膀胱炎・尿道炎・膀胱結石・膀胱腫瘍・膀胱結核・淋病・フィラリア病・急性腎炎・腎石・腎盂炎・腎臓結核等で排尿困難・尿意頻数・排尿痛・血尿などがあり、或いは発熱、口渇するもの。
 2)腸出血・肛門出血・子宮出血などで口渇、頻尿、或は肛門熱感、疼痛、心煩等があるもの。
 3)喀血で口渇、心煩、不眠、咳、小便不利等を伴うもの。
 4)急性腸炎・大腸炎・直腸炎・直腸潰瘍等で、下利血便、或は小便不利、口渇するもの。
 5)腎炎ネフローゼ等で、浮腫、口渇、小便不利し、或は血尿、或は心煩するもの。
 6)不眠症で、或は口渇、小便不利、或は下利、咳、嘔などを伴うもの。
 7)てんかん・時々ひきつけるもので、或は下利、或は小便不利、或は不眠心煩などするもの。





 8)白虎加人参湯(びゃっこかにんじんとう)=糖尿病、血糖値の高い人によい漢方薬!

処方名       白虎加人参湯(びゃくこかにんじんとう)
患者のタイプ    中間証(体力中等度の人)
使用目標      口渇、ほてりが目標で、急性症の場合は、激しい口渇と発汗、ほてりなどがあり高熱を発しているもの。慢性症の場合は、口渇、のぼせ、局所的灼熱感、発疹、かゆみなどがあり、尿量増加などを伴うことがある。
適応症       熱感の激しいもの、暑気あたり、日射病、流感、肺炎、糖尿病、腎炎、尿毒症、夜尿症、皮膚炎、じんま疹、湿疹など。
成分内容      石膏15.0、粳米8.0、知母5.0、甘草2.0、人参3.0
 白虎湯に人参を加えたもので、白虎湯証で高熱のため、体液を消耗して、口渇のはなはだしいものに用いる。

気血水
 気水が主体の気血水。

六病位
 陽明病。

脈・舌
 脈は大で、無力。舌質は紅で乾燥、舌苔は黄。

口訣
 ●明らかな表証がある場合には用いない。(浅田宗伯)
 ●白虎湯証の熱によって津液枯渇したものに対して、人参をもって滋潤するのである。(龍野一雄)

本剤が適応となる病名・病態
 a 保険適応病名・病態
 効能または効果
 のどの渇きとほてりのあるもの。
 b 漢方的適応病態
 気分熱盛(陽明病経証)。すなわち、息切れ、無力感、疲労感など気虚の症候を伴うもの。舌質は紅で乾燥、舌苔は黄。脈は大で、無力。

構成生薬
 石膏15、知母5、甘草2、人参1.5、粳米8。(単位g)

TCM(TraditionalChinese Medidine)的解説
 清熱瀉火・生津止渇・補気。

本方で先人は何を治療したか?
 龍野一雄著『新撰類緊方』増補改訂版より
 1)流感・チフス・肺炎・脳炎脳膜炎等で、高熱煩渇するもの。
 2)日射病・熱射病で、高熱、煩渇、脳症等を起したもの。
 3)脳出血で、発熱、煩渇、煩燥、譫妄等を起し脈大のもの。
 4)糖尿病・バセドゥ氏病で、煩渇、或は煩燥、脈大のもの。
 5)皮膚炎・じんま疹・湿疹・ストロフルス・乾癖等でかゆみが劇しく、患部は赤味が強く乾燥性で、煩渇するもの。
 6)胆嚢炎で高熱煩渇するもの。
 7)腎臓炎・尿毒症で高熱煩渇、或は煩燥、脳症あるもの。
 8)夜尿症で脈大、煩渇するもの。
 9)虹彩毛様体炎・角膜炎等で、充血、発赤、熱感等が強く煩渇するもの。
10)歯槽膿漏で糖尿を伴い、煩渇するものを治した例がある。
11)嗅覚なきものを治した例がある。
12)骨盤腹膜炎で、高熱、煩渇、自汗するものを治した例がある。
13)小児麻痺で渇するものを治した例がある。
14)腰部神経痛で、渇舌、乾燥するものを治した例がある。
15)感冒後言語障害、内熱煩渇を治した(加藤勝美氏)。


16)竜胆瀉肝湯(りゅうたんしゃかんとう)=膣炎、尿道炎、睾丸炎、副睾丸炎、前立腺炎によい漢方薬!

処方名       竜胆瀉肝湯(りゅうたんしゃかんとう)
患者のタイプ    中間証〜実証(比較的体力のある人)
使用目標      充血、腫張、疼痛のある急性または慢性の泌尿器、生殖器疾患など下腹部臓器の諸症状に使用。陰部のかゆみを伴うことがあり、冷えはなく、腹は力がある。
適応症       排尿痛、残尿感、尿の濁り、帯下、膣炎、陰部湿疹、陰部掻痒症、睾丸炎、外陰潰瘍、肝硬変など。
成分内容      地黄・当帰・木通各5.0、黄ごん・車前子・沢瀉各3.0、甘草・山梔子・竜胆各1.0
 本方は膀胱および尿道に於ける炎症に用いるもので実証に属し、急性あるいは亜急性の淋毒性尿道炎、バルトリン腺炎、あるいは膀胱炎などで、小便渋通、帯下、膿尿、陰部腫痛、鼠径腺の腫脹するものなどに用いる。一般に体力未だ衰えず、脈も腹も相当力のあるものである。
 車前子、木通、沢瀉は利尿作用があって、尿道、膀胱の炎症を去る。当帰、地黄は血行を盛んにし、且つ渋痛を緩和し、竜胆、山梔子、黄ごんは消炎および解毒の効がある。
 以上の目標に従って本方は急性あるいは亜急性淋疾、尿道炎、膀胱炎、帯下、陰部痒痛、バルトリン腺炎、子宮内膜炎、下疳、横げん、睾丸炎、陰部湿疹などに応用される。
 一貫堂の竜胆瀉肝湯は、本方を基本としたもので、本方に芍薬、川きゅう、黄連、黄柏、連翹、薄荷、防風を加えたものである。やや慢性症となったものに用いる。

出典 薛鎧・薛己(父子)著『薛氏十六種』
 ●肝経の湿熱、玉茎患瘡、或は便毒、下疳、懸癰、腫痛、小便赤渋滞、陰嚢腫痛を治す。(『薛氏医案十六種』)

腹候
 腹力中等度以上(3−5/5)

気血水
 水が主体の気血水。

六病位
 小腸病。

脈・舌
 肝胆火旺(肝火上炎)では、舌質は紅、舌苔は黄、脈は弦数。下焦の湿熱では、舌質は紅、舌苔は黄賦。脈は弦滑数。

口訣
 ●竜胆瀉肝湯証は、同じく解毒証体質でも結核性疾患とは比較的無関係である。概して婦人病や泌尿生殖器病、花柳病などに運用される。しかも処方構成の上から言って、下焦、すなわち臍部より下の疾病によく用いられる。(矢数挌)

本剤が適応となる病名・病態
 a 保険適応病名・病態
 効能または効果
 比較的体力があり、下腹部筋肉が緊張する傾向があるものの次の諸症:排尿痛、残尿感、尿の濁り、こしけ(帯下)。

 b 漢方的適応病態(『医宗金鑑』)
 1)肝胆火旺(旺火上炎)。すなわち、はげしい頭痛、目の充血、目やに、眼痛、口が苦い、急性の難聴や耳鳴、耳痛、胸脇部の張った痛み、いらいら、怒りっぽい、不眠、尿が濃いなどの症候。黄疸が出ることがある。
 2)下焦の湿熱。すなわち、排尿痛、頻尿、濃縮尿、排尿困難、あるいは陰部湿疹、陰部の腫脹疼痛、黄色の帯下などの症候。

構成生薬
 地黄5、当帰5、木通5、黄ごん3、車前子3、沢瀉3、甘草1、山梔子1、竜胆1.(単位g)

TCM(TraditionalChinese Medidine)的解説
 清肝瀉火・清熱利湿・(疏肝解欝)。

本方で先人は何を治療したか?
●矢数道明著『臨床応用漢方処方解説』より
急性または亜急性の尿道炎・膀胱炎・バルトリン腺炎・帯下・陰部痒痛・子宮内膜炎・膣炎、下疳・鼠径リンパ腺炎・睾丸炎・陰部湿疹・トリコモナス等。

●瀧野一雄編著『改訂新版漢方処方集』より
(一貫堂竜胆瀉肝湯について)尿道炎、膀胱炎、バルトリン腺炎、帯下、子宮内膜炎、陰部痒痛、睾丸部湿疹。
●桑木崇秀著『新版漢方診療ハンドブック』より
尿道炎、淋疾、膀胱炎、膣炎、子宮内膜症、外陰部の痒痛、陰部湿疹、頑癬、高血圧症、緑内障、中耳炎。

ヒント
 苦心のあげく本方で改善した藤平健先生の症例を、『漢方臨床ノート・治療篇』より概略を紹介しよう。
 20歳の女子で会社員、2カ月前から排尿痛と残尿感が起こって病院の泌尿器科を受診し、膀胱炎と診断され治療を受けているがよくならない。
 体力は中肉中背、脈は弦。舌には乾湿中間の白苔が中等度。
 腹力中等度、上腹部に振水音が顕著に聞かれ、臍傍右下、回盲部およびS状部に抵抗と圧痛のみを訴える。
 以上の所見から、(中略)清心蓮子飲(煎薬)を、一週間分投与、夜間尿は回数がやや減ったようであるが、下腹部の痛みや残尿感は、まだかなりある。
 転方。猪苓湯エキス6g、桃核承気湯エキス3gを、それぞれ半量ずつ朝夕交互に服用。悪化。
 転方。猪苓湯、五淋散、不変。
 転方。(煎薬)猪苓湯合苓桂朮甘湯。
 転方。さらに復力が実してきたので、(煎薬)清心蓮子飲合猪苓湯。
 最後に、竜胆瀉肝湯(煎薬)として、初診より6カ月で完治、廃薬。



12)胃苓湯(いれいとう)=胃腸炎、胃腸神経症(下痢、むくみ)によい漢方薬!

出典 襲延賢著『万病回春』
●中暑、傷湿、停飲、夾食、脾胃不和、腹痛洩瀉、渇を作し、小便利せず、水穀化せず、陰陽分かたざるを治す。(『万病回春』泄瀉門)

復候
復力中等度前後(2−4/5)。ときに胃内停水を認める。

気血水
水主体で気血水が関わる。

六病位
少陽病。

脈・舌
急性症であれば舌候は様々。やや慢性的な状態であれば、舌苔は厚く、ねっとりした賦苔。発熱が有れば、脈浮数。

口訣
●五苓散に平胃散の合方したものなので使いやすいのが一番の特徴。急性症は終始これだけで治療する場合が多いが、必要な場合は抗菌剤、点滴との併用も可能。(道聴子)

本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態
効能または効果
水瀉性の下痢嘔吐があり、口渇、尿量減少を伴う次の諸症:食あたり、暑気あたり、冷え腹、急性胃腸炎、腹痛。
b 漢方的適応病態
湿困脾胃、すなわち、表証があり、水溶性下痢や浮腫を伴うもの。

構成生薬
厚朴2.5、 蒼朮2.5、 沢瀉2.5、 猪苓2.5、 陳皮2.5、 白朮2.5、 茯苓2.5、 桂皮2、 生姜1.5、 甘草1。 (単位g)

TCM(TraditionalChinese Medidine)的解説
理気化湿・利水止瀉。

効果増強の工夫
1)脾胃虚を補し止痢作用を増強する場合には、四君子湯を合方する。
処方例) ツムラ胃苓湯  7.5g
      ツムラ四君子湯 5.0g(1−0−1)   分3食前

2)急性下痢に腹痛を伴う場合に芍薬甘草湯を兼用する。
処方例) 1.ツムラ胃苓湯    7.5g分3食前3日分
      2.ツムラ芍薬甘草湯  1回2.5g頓用、5回分(腹痛時)

本方で先人は何を治療したか?
●矢数道明著『臨床応用漢方処方解説』より
急性胃腸炎、急性腎炎、ネフローゼ、夏期の食あたり、夏の神経痛など。
●瀧野一雄編著『改訂新版漢方処方集』より
急性腸カタル、食傷。
●桑木崇秀著『新版漢方診療ハンドブック』より
急慢性胃炎、消化不良、食あたりなどで下痢する場合。

ヒント
 あきば伝統医学クリニック経験例。
 夏のある日、中年男性が下痢を訴えて来院した。来院前日に腹痛があって2〜3度下痢をしたという。今朝の便では軟便に粘液、血液が多少混ずるということであった。体温37.6℃、全身状態は良好で虚した様子もないので処方はT社胃苓湯 7.5g3、3日分とし、血便が混ずるというので、便培養のみ実施した。さらに血便の経過をみながら精査することを約束して帰宅した。
 2〜3日後朝出勤すると、検査所からファックスが来ており、あの患者さんの便から腸炎ビブリオが検出されたとのことであった。慌ててご本人に電話すると来院してから症状は出ずに、すでに仕事に出ているとの返事であった。下痢も血便もないという。2週間後に便培養を再検査したがすでに陰性となっていた。
 本例は胃苓湯単独と自然治癒力でビブリオが陰性になった例である。



13)茵陳五苓散(いんちんごれいさん)=膵炎、肝炎、胆のう炎、胆石症によい漢方薬!

出典 『金匱要略』
●黄疸の病は、茵陳五苓散これを主る。(黄疸病篇)

復候
復力中等度かその前後(2−4/5)。ときに胃内停水を認める。

気血水
水が主体の気血水。

六病位
小陽病。

脈・舌
原則として、舌質は紅、舌苔は微黄賦苔。滑脈。

口訣
●湿熱と呼ばれる状態で、熱はさほどでないが、湿の状態が激しいもの。(むくみとか皮膚の腫脹などがあるもの)(『中医処方解説』)

本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態
効能または効果
のどが渇いて、尿がすくないものの次の諸症:嘔吐、じんましん、二日酔いのむかつき、むくみ。
b 漢方的適応病態:脾胃湿熱。すなわち、悪心、嘔吐、食欲不振、口がねばる、油料理や匂いで気分が悪い。口渇、軟便、腹部膨満感、尿量減少などがみられ、甚だしければ黄疸を伴う。

より深い理解のために  もともと黄疸に用いられることから、黄疸時の皮膚のかゆみに用いられ、転じて各種のかゆみを伴う病態に対して適用されるようになった。皮膚疾患に応用する場合には、レセプトの病名欄に注意してほしい。湿潤した皮膚炎などに適応するときは、越婢加朮湯などとの鑑別を要する。

構成生薬
 沢瀉6、蒼朮4.5、茯苓4.5、因陳蒿4、桂皮2.5。(単位g)

TCM(TraditionalChinese Medidine)的解説
 清熱利水・退黄。

効果増強の工夫
 棄爛した皮膚炎などに、
 処方例)  ツムラ消風散     7.5g
        ツムラ茵陳五苓散  7.5g    分3食前

本方で先人は何を治療したか?
 瀧野一雄著『新撰類緊方』増補改訂版より
1)黄疸で口渇、小便不利し、或は心下部がつかえ或は発熱するもの。
2)肝硬変症で、黄疸、腹水のものを治した例がある。
3)酒呑み・二日酔いで煩悶止まざるものに使った例がある。
4)月経困難で、激しい心下痛、嘔吐、煩渇、小便不利するものを治した例がある。

ヒント
『漢方診療三十年』の大塚敬節氏の治療例である。

 この患者は、有名な画家であるが、胆石疝痛の発作がたびたび起こるので、某病院で、胆嚢の摘出手術をうけた。
 ところが、その後も、毎年初夏の頃になると、胆石疝痛に似た症状が起る。そのため、半年ぐらいは仕事ができないという。
 初めは、食欲がなくなる。それがひどくなると嘔吐がはじまる。腹痛はひどくはないが、嘔吐のため食事がとれないので、体力が衰え、僅かの腹痛にも堪えがたいという。このような状態が十月頃までつづく。そのため患者は、骨と皮になってしまうのが常であった。
 昭和二十二年の七月八日、私は、この患者を茨城県の某町に見舞った。
 何をたべても吐くので、やっと思いで、重湯をすすっているというこの患者は、発病してまだ七日あまりなのにかなり衰弱し、それに黄疸もあらわれている。脈には力がなく、しかものろい。腹にも力がないが、心下部は、強く圧すといたむ。のどは渇くが、吐くので、できるだけ呑まないようにしているという。尿量は一回に五〇ccから一〇〇ccぐらいで、柿の色のように赤い。
 私は、口渇、嘔吐、尿利の減少、黄疸を目標にして、茵ちん五苓散を与えて嘔吐をしずめることに成功した。嘔吐は止んだが、食欲がないので、しばらく六君子湯を与えて様子をみることにした。これを飲むと日増しに体力がつき、庭に萩の花の咲く頃には、これを写生できるほどに力づいてきた。
 それからもう十年あまりになるが、この患者は、再びこのような発作を起こさない。この場合も茵ちん五苓散で、胆道に残っていた石が排泄せられたのかもしれない。














17)乙字湯(おつじとう)=痔によい漢方薬!

出典 原南陽著『叢桂亭藏方』
 ●痔疾、脱肛痛楚し、あるいは下血腸風し、あるいは前陰痒痛する者を理※する方。
 腸風下血し、久服して無効なるは、理中湯(人参湯)に宜し。
(※理は、ただす、おさめる、つくろう、意。)

腹候
 腹力は中等度かそれ以上で、お血の圧痛を認めることが多い

気血水
 血が主体の気血水。

六病位
 少陽病。

脈・舌
 脈、平、脈有力舌、乾燥白苔。

口訣
 ●南陽は柴胡升麻を昇提の意に用いたれども、やはり湿熱清解の効に取るがよし。そのうち升麻は古より屑角の代用にして止血の効有り。(浅田宗伯)
 ●女子前陰部そう痒症に対して寄効を得る場合がある。(『現代漢方治療の指針』)

本剤が適応となる病名・病態
 a保険適応病名・病態
効能又は効果
病状がそれほど激しくなく、体力が中位で衰弱していないものの次の諸症:切れ痔、イボ痔。

 b漢方的適応病態
 (升提作用の有効である)脱肛、痔核の脱出。

8 構成生薬
 当帰6、柴胡5、黄ごん3、甘草2、升麻1、大黄0.5。(単位g)

より深い理解のために
本方は原南陽の原方の大棗を当帰に変化させた朝田宗伯の処方である。緩急の大棗を除き、活血の当帰を加えたことにより、鎮痙の効果がやや弱くなるかわりに、うっ血性腫脹を除く効果が強められている。

●柴胡、升麻には、昇提(升提)作用(身体上部に臓器を引き上げるという作用)があると信じられている。(脱肛に有効な理由とされる)

●水戸藩医であった原南陽は、甲字湯(お血治療薬)、乙字湯(痔疾薬)、丙字湯(淋の病の治療薬)、丁字湯(癖嚢の治療薬、慢性腹痛、吐宿水、食後の腹痛)などの処方を創製した。現在用いられるものはほとんど乙字湯のみで、漢方エキス製剤となっている。大黄が入っていて便秘の方にも用いやすい処方である。

TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説
 升提・緩急・清熱化湿。

効果増強の工夫
 痔核をお血の表現として、桂枝茯苓丸を合方し、作用を増強する。
  処方例)ツムラ乙字湯  7.5g
       ツムラ桂枝茯苓丸 7.5g  分3食前

本方で先人は何を治療したか?
 ●矢数道明著『臨床応用漢方処方解説』より
 痔核の疼痛・出血・肛門裂傷、脱肛の初期軽症、婦人の陰部痒痛、皮膚病の内功に伴う神経症。
 ●龍野一雄編著『改訂新版漢方処方集』より
 実証の痔、脱肛、痔出血。
 ●桑木崇秀著新版『漢方診療ハンドブック』より
 実証で便秘傾向の者の痔核、脱肛、痔出血、時に婦人の陰部痒痛。

注意事項
 本方は黄金を含む方剤であるので、投与前と投与一カ月後の肝機能を比較し安全性を確認することが望ましい。








 


18)抑肝散(よくかんさん)=認知症の患者さんによい漢方薬!

出典 薛鎧・薛己(父子でセツガイ・セツキと読む)著『保嬰撮要』
 ●肝経の虚熱、ちくを発し、あるいは発熱咬牙、あるいは驚悸寒熱、あるいは木土に乗じて嘔吐痰涎、腹脹食少なく、睡臥不安なるものを治す。(急驚風門)

腹候
 腹力中等度以下。腹直筋の拘攣を認める。

気血水
 気血水いずれにも関わる。

六病位
 少陽病。

脈舌
 原則的に、舌質はやや紅、舌苔は白、脈は弦細軟。

口訣
 ●(本方を用いる時は)怒りはなしやと問うべし。(目黒道琢)。
 ●この方を大人の半身不随に用いるのは和田東郭の経験である。(浅田宗伯)

本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態
効能または効果
虚弱な体質で神経がたかぶるものの次の諸症:神経症、不眠症、小児夜泣き、小児疳症。

b 漢方的適応病態
気血両虚の肝陽化風。すなわち、いらいら、怒りっぽい、頭痛、めまい感、眠りが浅い、頭のふらつき筋肉の痙攣やひきつけ、手足のふるえなどの肝陽化風の症候に、元気がない、疲れやすい、食が細い、皮膚につやがない、動悸、しびれ感などの気血両虚の症候を伴うもの。(『中医処方解説』)

より深い理解のために
五臓の肝と胆の機能を考えよう。肝胆の機能は、「情報の処理と決断」である。

構成生薬
 蒼朮4、茯苓4、川きゅう3、釣藤鈎3、当帰4、柴胡2、甘草1.5。(単位g)

TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説
 平肝熄風・補気血(平肝鎮驚・理気和胃)。

効果増強の工夫
 1)ふるえ、ふらつきなど風動の症候が強ければ、
 処方例)ツムラ抑肝散  7.5g
      ツムラ桂枝加竜骨牡蛎湯 5.0g(1-0-1) 分3食前

2)いらいら、のぼせ、ほてりなど肝火の症候が強ければ牡丹皮、山梔子などを加える目的で、
 処方例)ツムラ抑肝散  5.0g
      ツムラ加味逍遥散 5.0g 分2朝夕食前

3)悪心、嘔吐、腹分膨満感などの症状と、舌苔が白膩で、痰湿の症候を伴う時は、陳皮、半夏を配した抑肝散加陳皮半夏とする。
   処方例)ツムラ抑肝散加陳皮半夏  7.5g 分3食前

本方で先人は何を治療したか?

 ●矢数道明著『臨床応用漢方処方解説』より
 癇症・神経症・神経衰弱・ヒステリー等に用いられ、また夜啼・不眠症・癇癪持ち・夜の歯ぎしり・癲癇・不明の発熱・更年期障害・血の道症で神経過敏・四肢衰弱症・陰萎症・悪阻・佝僂病・チック病・脳腫瘍症状・脳出血後遺症・神経性斜頸等に応用される。
 ●龍野一雄編著『改訂新版漢方処方集』より
 痙攣、動悸、或は発熱、或は寒熱、或は嘔吐痰涎、腹脹、食欲不振、不眠のもの、或は左直腹筋緊張、心下部つかえ、四肢拘攣、或は麻痺、不眠、腹動、怒気あるもの。
 ●桑木崇秀著『新版漢方診療ハンドブック』より
 パーキンソン病、脳出血後のふるえ、乳幼児のひきつけ、夜驚症、眼瞼痙攣、神経性斜頸、歯ぎしりなど。

ヒント
 怒りを外に表す患者への適応は容易だが、現代の日本人は怒りを内に秘めており、そのあまり自分が怒っていることすら自覚しない例がある。「怒り」の有無を丁寧に問うことが本方を活用する鍵であり、症例は以外に多い。メンタルヘルス外来管理の要薬の1つといってよい。











19)小青竜湯(しょうせいりゅうとう)=花粉症、アレルギー性鼻炎によい漢方薬!

出典 『傷寒論』
 ●傷寒、表解せず、心下に水け(停水)あり、乾嘔し、発熱して咳し、或は渇し、或は利し、或は噎(むせること)し、或は小便利せず、少腹満し、或は喘す。(『傷寒論』太陽病中篇)

腹候
 腹力中等度よりやや軟。胃内停水を認める。

気血水
 水と気が主体。

六病位
 太陽病。

脈・舌
 脈は、浮緊あるいは滑。舌苔は白潤、あるいは白滑。

口訣
 ●気管支炎にして微熱あり、背部に悪寒を感ずる証。(奥田謙藏)
 ●心下に水飲があって、しかも表の邪が解せず、この水飲動揺によって、諸症状を現わすものである。(矢数道明)

本剤が適応となる病名・病態
a保険適応病名・病態
効能または効果
1)下記疾患における水様の痰、水様鼻汁、鼻閉、くしゃみ、喘鳴、咳嗽、流涙。気管支喘息、鼻炎、アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎、感冒。
2)気管支炎。

b漢方的適応病態
1)表寒による寒痰の喘咳。
2)風水。すなわち、突然発生する全身浮腫と尿量減少で、表証を伴うことがある。

構成生薬
半夏6、甘草3、桂皮3、五味子3、細辛3、芍薬3、麻黄3、乾姜3。(単位g)

TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説
(別名、温肺化痰湯)辛温解表・温肺化痰・平喘止咳・利水。

効果増強の工夫
 鎮咳作用を強めるために、麻杏甘石湯を合方するという方法がある。
 処方例)ツムラ小青竜湯  6g
      ツムラ麻杏甘石湯  5g 分2食前

本方は、森道伯氏がスペイン風邪(H5NIインフルエンザ)に用いた方剤の1つである。
1)附子末を加味して作用増強。
 処方例)ツムラ小青竜湯  9.0g
       ブシ末(調剤用)「ツムラ」 1.5g 分3食前

2)冷えが強い方のアレルギー性鼻炎や喘息に。
 処方例)ツムラ小青竜湯  9g
      ツムラ二陳湯   7.5g 分3食前

本方で先人は何を治療したか?
 龍野一雄著『新撰類聚方』増補改訂版より
 1)感冒・流感・気管支炎・肺炎等で、発熱咳嗽、或は悪寒頭痛するもの。
 2)気管支喘息・風邪に伴う化関し喘息で、脈浮、喘咳するもの。
 3)気管支拡張症・肺気腫等で、脈浮喘鳴を帯びた咳をするもの。
 4)肺結核で風邪を引き、喘鳴を帯びた咳が多いもの。
 5)急性慢性腎臓炎・妊娠腎・ネフローゼ等で浮腫し、或は発熱、頭痛、悪寒、或は咳するもの。
 6)結膜炎・涙嚢炎その他の眼病で、充血と涙が多いもの。
 7)湿疹・水泡等の皮膚病で、浮腫等の表証があって、或は浮腫状或は分泌が出そうで出ず、掻けば水が出る或は薄い分泌が多いもの。
 8)神経痛・筋肉リウマチ等で脈浮、或は他の表証があり、身体疼重するもの。
 9)老人が咳をしてむせぶもの、百日咳などでむせぶもの。
 10)湿性肋膜炎・肋間神経痛で咳して胸痛し、特に鎖骨上窩にひびくもの。
 11)腹水、小便不利のもの。
 12)膀胱炎で、小便不利、下腹膨満するもの。
 13)胃散過多症・胃液分泌過多症・留飲症・婦人神経症等で、生唾また胃液が口に出てくるもの。
 14)人事不省になり、いびきをかき、口からよだれを流すものを治した例がある。
 15)肛門そう痒で患部が乾燥するものを治した例がある。
 16)副鼻腔蓄膿症・肥厚性鼻炎・慢性アレルギー性鼻炎等で、くしゃみが多いもの、或は鼻塞、眼鼻のあたり浮腫状のもの。











20)滋陰降火湯(じいんこうかとう)=お年寄りの咳によい漢方薬!
出典 襲廷賢著『万病回春』
●陰虚火動にて、発熱、咳嗽、吐痰、喘急、盗汗、口乾を治す。この方六味丸を与えて相かねてこれを服す。大いに虚労を補う神効あり。(虚労門)

腹候
腹力中等度よりやや軟。

気血水
気血水いずれとも関わる。

六病位
少陽病。

脈・舌
舌質紅、乾燥、舌苔は少。脈、細数。

口訣
●皮膚が浅黒い、大便秘結、または硬、乾性ラ音の咳嗽によい。(矢数有道)
●陰虚火動の主薬なり。(『当荘庵家方口解』、北尾春甫、1659-1741)

本剤が適応となる病名・病態
a保険適応病名・病態
効能または効果
のどにうるおいがなく痰の出なくて咳き込むもの。
●本方の特徴:夜間の頑固な咳に本方の適応がある。特徴は、陰虚の存在である。応用にドライマウス、シェ―グレン症候群などがある。陰虚=血や水などの津液の不足。

b漢方的適応病態
肺腎陰虚。すなわち、乾咳、少痰あるいは粘痰、咽のかわき、痰に血がまじる、呼吸促迫などの肺陰虚の諸候と、ほてり、のぼせ、ふらつき、腰や膝に力がない、寝汗などの陰虚火旺の症候を伴うもの。舌質は紅、乾燥、舌苔は少。脈細数。

構成生薬
蒼朮3、地黄2.5、芍薬2.5、陳皮2.5、天門冬2.5、当帰2.5、麦門冬2.5、黄柏1.5、甘草1.5、知母1.5。(単位g)

TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説
 滋補肺腎・清熱(滋陰清熱・止咳化痰)。

効果増強の工夫
1)同様な効用の麦門冬湯を合方することはよいアイディアである。また、滋陰降下湯の効果を確認したあとで効果がもう少しほしい時、柴朴湯や清肺湯などを兼用することも考えられる。

処方例)ツムラ滋陰降火湯 5.0g
     ツムラ麦門冬湯 6.0g 分2朝夕食前

2)夜に痰がからむ時には、
 処方例)ツムラ滋陰降火湯 7.5g 分3食前
      ツムラ清肺湯    2.5g 分1眠前

本方で先人は何を治療したか?
●矢数道明著『臨床応用漢方処方解説』より
肺結核・腎盂炎などの消耗性高熱時。増殖型肺結核、乾性肋膜炎、急性・慢性気管支炎、急性・慢性腎盂炎、糖尿病、腎臓結核、淋疾など。
●瀧野一雄編著『改訂新版漢方処方集』より

急性気管支炎、糖尿病、性的神経衰弱、膀胱尿道炎。
●桑木崇秀著『新版漢方診療ハンドブック』より
慢性気管支炎、肺結核(熱、咳、痰がいつまでもとれず、顔色は浅黒く、皮膚乾燥性の傾向)。


ヒント
 『臨床応用漢方処方解説』(矢数道明著)には矢数有道氏の珍しい治験例が引用されている。
「二十六歳の婦人。肋膜炎、肺尖カタルの既往歴がある。約一カ月前急性腎盂炎にて入院加療し、退院後微熱がとれない。わずかに悪寒があり、小便はやや白濁、大便は秘結、小柴胡湯・柴苓湯いずれも効がない。小柴胡湯は肝胆の瀉火剤である。
 肝腎の瀉火剤を考えて滋陰降火湯を与えてみた。すると効果顕著で翌日から平熱となり、小便白濁もとれ、月余の服薬で、腎盂炎も、肺尖カタルも、肋膜炎の方もすっかりよくなった(矢数有道、漢方と漠薬 五巻八号)。」

ここでは肝胆の瀉火剤と肝腎の瀉火剤の別が語られている。しからば両者の相違はどうか。肝胆の瀉火とは、肝胆に生じた実熱を清熱することで代表的な治療薬は小柴胡湯である。
 肝腎の瀉火とは、肝腎の陰液が不足して内熱(虚熱)を生じて状態を補陰して清熱すると理解される。後者の剤が本方の効能であるということになる。













21)桂枝茯苓丸加意苡仁(けいしぶくりょうがんかよくいにん)=しみ、そばかす、肌荒れによい漢方薬!
出典『本朝経験方』
『金匱要略』にあるちょう病漏下の桂枝茯苓丸に消炎排膿のよく苡仁を加えた本朝経験方である。

腹候
腹力中等度かそれ以上。お血の圧痛を認め、ときに腹直筋の拘攣を伴う。

気血水
気血水のいずれとも関わる。

六病位
少陽病。

脈・舌
舌質は紫あるいはお斑がみられることが多い。脈は渋、あるいは細、あるいは弦。

口訣
●よく苡仁が加味されており、疣贅などの皮膚疾患や良性腫瘍としての子宮筋腫などに適用しやすい内容である。(道聴子)

本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態
効能または効果
比較的体力があり、ときに下腹部痛、肩こり、頭重、めまい、のぼせて足冷えなどを訴えるものの次の諸症:月経不順、血の道症、にきび、しみ、手足のあれ。

b 漢方的適応病態
下焦の血お。すなわち、下腹部の痛みや圧痛抵抗、あるいは腫瘤、月経不順、月経困難、不正性器出血などに、下肢の冷えや静脈のうっ滞あるいはのぼせ、頭痛、肩こりなどに、炎症、腫瘤などを伴うもの。

構成生薬
よく苡仁10、桂皮4、芍薬4、桃仁4、茯苓4、牡丹皮4。(単位g)

より深い理解のために 本方にはよく苡仁を除けば、桂枝茯苓丸よりもそれぞれ1gずつ薬味量が増やされている。

TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説
活血化お・消ちょう・消炎消腫。

効果増強の工夫
便秘を伴うときや、活血化おを強める必要がある場合は、大黄を加味して遂おを期する。
 処方例)ツムラ桂枝茯苓丸加よく苡仁 7.5g 
      局方大黄末            1.0g(0-0-1) 分3食前分3食前

本方で先人は何を治療したか?
●矢数道明著『臨床応用漢方処方解説』より
●龍野一雄編著『改訂新版漢方処方集』より
●桑木崇秀著『新版漢方診療ハンドブック』より
桂枝茯苓丸を使うべき状態で、皮膚の荒れやニキビ、シミ、ソバカスのある場合。

ヒント
 すでに述べたように、本方の特徴は桂枝茯苓丸の構成生薬が増量されており、さらにヨクイニンが加味されていることである。これにより原方の桂枝茯苓丸とは異る応用が考えられる。本草学からみたヨクイニンについて知ることはその助けとなろう。
 ヨクイニンはハトムギや四石麦と呼ばれていた。雑穀として食用に供される一方、民間療法や中国由来の本草学的知識から薬物として用いられたと思われる。以下の記述は『漢薬の臨床応用』を参照した。
 ヨクイニンはイネ科よく苡の熟成種子を乾燥したものである。性味は甘淡。性は微寒、帰経は、脾・胃・肺経である。薬能は、利水滲湿・清熱・排膿・除痺、健脾止瀉である。
 薬効として、風湿による筋疾患に対し鎮痙作用を発揮、あるいは止瀉作用がある。
 臨床応用として、第一に軽症の水腫、特に脚気による水腫に用いられる。第二に、内臓の化膿症、すなわち肺癰や腸癰に用いられる。第三に、リウマチや神経炎の湿熱による痺痛に用い、筋肉の痙攣による疼痛を緩解する。第四に、健脾止瀉作用として、脚気や脾虚による下痢に効果がある。
 皮膚の扁平疣贅に対する効果を期待するには、ヨクイニン30gを煎じて服用するか、60gを粥にして食べ1カ月くらい続けると効果があるという。著者の経験ではこの半量でも有効なように思われる。